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文と絵・阿部夏丸作家)

150 消しゴムはんこ、ペタン

4面・ぽんつ挿絵.jpg 昨年に引き続き、週に一度、某大学へ非常勤講師として通っている。小学校教諭や保育士を目指す学生に、『言葉』の講義をするのが僕の役目だ。堅苦しい話は苦手なので、学生の頭を柔らかくするための遊びを中心にした授業を毎回行っている。

「こんなことでいいのかな?」と思うこともあるのだが、子どもと付き合う上で大切なのは、マニュアル通りの言葉よりも、子どもと一緒になって楽しめる柔軟なハートと笑顔だと思う。お母さんなら当たり前で簡単なことも、若者や男にはなかなか難しいことだ。このあたりを若い学生に感じ取ってもらいたいと考えている。

 授業の前半には、毎回、写真を見せながら生きものの話を行う。ダンゴムシ、カタツムリ、カエル、カメ、ザリガニなど、保育現場に登場する生きものの話だが、単なる雑学ではなく、何が面白いか、どう遊ぶかを紹介するので、すこぶる評判がいい。 「子どもが生きものを面白がるのは、生きていることを楽しんでいるんだ。子どもは小さな生きものから多くを学んでいる。命の教育なんてくだらないことを大人が言い出したのは、人が他の生きものと接することをしなくなったからなんだな」 などと語ったりもするが、おおむね話の内容は役に立ちそうもないことばかりだ。

 先月は学生に、昔話のペープサート、いちまい絵本などを作らせた。面白かったのは、学生が昔話をよく知らないこと。桃太郎なら分るのだが、カチカチ山、舌切り雀になると、かなり危うい。また、童謡の「お〜たまじゃくしは、カエルの子〜♪」は、誰一人知らないので、こちらが驚いた。 いちまい絵本には、面白い作品があった。

「朝、新聞広告を見るともっと読む.pdf

149     見えない川の中 

4面・ぽんつ挿絵.jpg GWは、一週間後に控えたイベントのために、軽トラ水族館の魚集めに勤しんだ。より多くの魚種を集めたいので、毎回、4〜5人のメンバーで、本流から田んぼの水路まで、あちこち飛び回ることになる。なかなか大変だが、10年近くもやっているので、どこへ行けば何がいるかは大体分かっている。しかし、それでも思い通りには行かない。

 山ほどいた魚が、河川改修によって1匹も採れなくなることもある。畝部地区のある水路は、数年前までメダカ天国だった。愛知県一メダカの採れる川と自慢していたのだが、現在では1匹採ることも難しい。外来生物・カダヤシ天国になってしまった。

 こうした河川の変化は、橋の上からでは見えない。河川管理者は、ぜひ事務所に水槽を置き、魚を捕りに行ってもらいたいと思う。

 さて、そんな中、稲武のD川に出掛けた。夏のイベントの打ち合わせのついでに、何人かの親子と魚釣りをする計画だ。ついでにアブラハヤやウグイを釣れば水槽に入れられるし、ついでに、早朝の川でアマゴ釣りを楽しもう。僕の人生の8割は『ついで』で、できているのである。

 暗いうちに川に着き、入漁券を買って入川。混雑を心配していたのだが、GWだというのに釣り人が少ない。釣れないのかな? それでも何とか、20センチほどのアマゴを釣り上げた。「この川でアマゴを釣るのは10年ぶりだな」

 昔に比べると淵も埋まり、水質も悪くなった印象を持ったが、それでも新緑の渓流は気持ちがいい。昔の恋人に会ったようで胸が高鳴ったもっと読む.pdf

148     渓流竿で夢の鮎釣り

4面・ぽんつ挿絵.jpg 先週の本紙で、矢作川漁協の総代会の記事を読んだ。天然アユの保護策として取り上げられた「11月1日からの全面禁漁」には拍手を送りたい。この時期の鮎漁は、産卵で群れたアユを20本もの針がついた仕掛けで引っ掛けるというもの。子持ちアユを食べたい気持ちは分るが、産卵に集まったアユを何百匹も釣るのは乱獲に他ならない。

 もう一つは、「友釣り専用区の大幅拡大」。ガリ漁や網漁などの伝統漁法が姿を消すのは寂しいが、これも時代の流れなのだろう。ただ、こうした規則により川遊びの自由が奪われるのだけは勘弁願いたい。僕は友釣りは好きだが、友釣り至上主義は大嫌いなのだ。いつか矢作川が、アユの山ほど釣れる夢のような川になり、こうした規則が一切なくなればいいなと願う。

 しかし、これは大事なことである。日本中の川をめぐると、やたら保護区の看板が目に付く。希少種の保護のために、一切魚を捕らないでというのだが、ほとんど場合、看板を立てるだけで、その後の検証がなされていない。

 「保護区にして5年経ったら、希少種が復活しました。しばらく様子を見ますので、魚捕りをしてみてください」なんて話はないのである。遊びの自由を奪う以上、何のための保護かを考える必要がある。保護区には期限を設け、成果を見守ることが礼儀であり責任だと思う。

 今回の取り決めで、もう一つ面白いものがあった。「20歳以下の無料化」だ。友釣り人口の増加を目指す魂胆は見え見え(笑)だが、こういう大胆で太っ腹なことはもっと読む.pdf

147 僕たちはボラの味方である

4面・ぽんつ挿絵.jpg 冬だからこそ、山ほど魚を釣ってホクホクした気分になりたい。そんなT君の願いを叶えるべく、碧南の海釣り公園にいった。
 ここは火力発電所の温排水が流れ出ているで、何かしら魚が群れていることが多い。その日はボラが群れていた。「すげ〜っ、海一面、魚だらけだ〜!」
 この素直な反応が嬉しい。なまじ釣り経験のある大人は、決まって「何だ、ボラかっ」と、馬鹿にしていうから嫌だ。魚に失礼である。
 さっそく竿を出し、サビキ仕掛けをセット。T君の竿には、次々にボラの仔(イナ)が掛かった。20センチとはいえ、ボラは引きの強い魚なのでT君は大興奮だ。バケツはあっという間にボラでいっぱいになった。
 この魚は出世魚で、スバシリ、オボコ、イナ、ボラ、トドと体長に合わせて名前を変える。幼い子をオボッコい、粋な若衆をイナセ、後がないことをトドのつまり。人々に愛されてきたこのボラが、すべての語源となっている。
 ところが、何人もの釣り人がバケツを覗いては、こんなことをいった。「食うの?」「こんなの臭くて、食べれんぞ」 余計なお世話だ。T君が不安な表情になった。「夏丸さん、これ食べられないの?」「いいや、みんなが知らないだけだ」
 それから僕たちは、岸壁で30匹のボラを捌いた。生きたボラの鱗をバリバリはがし、出刃で頭を落として内臓を出す。T君は「くさっ!」「きもっ!」と騒いではいるが真剣だ。「臭いのはヌメリだけもっと読む.pdf

146 日本中に軽トラ水族館

4面・ぽんつ挿絵・アユモドキ.jpg 正月明け、岡山から6人のお客さんがやってきた。みな岡山市の市議会議員で、矢作川水族館の視察がしたいということだった。議員嫌いを公言している僕だが、わざわざこのために新幹線でやってきた人たちを邪険に扱うわけにはかかない(笑)。

 名鉄ホテルのラウンジでタブレットの写真を見せながら、話をすることにした。

 まずは、お決まりの名刺交換。これはジャブのようなもの。大人はこうして相手の出方をうかがうのである。ちなみに僕の名刺にはトラップが仕掛けてある。名前の横にあるテナガエビやナマズの絵がそれだ。結局6人とも、まんまと罠にかかった。
 「あっ、ナマズだ。昔よく釣ったよなぁ」
 「ギギも、よく釣れたぞ、食べたことある?」

 ネクタイを緩めて、嬉しそうに話しだした。そもそもネクタイというものは、職務上、本音を言わないように喉を絞めるためにある。市会議員の先生たちが素顔を見せてくれたので、ぼくも1時間ほど本音で話をした。

 「大金をかけて箱モノを作っても、使いきれないのが行政でしょ。こんな軽トラ水族館でも、その川にいる当たり前の生きものが、市民の笑顔をちゃんと作ってくれます」

 「まずは見ること、触ること、楽しむこと。それから川へ行くこと。食べてもいい。大事なことは全部、川や生き物が教えてくれます」

 「岡山は淡水魚好きにとって聖地です。それだけ魚種も多い。でも「採るな」の看板だらけで、本当に遊びにくい。遊べる川にしなくちゃ」

 みんな、本気で話を聞いてくれた。今でも釣り好きだという議員が2人いるので「こりゃ、本気で軽トラ水族館を作るな」ともっと読む.pdf

145  本気で雑魚料理

4面・ぽんつ挿絵.jpg 冬に入ってから、小3のお友だちT君と何度も夜釣りに出掛けた。釣れたのは落ちハゼ、マダカ、アナゴなど。でも、一番釣らせたかったのはヒイカ。このイカはジンドウイカといい、大人になっても15センチ足らず、とにかく、カワイイのである。

 「うわぁ、かわいい〜」 ヒイカを釣り上げて、T君が歓声を上げた。

 「すげ〜、こいつ色が変わるよ。黒くなったり、透明になったり、目の上はキレイな緑色だし、いててっ、かまれた〜」 理科の目を持つ彼のこと、こうして夢中に観察するのは予定通り。しかしここで想定外の言葉が飛び出した。

 「ダメだぁ、可愛すぎる。こんなの食えね〜」 食いしん坊の彼とは思えない。しかも、イカは彼の大好物。ゲソ焼き大好き少年なのである。 こんな子を見ると、つい、いじめたくなる。

 「ヒイカは旨いぞ〜。刺身もいいし、バターで炒めてもいいし、何しても旨い!」

 「あ〜、そんなこと言わないでくれ〜っ」 結局、彼は家族に見せたいと、何匹かを生きたまま持ち帰り、残りを僕に預けたのだった。 さて、どう料理をしようか。料理はおいしいだけでなく感動が必要だ。考えに考えた末、僕はヒイカの『いか飯』を作ることにした。

 いか飯は作ったことがあるが、ヒイカでやるのは初めてだ。胴にもち米を詰めるのだが、小さいので胴が爆ぜてしまうかもしれない。 そこで閃いたのが、生米ではなくもっと読む.pdf

144. 一期一会汁なのだ     2016.12.02

4面・ぽんつ挿絵.jpg この夏、イベントでお世話になったお礼にと、稲武地球小屋(てらこや)さんの所へ遊びに行った。遊びは僕の商品(笑)だが、お礼といいながら、たくさんの親子に遊んでもらおうというのだから、ずいぶん虫のいい話しでもある。

 夏のお礼が晩秋になったのは、どうせ稲武まで行くのなら、僕がよく知る山上湖で釣りをしたり、木の実を採って、のんびり遊びたいと思ったからだった。

 集合時間は10時だが、夜明けに現地に着くように家を出た。いわゆる、抜けがけである。ところが、予定通りに魚が釣れない。10家族25人が集まると聞いたので、50匹は釣る予定だったのに、釣果は10匹前後。こいつは、抜けがけをした罰が当たったかな。

 9時ごろ、Sさん家族がやってきた。「釣れました? どうせ夏丸さんのことだから、朝からいると思って、早く来ちゃいました」

 何度も会ったわけでもないのに、僕の行動パターンをを見抜いている(笑)。

 奥さんは稲武地球小屋の会長で聡明な女性、旦那さんは器用で優しい人柄というのが僕の持っているイメージだ。二人は結婚して名古屋で暮していたのだが、子育て環境を考え、何のつてもない足助に、四年前、移り住んだという。

 田舎暮らしのせいか、子どもたちも明るく逞しい。車から飛び降りると、バケツをのぞき、目を輝かせ、嬉しそうにリールをまいた。

 10時になると、続々と家族が集まった。みな思い思いに遊び始める。ぬかくどに火をつけ飯を炊く人、珈琲を沸かす人、汁を作る人。それに刺激され、子どもだけの焚火も始まった。あっちでは釣り、こっちではかくれんぼ、木ぎれに絵を描いたり、松ぼっくりを拾ったり…もっと読む.pdf

143. オリジナル高級雑魚中華    2016.11.04

4面・ぽんつ挿絵.jpg 東京に住むO君から「雑誌の特集が入ったので、助けてくれ」と連絡が入った。

 詳しく話を聞くと、色々と条件がある。まず、紙面は5ページ。川で実際に獲物を捕り、4種類の中華料理を作ること。コイ、アユ、ナマズ、スッポンなどの普通の食材は使わないこと。それぞれに、ちゃんとレシピを載せ、誰もが美味しく作れること。

「雨で川は増水しているし、ロケは雨をまたいだ4日しかないんだろ?」

「そこを何とか、こんなばかばかしい仕事を頼める人は、他にいないから」

 これは、最大の褒め言葉と受け取っておこう。何しろ、O君はテレビや雑誌で活躍する生き物遊びのプロなのだ。僕はふたつ返事で了承した。

 まずは、メニュー作り。彼の提案をまとめた。
 ①モクズガニのチャーハン
 ②ニゴイの甘酢餡かけ
 ③ヌマエビとギギのシュウマイ
 ④ザリガニのエビチリ風

 恥ずかしい話だが、僕たちは高級中華料理店を知らないので、つい庶民的かつラーメン屋的な、お品書きになってしまう。

 ロケ初日、不安は的中。増水でカニカゴが使えない。こうなるとモクズガニはアウトだ。さらに、夏なら簡単に釣れたニゴイも釣れない。

「よし、明日はザリガニとエビに賭けよう」

 翌朝、よく知る川でヌマエビを200匹ほど捕獲。その足でザリガニを探した。

「この時期、ザリガニは大移動をしているはず、どこかにそんな水路はないかな?」

「う〜ん、自信はないけど心当たりが…」

 狙いは、的中した。小さなコンクリート水路だがもっと読む.pdf

142. 感謝、感謝の矢作川感謝祭    2016.10.07

4面・ぽんつ挿絵.jpg 矢作川感謝祭が無事に終わった。午前中、300人が釣りや魚捕りを楽しみ、午後からは一般参加者とともに、600人で飲んだり食べたり遊んだり。今年からこのように装いを変えたわけだが、とても楽しく、活気のある感謝祭になったと喜んでいる。

 この感謝祭は、前身の天然鮎感謝祭から8年目となるのだが、春になって行政サイドが突然、協力できないと言い出したことには驚かされた。まあ、行政など、いつだってこういうものだ。「市民と共に」といいながら、自分たちの都合を最優先にする義理も人情もない輩なのだ(笑)。

 とはいうものの、そのお陰で我々は、多くのものを手に入れることができた。例えば、仲間(市民同士)の連帯感。そして感謝する心だ。資金繰りに困り果てた我々に協力してくれた協賛各社、赤字覚悟で参加してくれた出店者、矢作川漁協をはじめとする実行委員、他にも多くの人に助けられた。そのすべてに感謝だ。何より、忘れてはならないのが、矢作川でとことん遊び、橋の下の会場を盛り上げてくれた参加者の方々。本当にありがとう。

 午前中、僕はかご川で川遊び大会を行った。参加者は予想を上回る230人。嬉しい反面、受付の混乱と安全面での不安が生まれた。しかし、ここもみんなに助けられた。受付は豊田・みよし親子劇場の方が見事にこなし、安全対策と草刈りは、梅坪有志水辺愛護会の方が行ってくれた。この団体がすごいのは水辺に山のようなゴミを捨てられても、バーベキュ禁止の立て札を出さないところもっと読む.pdf

141. 仁淀ブルーと子どもたち  2016.09.02

4面・ぽんつ挿絵.jpg久しぶりに車を走らせ、高知県の仁淀川へ行った。高知といえば昔から四万十川が有名であるが、この仁淀川も数年前NHKで水質の良さと豊かな自然が取り上げられ てから、一躍有名河川となっている。

 実を言うと僕は、15年ほど前、この川のほとりに家を借りていたことがある。カワウソの話を書くためだと家族をだまし、無理やり2階建ての一軒家を借り、水良し、人良し、魚良しの、この川と浮気をしていたのだ(笑)。

 高知に着いてすぐ、僕はその家に向かった。

「何も変わってね〜や」

 驚くことに、そのたたずまいは何一つ変わっておらず、当時のまま。家の前の川の流れも同じだった。しかし、目に見えないものは変わっているらしい。

「こんなにいい川があっても、子どもたちが全然川で遊ばないんですよ」

 今回、高知を訪れたのはお仕事。子どもたちと川遊びを行い、仁淀川の大人たちに『川ガキ復活』の方法を考えてもらうためだった。

「天下の仁淀川に、都市河川の矢作川が教えることなんてありませんよ」と、一度はお断りしたものの、僕の人生観を変えた川に恩返しできるならと引き受けた。

 当日は、きれいな支流で子どもたちと遊んだ。

 遊び方は、いつもと同じ。
「落ち着け。ゴリは逃げないから、箱メガネで見つけたらゆっくりとアミをかぶせろ」

 暴言を吐くのも同じ。

「川に足を浸けない行政の人は、遊びの邪魔になるから帰ってください」もっと読む.pdf

140. タイワンタケクマバチ激増中  2016.08.05

4面・ぽんつ挿絵.jpg 川遊びの時、旗のついた竹ざおを目印としてよく使う。先月、家下川のイベントで、その旗竿の束をかかえたとたん…「いてっ!」

 脇腹を刺された。この痛みは、間違いなくハチ。しかし、慌ててアロハの中を調べたが、どこにもハチは忍んでいない。仕方なく、ポイズンリムーバーで処置をして薬を塗り、また抱えると…、「いててっ!」今度は、親指を刺された。

 ここで、分った。犯人は竹に開いた穴の中から、黒い尻だけを出して僕を刺したのだ。

 二度も刺されるのは間抜けな話だが、犯人が分るのは、ちょっと嬉しい。犯人の名は、タイワンタケクマバチ。今はまだ、愛知県と岐阜、長野にしかいない外来種だ。とりあえず穴にはテープを張ってイベントを行い、その後で、ゆっくりと観察をすることにした。

 テープを張った節の上下をノコギリで切断し、それを鉈で割ってみると。「わぁっ!」

 ハチは慌てて逃げ出したが、残された巣が面白い。竹の構造を生かした縦長7階建て工法で、各階に1つずつ卵とエサが納められている。しかも、1階と7階ではタイムラグが生じるので、1階は大きな幼虫、7階は卵。つまり、成長過程の標本が見られるのだ。 うわさで聞いてはいたがもっと読む.pdf

139. てるてる坊主のおかげです   2016.07.01

4面・ぽんつ挿絵.jpg 先月に続き大学の話。保育にたずさわろうと考えている学生50人を矢作川に連れ出し、半日、たっぷりと遊ぶことにした。とはいうものの、現在、梅雨の真っ只中。そこで、学生には軽く「てるてる坊主でも作ってくれよ」と告げておいた。

 翌週の週間天気は傘マークのオンパレード。授業のある木曜日は、運が良くても曇りまで。問題となる矢作川の水位も、上がったり下がったりで判断に困った。

 最悪なことに前日の夜、大雨となった。翌朝、小雨になったものの昼まで降り続き、矢作川は1メートル高の大増水。絶体絶命のピンチである。学生からも「中止ですよね」の電話が入る。中止が大人の判断か。しかし、僕は子どもなのでギリギリまで待つことにした。

 そして、奇跡は起こった。集合時間の1時、驚くほどの晴天となったのである。

 「今日のテーマは『非日常のあそび』、橋から見下ろす川と、川から見る景色の違いを感じて下さい。あと、予定の魚とりは出来ないので、草陰の安全な流れで遊びます。河原も全部なくなっちゃったから、荷物は最小限にして下さい」

 「え〜っ」

「あと、水が多いのでパンツが濡れるけど、そのつもりで。覚悟しとけ〜」

「え〜っ、ムリ、ムリ、着替えがないし〜!」 不満爆発。しかし、9割が女子、川遊び未経験者が7割なのだから、こんなのは想定内だ。

 ところが、学生たちは文句をいいながら川に入ったものの、川に足を浸けたとたん…もっと読む.pdf

138. 御名にならぬものなし 2016.06.03

4面・ぽんつ挿絵.jpg 4月から週に一度、某大学へ非常勤講師として通っている。僕の受け持つ学生は、小学校教諭や保育士を目指す一年生。授業の単元は『言葉』だが、教科書は使わず学生の頭を柔らかくする授業をしようと心がけている。

 確かに『言葉』は大切だが、相手が子どもの場合、言葉に頼るのは危うい。言葉以上に心を投げかけ、言葉にならない(できない)気持ちを感じとるのが本当の保育者なのだ。

 先週は御名(おんみょう)という遊びを行った。モノに新しい名前をつけるという遊びで、30年前、大学の友人と作り上げたものだ。

 たとえば、タワシに数人で名前をつける。参加者は、本来の名前も用途も無視して、見た目だけで名前をつける。すると、「いがぐり爆弾」とか「ゲゲボンヌ」とか「がってんしょ」とか、意外で面白い名前が生まれてくる。これを無記名で札に書いて投函。その後、投票によってタワシの新しい呼び名を選考するという具合だ。 少々分かりにくいが、やってみると簡単で面白い。選考の段階で「やられた〜」「なるほど、そうきたか〜」と声が飛ぶ。つまり、御名で養われるのは表現する言葉のセンス、ボキャブラリーだけでなく、モノを多角的に見る力、柔軟性、さらには言葉を感じ取る力ということになるのだろう。

 学生の御名には感心した。

 柄つき毛糸に「つらなるDNA」、ガスマスクに「強盗レベルMAX」、孫の手には「モラソン」という名前がついた。若々しくて実にいい。個人的に感心したのは、白ネコの縫ぐるみに…もっと読む.pdf

137. 捕らぬタヌキの皮算用  2016.05.13

4面・ぽんつ挿絵.jpg ゴールデンウイークの7日間、名古屋港水族館へ通った。水族館のイベント「しおかぜマルシェ」に参加するためだ。

 芝生広場の真ん中ではコンサートが開かれ、その周りをアクセサリーやクッキーなどを売るお店が、10店ほど取り囲んだ。

 僕の運営したお店「ごみまる工房」も、そのひとつだ。店の目玉は、丸太の輪切りや紙粘土のタイ焼きに絵を描いてペンダントを作るというワークショップ。他に、手作りのバッジも販売した。150点のすべてが海の生きもので、ペンギン、ウミガメ、サメ、カサゴなどなど。2ヶ月も前から紙粘土でシコシコと作り、色を塗りこんだ1点モノだ。

 ちなみに開催前、友人からこんな話を聞いた。「GWの水族館は、入場者が日に3万人くらいあるらしいですよ。10人に1人が来ても3000人。大丈夫ですか?」

 確かに、準備を怠るとパンクしそうだ。そこで、一日に100組を想定した仕込をすることに。同時にスケベ心が頭をもたげ、つい金勘定をしてしまう。『総売り上げは、70万円か?』楽しい上に儲かるなんて夢みたいな話だ。

 ところがである。 初日は強風で昼過ぎに中止。海風が強くまともな営業ができず、このままでは、大赤字だ。

 最終的には、チンアナゴの的をねらう「チンわなげ」というゲームで売り上げを挽回したものの、大儲けの夢は計画倒れに終わった(笑)。これぞまさに、捕らぬタヌキの皮算用。世の中は、そんなに甘くないのである。

 とはいえもっと読む.pdf

136. 私は「無能の人」なのだ 2016.04.01

4面・ぽんつ挿絵.jpg先月、ネコのバッジを100個も作った。東急ハンズで開催れた『ねこ・ことり展』に出品するための、手作り作品だ。

 紙粘土をこねて、ひとつひとつネコの顔の形を作り、乾かし、顔を描き、色を塗る。仕上げはニスを二度塗りし、裏面にピンをとりつけ、ヒゲを6本埋め込んだら完成。ついつい楽しくなり「次はどんな顔にしようか?」と考え込むから、やたら時間が掛かる。しかし、完成した100匹のネコを並べると、なかなか出来が良いので、むふふと笑がこみ上げてくる。

 悦に入っていると、娘に言われた。「で、お父さん、それ、いくらで売るわけ?」「1500円かな? 愛情込めて作っちゃったから、売りたくないくらいだ」「まあ、確かに可愛いんだけどさ…」

 娘がいうには、夏丸ファンなら買うかもしれないが、ただ並べるのなら、高すぎるらしい。

 悩む私に、妻が追い討ちをかけた。「わたしゃ、500円でも買わんね。だって、材料費は100円もかかっとらんのでしょ」 確かにそうではあるが、そんなことをいったら外食など出来なくなるだろ。「一杯1000円のラーメンは平気なくせに」「ラーメンは腹がふくれるけど、ネコバッジじゃ、腹はふくれんし」

 悔しいが反論は出来ない。悩んだあげく結局、私は2種類のバッジに600円と900円という値段をつけた。その後セントラルパークのショップに2週間も並べてもらったのだが、結果は撃沈…もっと読む.pdf

135. なんちゃって絵手紙  2016.03.04

4面・ぽんつ・挿絵.jpg
 名古屋で行われている「ひなた市」へ参加した。この市は東別院てづくり朝市、西別院ワンコイン朝市とともに、日置神社を中心としたエリアで、月に一度、開催されている。

 僕が店を開いたのは、日置神社の隣のどんぐり広場の片隅だ。大きなテーブルを置いて妻と二人で4時間、「子どもの絵手紙ワークショップ」を行った。

 絵手紙というのはハガキにペンで絵を描き、絵の具で色を塗り、名前の印を押したら完成という簡単なものだが、絵を描くのが苦手な子どもは案外多い。そこで、お手製の真っ赤なポストを置き、切手を張ったらその場で投函できるようにした。こうすれば看板効果もあるし、手紙を出すという面白さを、体感できるというわけだ。

 とはいえ、一枚500円もするこの遊びに、どれだけの人が参加してくれるのだろうか? 誰も来なかったら…。不安がよぎる(笑)。ところが、そんな心配をよそに、少しずつ親子が集まってきた。

 テーブルに置いたバナナや、リンゴを見て描く子。大好きな魚や、動物を思い出して描く子。日記のように、楽しかった出来事を絵にする子どももいた。「この子、絵の具を使うの初めてなんですけど大丈夫ですか?」と、2歳の女の子を連れたお母さん。僕は、にいっと笑って筆ペンを手渡した。 彼女はしばらく考えていたが…もっと読む.pdf

134. 燃やすゴミとはいいたくない  2016.02.05

4面・ぽんつ挿絵.jpg 年末に剪定した植え木の枝が、庭を埋めつくしている。何しろ家を建ててから30年も経っているので、木の成長は著しく、切れば切るほど元気に枝を伸ばすといった塩梅だ。見よう見まねの剪定は楽しくもあるが、問題は切り落とした枝と落ち葉の処分だ。ざっと見ても、軽トラ4杯分はある。毎年、この枝の処分に、僕は困るのである。

 小分けして燃やすゴミに出すのが正しいらしいのだが、つい先日まで目を楽しませてくれた枝や落ち葉を、燃やすゴミとして扱うのは、どうも納得がいかない。

 以前、川遊びをしているとき、ある子どもが死んだ魚を手に「このゴミ、どうする?」と、聞いてきたことがある。それと同じだ。 「これは、ゴミじゃないよ。生きものだからさ、埋めて土に還してやるか、川に流して魚のエサにしてやろう」 「うん、わかった」 彼は素直に返事をしたが、その後、続けてこういった。

「でも、流しの三角コーナーの魚の骨は、燃やすゴミなんだよねぇ…」 なるほどと思った。ニンジンの切れ端も、まな板の上ではちゃんとした食材、しかし、三角コーナーに入るといきなり生ゴミとなる。ところが、洗ってまた、まな板に載せると再び立派な食材だ。ここのところは、実に難しい問題かもしれない。

 それでも、僕にはやはり、燃やすゴミ、埋めるゴミという分別の仕方は、肌に合わない。紅葉の美しい秋の公園で、子どもが落ち葉を見て「この公園、ゴミだらけだね」なんて…もっと読む.pdf

133. 小学校のブランド食材をいただく  2016.01.08

4面・ぽんつ挿絵.jpg 年末に、嬉しいお誘いがあった。足助の奥にある萩野小学校の5年生が、昼食をご馳走してくれるというのだ。彼らとは、夏から秋にかけて2度ほど、学校の前を流れる足助川で魚捕りをして遊んだ。その時のお礼ということなのだろう。

 約束の時間に学校の調理室へ行くと、黒板に「やってみよう、萩野ブランドで料理作り」と書かれていた。担任の山内啓太先生によると、これは自分たちで作ったお米や野菜と、自分たちで捕まえた川の魚を使って料理を作り、美味しくいただくという総合学習なのだそうだ。

 メニューは次の4点。①みんなで育てたミネアサヒの焼きおにぎり。②学校の畑で作った大根・白菜のサラダと、やわらかマッシュポテト。③足助川で捕まえた雑魚の揚げもの。④学校の梅入り、ふわふわケーキ。 一つ一つがていねいに調理されていて、とっても美味しかった。この学校の5年生は男子5人、女子3人と、とっても少ない。そんな彼らが、みんなで役割を分担し、一所懸命作ったのだと思うと、ひときわ味わい深く感じた。野菜作りに協力したJAの方や父兄の方も、同じ気持ちだったに違いない。

 皿に盛られた魚は、1人前が2匹。小ぶりなカワムツはそのまま唐揚げに。隣の皿の唐揚げはアブラハヤだった。大ぶりなオイカワは開きにされ、パン粉のついたフライになっている。大ぶりとはいえ、20センチにも満たないオイカワの頭を落とし、すべて腹開きにするのは大変な労力だ。とても5年生に出来るとは思えない。「ところで、このオイカワ、誰が開きにしたんだ?」 そうたずねると…もっと読む.pdf

132. 焚き火遊びをやってみよう  2015.12.04

4面・ぽんつ・挿絵.jpg 今年の冬は、ぜひ、子どもたちと河原で焚き火をやってみたいと考えている。

 以前、キャンプをしたとき、ある若者に「マキに火を点けて」と頼んだことがある。

 大人だから大丈夫、と思ったのが、間違いだった。いくら待っても火は点かない。

 苦戦する彼の手もとを覗いてみると、なんと、ライターで太いマキを直接燃やそうとしていた。

 そもそも焚き火は、燃えやすい枯れ草から小枝に火を移し、徐々に太い枝を燃やしていくという方法をとるのだが、体験がないからそういった発想が生まれなかったようだ。

 これが、日本の現実。実は、ライターやマッチが使えない大人がゴロゴロいるのである。

 しかし、そんな彼らを笑ってはいけない。悪いのは彼らではなく、子どもから必要以上に危険を排除する(無責任な)社会なんだから。「火事になるから、焚き火は禁止です」「怪我をする(させる)ので、ナイフは禁止です」「事故が起きるから、川遊びは禁止です」 これはもう、大人のエゴ。禁止すれば事故は減るという考えは「教育の放棄」に等しい。

 大人が子どもにするべきことは、危険との付き合い方、回避の仕方を教えることだと思う。

 そもそも、人は刃物という道具を使い、火を使い敬うことで文明を築き上げてきたはずだ。それを体感させてこそ教育。触らせなければ、子どもたちの考える力、創りだす力、そして生きる喜びや感動をも、奪うことになるのだ。
 というわけで…もっと読む.pdf

131. まちなか水族館       2015.11.06

4面・ぽんつ絵.jpg あそべるとよたプロジェクトに矢作川水族館が参加した。これまで河川敷とか学校とか、限られた空間の中でしか展示できなかった魚たちを、このイベントでは街なかで見せられる。これは初めてのことだし、実に愉快な試みだった。場所は豊田市駅西のサイゼリア前。人通りもあるし、街路樹もあるいい空間だ。川や魚に関心のない人にも喜んでもらおうと、いつもの軽トラでの水槽展示の他に、いろいろと計画した。

●大ウナギやザリガニに触れるタッチプール。子どもは水や生きものに触るのが大好きだと分かってはいたが、これほどとは。絶えず子どもが陣取り、大ウナギはぐったりした。

●プラ版で作るアクセサリーと、木のペンダント。ともにフエルトペンで絵を描くだけの工作だが、なかなかの人気で、材料代50円にもかかわらず200個ほどが売り切れた。

●カメコーナーは学泉大学の矢部チーム協力で。ここも大人気。小さな子どもは、よく分からない淡水魚より、愛嬌のあるカメが好きだ。苦労して魚を捕まえたのに…と、嫉妬する(笑)。

●長さ6mの川舟を展示し、笠と蓑をつけて記念撮影。大きな川舟の存在感は目を引いた。

●顕微鏡体験では、いま産卵真っ盛りのアユの卵と仔魚を観察。理科の目を持つ小学生が顕微鏡を奪い合うようにのぞいていた…もっと読む.pdf

130. 命をいただくということ       2015.10.02

4面・ぽんつ挿絵.jpg この夏は、たくさんの子どもたちと川で遊び、たくさんの魚を料理して食べた。

 食べると聞いたとたん、俄然やる気になる食いしん坊もいれば、家で飼うつもりだった魚を、食べるか食べまいか真剣に悩む子どももいて面白い。

 命をいただく以上、そこには多少の痛みが生じるわけで、彼らにはできるだけ自分で魚を絞め、内臓を出してもらった。「うわぁ、気持ち悪い」「きゃぁ、かわいそう」

 などと騒ぐ子もいるが、そんなのは放っとけばいい。10分もすれば、きゃっきゃと笑い出し、楽しそうに下ごしらえをしてくれる。子どもは、そんなにヤワではないのだ。

 ところが、大人のほうがヤワで困る。「子どもに生き物を殺させるなんて」「トラウマになって、食べられなくなったら」

 そんな奴は、肉も魚も野菜も、食わなきゃいいのである。

 以前、学校の実践で豚や鶏をと殺するのが宜しくないとニュースになったが、僕には何が問題なのかが未だに分からない。これこそが、命の授業だというのに。

 かわいいから守りましょうとか、かしこい動物だから食べてはいけないとかいう、幼稚な思想に、振り回されてはいけない。動物愛護と食は、別の問題なのだ。

 先日も、2家族と川へ行き、大きなスッポンを捕まえて…もっと読む.pdf

129. 川で遊びぬく覚悟          2015.09.04

4面・ぽんつ挿絵.jpg 友だち家族と大滝湖に注ぐ小川へ行った。浅い砂川には魚がいるし、上流には天然岩のウォータースライダーがあるので、子どもが遊ぶにはもってこいの場所だ。他にも、たくさんの家族や若者が遊んでいた。

 しばらく遊んでいると、見覚えのない女の子が「なつまるさ〜ん」と、走ってきた。「どこで、遊んだっけ?」「島崎公園の前の川だよ」 家族で魚とりに来たという。イベントがきっかけで川好きになったというから嬉しい。

 すると今度は、見知らぬお母さんが…。「あのぉ、夏丸さんですか?」「はあ、どこかでお会いしましたっけ?」「いいえ。友だち家族が一緒に川で遊んで楽しかったと。へ〜っ、本当に川にいるんですね」

 こうなると、ちょっと怖い。誰も見ていないだろうと、川で立ち小便もできないぞ(笑)。

 しかし、川で遊ぶ子どもたちが、少しずつでも増えるのは、本当に嬉しいことだ。そんな川が見たくて、20年も子どもたちとの川遊びを続けてきたのだから。

 今年の夏も小学校、子育てサークル、交流館、ボランティア団体など、誘いがあれば断ることなく引き受けてきた。数えてみたら、ひと夏で30回以上。一緒に遊んだ子どもたちは延べ2500人を越えた。僕のような怪しいオヤジが、大手を振って遊べるんだからありがたいことだ。

 回数や数は問題ではないが…もっと読む.pdf

128. 中学生はそれでいい          2015.08.07

4面・ぽんつ挿絵.jpg 中学校の先生から電話があり、3人の生徒と会うことになった。夏休み中に地元のことを調べるという課題が出され、3人は家下川のことを調べているという。

「でも、先生。僕、教科書的なことは言わないし、なかなか面倒くさいですよ(笑)」「いいんです、子どもたちのご指名ですから」

 何だか、少し楽しみだ。

 炎天下、柳川瀬公園の木陰で、緊張気味の彼らに会った。ベンチに座って話を聞く。「家下川は、どこにつながっていますか?」「家下川には、何種類の魚がいますか?」

 正直言って、ため息が出るくらいつまらない質問だった。でも、つまらないことをさせるのが学校だし、彼ら自身、つまらない質問をしていることに気がついているようだった。

「俺が100種類って言ったら、それをそのまま信じるのか? そういうのはさ、自分で調べた方が面白いぞ。じゃ、次。君の質問は?」「あの、EM菌の団子で、川はどれくらいきれいになりますか?」

 一転して、面倒くさい質問がきた(苦笑)。だからといって、ごまかすことはできない。

「これは、俺の意見だぞ。確かにバクテリアを使えば、浄化槽と同じ効果で、ドブやプールはきれいになるだろう。でも、大きく流れる自然の川では効果はないと思うんだ。第一、自然の川にもたくさんの菌が生きているんだぜ。外来菌に頼るのはどうかな。後は、自分で考えろ。それが勉強だ」

「……なんかびっくりした。効果があるとばかり思いこんでいたから」

「あるかもしれないし、ないかもしれない…もっと読む.pdf

127. 魚との出会いが人生を変える          2015.07.03

4面・ぽんつ挿絵.jpg 母校である畝部小学校の2年生と魚捕りにいった。魚捕りとはいっても、そこは理科の授業、ちゃんと目的はある。①お話を聞いて、生きものに関心を持つ。②実際に川へ入り、生きものを捕まえる。③捕まえた生きものを、飼育・観察する。てな感じか。こうした活動は、年々増えてきているようだ。ふるさとの自然を自分の目で確かめる機会になるので、大切なことだと思う。

 今回は生きものを捕まえたあと、ちゃんと飼うという続きがある。小さなバケツで何でも飼えるわけではないし、観察する生き物には向き不向きがある。そのへんは、前もって伝えた。

 「ザリガニは、何度も脱皮するんだぞ。オタマジャクシは、1カ月で手と足が生えてカエルになるから面白いぞ」 何となく誘導したつもりだが、相手は2年生だ。もしカメを捕まえたら、「絶対にこれを飼う」って言って、聞かないんだろうなぁ(笑)。

 90分の魚捕り。終了間際に奇跡が起きた。

 A君の持っている100均の弱々しいアミに、どど〜んと70センチもあるライギョが入ったのだ。 「なつまるさん、なつまるさん!」と大声で叫ぶA君を見ると、壊れたアミに頭だけを突っ込み、アミの針金の輪に首を絞められたような格好でライギョが暴れていた。それにしてもよく逃げなかったものだ。川の神さまは、ときにこういういたずらをするから面白い。

 ちなみにA君は、普段聞き分けがいいのだが、この日は先生の言うことを聞かなかった…もっと読む.pdf

126. 若者もいいなぁ                2015.06.05

4面・ぽんつ・挿絵.jpg 愛知学泉大学で講義を行った。昨年に続いて2度目になる。子どもや大人に話をする機会はとても多いのだが、20歳前後の若者と話をする機会はほとんど無いので、大変よい刺激になった。
 昼下がりの教室に集まった学生は70人ほど。みな教師や保育士を志す3回生だった。男女の比率は2対8くらいで女子のほうが多かったが、保育士をめざす男子も何人かいた。
 30年前、僕が幼稚園に勤めていたころは、保育や幼児教育の世界に男は皆無で、ある絵画の研修に出かけた時など、参加者400人の中で男は僕一人だけだった。子育ては母親だけのものではないというのが、今や社会の常識。保育士をめざす若者が増えるのは嬉しいことだ。
 講義は写真を使って、普段から行っている子どもとの「遊び」を紹介した。僕の得意な川遊び、魚とりなどの自然遊びを軸に、お絵かきやままごとまで。僕は体験を通し、自分自身が何をどう感じ、どう楽しんでいるかを聞かせた。楽しめない仕事では、長続きはしない。
 教育書や子育ての本などは山ほどあるが、そんな技術論は他に任せればいい。僕が彼らに伝えることができるのは、子どもの楽しみ方だけなのである。
 良くも悪くも、子どものやらかすことのすべてに「すげ〜なぁ」と思えるかどうか。これは保育士を目指す者の踏み絵かもしれない。
 そして、言葉で伝えたメッセージは二つ。 『何よりも大切なことは、わくわくすること、させること』 『馬鹿馬鹿しいことをやらないのは、もっと馬鹿馬鹿しいことだ』もっと読む.pdf

125. 小説は勉強のためのもんじゃない       2015.5.01

4面・ぽんつ、挿絵.jpg 先日の新聞に小中学校で行われた全国学力テストの問題と解答例が、でかでかと載っていた。正しくは全国学力・学習状況調査というらしい。

 このテストは『ゆとり教育』による子供の学力低下を危惧し、2008年から再開したものだが、子供のためのテストではなく、『ゆとりのない大人』が安心するためだけのテストだと僕は思っている。「外国よりも偏差値が低いのはかっこ悪いな」「幸せなんて数字で表せないから成績だけで語りましょ」。結局、教育機関の上の方で威張っている奴らは、教育現場の声も子供の幸せも考えていないのだ。この罪は重い。社会に出た若者を「ゆとり世代は」といって馬鹿にする奴らも同罪だと思う。

 さて、新聞の話にもどろう。 開いた新聞をよく見ると、小学校国語の問題に僕の作品『オオサンショウウオの夏』が載っていた。「へ〜、知らなかった」

 テストの問題は、こうして作者に断りもなく、毎度、勝手に作られていくのである。教科書や問題集などを作る出版社や、学習塾などは必ず事前に契約を交わすのだが、テストについては事後承諾すらない方が多い。教育機関は治外法権かといいたい。

 若いころは「小説は子供に楽しんでもらうために書くのであって、テストで苦しませるために書いているのではない」と声を上げて抗ったりもしたが…もっと読む.pdf

124. 春はどこからくるかしら       2015.4.03

4面・ぽんつ挿絵.jpg 「春はどこから来るかしら あの空越えて雲越えて…」という歌があった気がして調べてみたら、「朝はどこから」の間違いだった。若いころ聞いた及川恒平の「面影橋から」の歌詞と混同していたらしい。

 で、今回は、みんなで春を探した話。 柳川瀬子どもつどいの広場の親子を引き連れて、矢作川の堤防へ春をさがしにいった。
「比べてごらん。南斜面と北斜面、春はどっちから来ると思う?」
「南だ。だって、こっちだけ緑だもん」

 一目瞭然とはこのことだ。春の生きものは暖かい場所から動き出す。僕たちは紙コップを片手に花摘みをして歩いた。

 タンポポ、ツクシ、ホトケノザ、タネツケバナにオオイヌノフグリ。ヨモギにナズナにカラスノエンドウ。名前を確認しながら摘んでいく。

 とはいえ、勉強会ではないのでタンポポの花束を作る子がいれば、ホトケノザの花びらだけを紙コップに集める子もいる。ここが面白い。
「おれ、ヨモギの団子、食ったことあるぜ」
「私、ツクシを採って食べたことあるよ」
 食べることは大事だね。食べたことのある草はちゃんと覚えているからすごい。
「いいか、今摘んだ春の草はホトケノザ以外、全部食べられるんだぞ。どうやって食べるかって? 食べやすいのは、まあ、天ぷらだな」

 そういうと、小学生のAちゃんがいった。 「え〜、七草粥にホトケノザは入ってるよ」

 ここが厄介なところ。春の七草でいうホトケノザはオニタビラコのことで…もっと読む.pdf

123. ロックバランシングにはまる       2015.3.06

4面・ぽんつ・挿絵.jpg ロックバランシングというのは、河原の石をいくつも積み上げるという遊びだ。こう説明すると、丸い石をお団子のように積み上げる賽の河原(一つ積んでは母のため〜♪)を思い浮かべてしまうのだが、その積み方はもっとアグレッシブ。

「この石がこの格好で立つわけないだろ!」というところを、えいやっと立ててしまうところがこの遊びの面白さであり、醍醐味なのだ。

 当然、積み上げられた石は誰が見ても「おおっ、すごい!」となる。まさに自然や重力に逆らった造形美。指でちょんと押せば、一瞬で倒れてしまう脆さもこの造形の魅力の一つだ。

 いつも一緒に遊んでいるたんけん☆キッズのメンバー(親子30人)と矢作川に行った。 「よし、今日は石を積むぞ」 「え〜っ、石〜っ」

 地味な遊びに不満そうな返事が返ってきたが、心配は要らない。「これを見ろ」と、目の前でガレ石を予期せぬ格好に立ててみる。 「無理だよ、平らなところを下にしなくちゃ」 「ふっふっふっ、出来ないと思えることをやるから感動は生まれるのだよ…、おっ、どうだ」 「立った。すっげ〜!」

 ここまで見せれば、もう説明はいらない。みんな思い思いの場所で自分の石を立て始めた。 子どもたちを観察していると面白い。3歳は3歳なりの積み方をするし、小学生は小学生なりの積み方をする。そして、誰もがちょっとだけ…もっと読む.pdf

122. 冬の魚はどこにいる?          2015.2.06

4面・ぽんつ・絵.jpgぽんつくが大好きな子どもは困ったもので、冬でも「魚とりに行こう」という。「無理、無理。こんなに寒いんだから」「おれ、寒くないもん」 寒いから捕れないというのは、人の問題ではない。魚の問題だ。冬の魚は夏のように浅いところにはいない。どっぷりと深い場所に移動し、群れかたまって冬を越しているのだ。

 彼の気持ちが治まらないので、僕たちは長靴をはき、アミを持って川へ向かった。

 水路の水は枯れ、魚の姿はどこにもなかった。現在の農業用水路は、田畑の余り水しか流さないので、冬場、川の機能は失われているのだ。「ほら、魚なんていないだろ」

「じゃ、家下川。神社の橋の下なら魚はいるよ。ほら、いつもオイカワが群れてるじゃん」

 しかし、魚はいなかった。仕方ないので僕たちは、魚をさがして土手を歩くことにした。200mほどいくと、川がカーブしたところが少し掘れていた。枯れ草も覆いかぶさっていい感じだ。A君がいった。「わぁすごい。魚だらけだ。100匹いる?」「いや、2000匹はいるな」

 それから、さらに魚のたまり場を2ヶ所見つけた。ひとつは雨水でできた小さな穴。もう一つは、コンクリートブロックのすきまだった。

「よし、来年の秋は、川に穴を掘るぞ。そうすれば、おれだけ魚が捕り放題だ」

 はははっ、子どもはこれでいい。しかし、問題なのは、魚が越冬する深い場所が…もっと読む.pdf

121. ぽんつくよ、台湾へとどけ          2015.1.09

1-9・ぽんつ倶楽部・絵.jpg 年末に、嬉しい知らせがあった。 9年前に出版した僕の著書『うそつき大ちゃん』が、台湾で中國時報の開卷好書・最佳青少年圖書を受賞したという。

 この本は今年の春、台湾で翻訳され、《說謊的阿大》というタイトルで出版されたのだが、海外モノというハンデを乗り越えて受賞作となったのだから驚きだ。

 僕にとって作品は実の子のようなもの。親の気持ちでいうなれば、「わが子よ、よくやった」という感じだ。手柄は、いつだって子(作品)のものであり、僕のものではない。その証拠に、親(作者)は、無責任にも発表した作品の登場人物の名前すら、忘れていたりするのである。

 とはいえ、今回の受賞は素直に嬉しかった。 実をいうと、デビュー作で大きな文学賞を受賞したという知らせがきたとき、出版社の担当に「いらない」と言って叱られた。大して嬉しいとは思わなかったのである。 それが、なぜ今はこんなに嬉しいのか。歳をとって素直になったのか?いや、そうじゃない。

 初期の作品は、僕が子どものころを思い出し、記憶を頼りに創作したものだが、この「うそつき大ちゃん」は違った。地元の川で子どもたちと遊び、泣いたり笑ったりしながら、書き上げたものなのだ。

 結局、今回の受賞者は僕ではなく、ともに川で遊んだ子どもたちと、遊び場となった家下川だ。だから、素直に喜べたのだろう。 だって愉快ではないか…もっと読む.pdf


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