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文と絵・阿部夏丸作家)

175   浚渫工事が『ふるさと』を奪う

4面・ぽんつ挿絵.jpg 豊田市上郷地区の家下川に沿って流れる三面コンクリート張りの農業用排水路がある。このコラムで、何度も紹介してきた良い川だ。僕がこの川で子どもたちと遊ぶようになって、およそ20年。地元の畝部小学校、高嶺小学校、柳川瀬子ども集いの広場の子どもたちは、毎年、この川遊びを楽しみにしている。

 先月はU校の2年生と遊んだ。U校では10年も前から、毎年2年生と5年生がこの川で総合学習を行っている。

 学校から徒歩で30分。みんな大興奮で川に入り、生きものを追いかけた。今年は魚が少なかったものの、それでもテナガエビにヌマエビ、コイ、フナ、モロコ、タナゴにドジョウ。ナマズにスッポンまで捕まえた。

 全てが、大発見だった。橋の上からでは見ることの出来ない川の中を知ること、生きものに触れることは、子どもの表情を変え、人生観をも変える。そして、子どもたちの話を聞いた親は、「まだ、魚がいたんだなぁ」と子どもの頃を懐かしむ。

 それが証拠に総合学習の後の土日は必ず、アミを持った親子が、この川にやってくるのだ。

 こうした川(安全に魚が捕れる川)が身近にあることは、大切なことだと思う。川にも入らず、生きものにも触れずして自然や命を学べるはずが無いのだから。それ以上に、少年期の体験が一生の思い出になり、その場所が、そのまま『ふるさと』になることを忘れてはいけない。

 さて、そんな川(水路)に問題が起こった。子どもたちの遊び場の目の前まで、河川課の手で浚渫工事がされてしまったのだ。T校の遊び場はもはや手遅れ。魚の潜む草など一本も無いマルハゲ状態だ。川の魚は水だけでは生きられない。一見不必要に感じる草むらがエサの虫を呼び、産卵場となり、隠れ場所となるのだ。

 10年前、COP10の前年、この川を浚渫しようとした行政に待ったをかけた。その後、家下川リバーキーパーズが中心になり、民官学の『魚の棲む川づくり活動』を毎年行った。当然、河川課も…ご購読はコチラ.pdf

174   ウナギ釣りの季節

4面・ぽんつ挿絵.jpg 「今年もウナギ釣りの季節がやってきたぞ」 などと思っていたら、釣り好きの若者M君から1枚の写真が送られてきた。写っていたのは、まな板の上の2匹のウナギ。1匹は腹が黄色く、もう1匹は腹まで黒い。おしゃれな言い方をすれば、金ウナギと銀ウナギだ。ともに逢妻女川の下流で釣ったもので、M君は釣り人としてこの色の正体が、どうしても知りたいのだという。

 金色は普通の天然ウナギだ。夜行性で日に当たらないから、日焼けせず黄色っぽくなる。ウナギの語源は胸が黄色いから『ムナギ』、それが転じてウナギになったという説が有力だ。

 さて問題の銀ウナギの正体だが、おそらく銀毛化した下りウナギだろうと思う。ウナギは成熟すると産卵のため川から海へ下る。その際、海水(塩水)で暮らせるよう体を銀毛化させるのだ。しかし、少しばかり疑問が残る。産卵のため海に下るのは春ではなく秋なのだ。しかも、このウナギ、腹の卵が小さい上、貪欲にエサを食べるという。銀毛ウナギは卵巣が異常に発達し、エサを食べないというのが通説なのだ。

「う〜ん、これは、どういうことなんだ?」

 ウナギはナゾが多いので図鑑レベルでは分からない。困ったぼくは、この写真をフェイスブックにアップして生の声を聞くことにした。幸いぼくのFB友だちには学者や水族館員などが多いので分からないことは丸投げだ(笑)。

 数日後、魚に詳しい仲間から返事が届いた。「高知の鏡川漁協の人から情報をいただきました。これは間違いなく銀毛の下りウナギですが、栄養不良で海に行くのをやめた個体のようです。正常な下りウナギはすごく太っていますが、写真のウナギは痩せすぎとのことです」

 なるほどと納得。これで合点がいった。このウナギ、海に出ようとしたけど、何かの都合でやめちゃったと言うわけだ。ちなみに、サツキマスも銀毛化して海に下ることで有名だが、海に出る寸前に気が変わり、川へもどっちゃう奴がいるらしい。やっぱり、ぼくみたいな怠け者の気分屋は、どの世界にもいるもんだ(笑)。

『自然界はアバウトだから、決め付けるなよ』というのが、ぼくの師匠のお言葉。このアバウトさを…ご購読はコチラ.pdf

173   『令和』の川で竿初め

4面・ぽんつ挿絵.jpg 元号が平成から、令和に変わった。元号が変わるのは人生で二度目のことなので、令和と聞いても「ふ〜ん、なるほどね」という感じで、平成の時のような戸惑いは感じない。僕にとって元号変わりは、嫁に出す娘の苗字が変わる程度のことなのである。とはいうものの、新しい時代の幕開きには心が広がる思いがする。そんなわけで、とりあえず、魚釣りに出かけることにした(笑)。

 目指すのは、稲武にある段戸川。先日、ひざの半月板を損傷し、医者からも妻からも「沢歩きは控えるように」と言われているのだが、従うわけにはいかない。魚釣りと恋愛は、障害があるほど燃え上がるものなのだ。

 薄暗い林を下りて川に入る。釣り支度をしていると、対岸の茂みをタヌキが横切っていった。何かいい感じ。けものの匂いがぷんぷんとして、釣れる気になってくるから面白い。

 急いでエサをつけ、ゆっくりと川を遡った。

 この川は僕が初めて渓流釣りをした川だ。昭和50年代、今から40年も前のことだ。生まれて初めて釣り上げたアマゴの美しさに感動し、しばらく座り込んだのを覚えている。当時に比べると、水質も渓相も変わってしまったが、市内にこんな素敵な川があるのは嬉しい。

100mほど遡ったが何のアタリもなかった。小魚も少なく魚が薄い感じ。そう思いながらも、いかにもという落ち込みに仕掛けを投入。

 コツンッ。

 竿を立てると、ゴゴンと魚が首を振るのが分かった。「でかいな」と思う。8寸ほどのアマゴなら、ひょいと抜き上げることが出来るのに、この魚、重量感たっぷりで、一向に浮かび上がらない。そして、十分なやり取りのあと、タモに収まったのは、45センチもあるブラウントラウトだった。これがイワナやアマゴなら、狂喜乱舞するのだが、ブラウンはこの川に定着してしまった外来生物なので複雑な心境である。

 『平成』の置き土産を前に、『昭和』生まれの男が『令和』の川で自分に問う。
 「お前は今、嬉しいのか?」
 「嬉しいさ。だって…ご購読はコチラ.pdf

172   『ふるさと』の足もと遺産 

4面・ぽんつ挿絵.jpg 先日、12組の親子を引き連れ矢作川の土手に散歩に行った。柳川瀬子ども集いの広場の講座『春を探しに行こう』である。

 1〜6歳のおチビちゃん中心なので、夏の魚とりとは違う面白さがあった。なにしろツクシもタンポポも魚のように逃げないので、ゆったり気分で遊べるのである。

「これなぁに?」
「ツクシだよ。卵とじにすると美味しいぞ〜」
「これは?」
「ノビル、これも美味しいよ。酢味噌和えか天ぷらがお勧めだな」

 つい食べられることを強調するのが僕の悪いくせだが、これは大事なこと。すべての野菜はお店の棚ではなく、土に生えているのだ。

「かわいい。この青い花は?」
「オオイヌノフグリ。直訳すると、でっかい犬のキャンタマだな。あれ…、犬のでっかいキャンタマか?」

 子どもたちは、けらけらと笑い、お母さんは、なるほどとうなづいた(笑)。イヌフグリ、タネツケバナ、ホトケノザ。それぞれの名前にはちゃんと意味がある。昔の人は道端の草に足を止め、愛情をこめて名づけたのだと思う。

 やがて少年が、テントウムシを捕まえた。

「いいものみせてやろうか」

 そういって、ギシギシの葉をめくると、うま
い具合にテントウムシの卵と、幼虫、サナギがセットで見つかった。

「飼いたい、全部、飼う! ねえ、テントウムシって、何を食べるの?」
「アブラムシだ。幼虫なら1日20匹、成虫なら1日100匹は食べるぞ。ほら、これだ」

 そういって、ヨモギに群がった300匹のアブラムシを見せると少年は無言になった(笑)。
 今度は、年中の女の子がいった。

「あっ、チョウチョ。小さいね」
「うん、ベニシジミっていうんだ」
 すると、若いお母さんがいった。
「子どものころ見たわ。今でもいるんだね」
「ずっといますよ。こんな風に、のんびり土手を歩くのは久しぶりなんじゃないですか?」

 若いお母さんは大きくうなづいた。

 世界自然遺産など見なくていい。大切なのは…ご購読はコチラ.pdf

171   人はなぜ魚釣りが好きなのか

4面・ぽんつ挿絵.jpg 「なぜ魚釣りが好きなんですか?」と、聞かれることがある。実にくだらない質問だと思う。どこがくだらないかといえば、その答えは「なぜキスをしたくなるのか」「なぜメシを食いたくなるのか」に等しく、そこに確たる理由などないからだ。

 おそらく「自然に癒されるから」などと、適当に答えておけば、その場は凌げるのだろうが、僕は人間ができていないので「川で魚を追いかけてみてください。そうすれば馬鹿でもわかりますよ」と、つい言ってしまうのである。

 とはいえ、この質問、答えなどないがゆえに、なかなか奥が深い。釣り馬鹿といわれる異常で病的なまでの釣り好きは世界中に存在し、名言、格言も多い。

『釣れない日は人生について考える時間を魚がくれたと思え(ヘミングウェイ)』

『釣り竿とは、一方の端に釣り針を、他方の端に、馬鹿者をつけた棒である(イギリスの諺)』なんてのは、なかなか的を射ていると思う。

 民族も違えば生活習慣も違うのに、釣り馬鹿はどこにでもいるようだ。また、いつも遊んでいる子どもたちの中にも、突然、釣り馬鹿は現れる。両親が一切釣りなどしないのに、釣り馬鹿は突発的に出現するのである。これは、どういうことなのだろう。考えてみればテレビでも、生きもの雑学や「捕ったど〜」の無人島生活、池の水抜きが高視聴率を稼ぐ。みんなが自然の中で遊ばなくなったという時代に変である。

 気になって調べてみたら面白いことが分かった。脳科学の先生によると、人間の脳には生きものの生態をストックする『引き出し』が山ほどあるらしい。これはホモサピエンスが誕生し20万年かけて作り上げた脳の仕組みで、生きるためには狩猟と獲物の性質を知ることが最も重要だったわけである。近代文明などと偉そうなことをいっても、たかが100年そこそこ、人間の脳は、生きものを知り、知恵を絞って捕まえるという20万年の狩猟生活の歴史で形成されているのである。

 こう考えると、突発的な釣り馬鹿の出現もテレビの高視聴率も腑に落ちる。そして…ご購読はコチラ.pdf

170  百舌鳥のはやにえ 

4面・ぽんつ挿絵.jpg 自宅のリフォームを行った。キッチン、浴室、寝室に玄関と大掛かりなリフォームになったが、ほとんど妻と娘にまかせっきりで、僕は庭の造作に没頭。DIYならいざしらず業者が入る工事なら、僕が口を出す必要もないのである。

 手はじめに玄関先のボウガシ5本をカットした。後の剪定を考えると短くしておきたい。2mほど残し、チェーンソーで切り倒した。

 続いて庭のアオギリとカシだ。ともに10メートル近い巨木なので、ピンポイントで倒さないと家か塀が壊れる。はしごを架け、木をロープで固定し、3分割にして切り倒した。

やり終えて分かったのは『こりゃ、素人が一人でやる仕事じゃないな。下手すりゃ、命を落とす(笑)』ということ。木は半端なく重いのである。当然、伐り終えたあとの始末も、恐ろしく大変で、これだけの作業に2ヶ月も費やしてしまった。おそらく、あと10年経ったら体が動かずこんな作業はできないだろう。そう考えれば、いい機会でもあった。

 正月が明けてからは、マツとマキの剪定を行い、現在は巨大化したソテツの伐採を行っている。ソテツは草っぽいので繊維が絡まり、チェーンソーが役に立たない。仕方ないのでナタでの作業だ。40センチもある幹が4本。休んでは削り、休んでは削る。今現在、幹を残すだけとなった。泣きたくなる作業だが、不思議と楽しく、友だちもできた。

百舌鳥(モズ)のキョンだ。僕が疲れてタバコを一服すると、必ずやってきて切り株にとまる。そして、人懐っこい顔でキョンキョンと鳴くからキョンと名づけた。どうやらソテツの表皮に隠れていた虫を啄ばみにくるようだ。僕の作業中は、数メートル離れたハナミズキの枝で、じっとこちらを見ているからかわいい。

 今日、ソテツの根を掘り返していたら、冬眠中のトカゲをスコップで傷つけてしまった。

「ごめんね、トカゲくん」

 しかし、試してみたいことがある。トカゲを切り株に置いて、タバコを一服。すると…もっと読む.pdf

169 釣りなしでは生きられない

4面・ぽんつ.jpg平成最後の正月を迎えた。こうした元号の変わり目や年数の節目に、気持ちを新たにしようと思うのは実に庶民的だ。また、新年の抱負を述べたところで、大して何も変わらないのは、これまでの僕の人生が証明している(笑)。しかし、僕は根っからの小市民なので、やはり、今年は…と、考えてしまうのである。

 年末に大学生のT君と夜釣りに出かけた。一緒に遊ぶのは10年ぶりだ。卒業と就職の内定が決まり、釣り三昧の日々を過ごしているという。

 少年時代の彼は魚釣りなしでは生きていけないほどの川好き、魚好きで、よく一緒に遊んだ。夏の川はもちろん、真冬の川にも入り、ウシガエルやライギョを捕まえたことを覚えている。ある時、雑誌のページに彼の描いたカワムツの絵を載せたら、編集者に「これは夏丸さんが描いたんでしょ」といわれ、子どもの絵だとは信じてもらえなかったことがある。それほど、彼は目が良く、魚が好きな少年だった。

「久しぶりだな、釣りしてるか?」
「はい。まあ…」
「彼女はいるのか?」
「…いえ」

 シャイなところも昔のままだ。僕はたまらなく嬉しくなって、車のアクセルをふかした。
釣り場に着き6mの竿に仕掛けをセット。

「エサはモエビ、7m先の駆け上がりをねらえ」
「何が釣れるの?」
「メバルとカサゴだな」

 余計な説明はせず、僕は彼と少し離れて釣り始めた。一人前の釣り人として扱ってやらねば。

「おっ、良型のメバルだ」
「いい引きするだろ」
「うん、リールがない分、面白い」

 何も教えることなどなかった。彼は日暮れから3時間ほどの間に、場所を変えたり、ウキ下を工夫しながらメバルとカサゴを20匹以上釣り上げた。僕は横目で見ながら、ハエやフナを飽きずに釣った10年前を思いだしていた。

「また、遊んでくれるか?」
「ぜひ。でも、明日は駄目ですよ、友だちとヒラメ釣りに行くから」(笑)

 小学校を卒業すると、多くの子どもは…もっと読む.pdf

168  見えないものが見える川

4面・ぽんつ挿絵.jpg 先日、NHKスペシャルで『銚子川』が放送された。三重県を流れるこの川との出会いで、ぼくの自然観は大きく変わったといってもいい。銚子川の素敵に美しい映像を見ながら、僕は「良い川は何十年経っても、その姿を変えないのだなぁ」と思った。

 銚子川は大台ケ原を源流とする全長17㎞の短い川だ。この川の最大の特徴は、透明度が高く、水中でも20m先が見通せること。まさに『見えないものが見える川』なのである。

 中でも、川と海との境目が肉眼で見えることは驚きだ。淡水と海水は「じきに混じりあう」と考えがちだが、塩分濃度や温度が違うため、実際はかなりの時間を要する。軽い真水は塩水の上に乗っかって、だらだらと時間をかけて混じり合うのである。このとき、その境目はアイスコーヒーに入れたガムシロップのように『ゆらゆら』とぎらついて見える。ゆえにこの境目を『ゆらゆら帯』と呼ぶのである。

 ゆらゆら帯の名付け親は、下町ロケットでお馴染みの俳優の中本賢さん。20年前、レッツドンキホーテという番組で発見し、命名した。 賢さんは学者顔負けの研究家だが、抜群のネーミングのセンスを持っている。今や全国区となった『ガサガサ』も、賢さんの言葉なのだ。

 ぼくが銚子川へ初めて行ったのは15年ほど前だった。奇しくも、中本賢さんや、今回のNHKスペシャルでガイド役を務めた水中カメラマンの内山りゅうさんも一緒だった。

 早春の冷たい川へドライスーツで潜り、ゆらゆら帯を観察した。潮が満ちると海水は川底を這うように、川の上流へと移動する。その中には海から川へ遡上する小魚の群れ。無数のヨシノボリやウキゴリは黒い絨毯のようだった。

 潮が引き始めると小魚は、川底のくぼみに残る海水に身を寄せ合い、ゆっくりと体を淡水に慣らしていた。そして、川へと旅立った。

 おそらくどの川でも同じことが行われているのだが…もっと読む.pdf

167   縄文の怪物・太陽の塔

4面・ぽんつ挿絵.jpg 今年、半世紀ぶりに「太陽の塔」内部の一般公開が始まった。岡本太郎が音響や動線にまでこだわりぬいた太陽の塔の内部は、約300体の生物の模型がレイアウトされたミュージアム。その模型のうち200体が復元・修復されたという。

 というわけで、我慢しきれず僕は、10月の半ばに大阪・万博記念公園へ行ってきた。
 太陽の塔を初めて見たのは48年前。小学校5年生の夏だった。子どもだった僕は、そのべらんめいな大きさに圧倒されはしたものの、初めて体験する圧倒的な人ごみと、カレーライスを食べるのに90分も待つという理不尽さに音を上げ、二度と万博へは行かないと誓ったのを憶えている。

 そのころTVでやっていた岡本太郎の「芸術は爆発だ!」や「グラスの底に顔があったっていいじゃないか!」も、僕たち子どもに大人気だった。ぎらぎらした目玉のイカレタおじさん。それが、当時の子どもが初めて見た芸術家のパフォーマンス。気取らない芸術家だった。

 大人になって見上げた太陽の塔は、少年時代の記憶よりさらに大きく見えた。
ちなみに「太陽の塔」の持つ、本当の意味を
ご存知だろうか。

「科学技術と資本主義の祭典、万博の象徴だ」

大阪万博が掲げたテーマ『進歩と調和』を体現するシンボルタワーだ」と誤解している人がほとんどなのではないだろうか。

 驚くことに、実は真逆なのだ。(半年前にやったNHK特番の受け売りなんだけどね)

 「科学技術と資本主義一辺倒で豊かさを追い求めてなんとかなる時代は、そのうち行き詰まる。進歩と調和などといっていて未来が拓ける時代は、じきに終わりを告げ、本当に人間が生き生きと輝くにはどうすればいいかを、根本から見直さなくてはならない時がくる。そのとき何を信じるか。それは〝縄文〟だ、今こそ縄文を取り戻すべきなのだ」

 岡本太郎は、大阪万博を真っ向から否定し、否定しながらも展示プロデューサーに就任する。そして…もっと読む.pdf

166 有明海の珍味 ワケノシンノス

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 宅急便で小包が届いた。差出人は福岡県の宰府屋旅館。さいふ屋はウナギと掘割りで有名な柳川市にある老舗旅館だ。僕は先月行われた『第9回有明海再生シンポジウム』で、この旅館にお世話になった。

 柳川は個性的な町だった。町の中に全長930キロもの『掘割り』と呼ばれる水路が流れている。それも碁盤の目のように、軒下を流れている。まさに、水の都といった風情。柳川市の総面積の1割が水路だというから驚きだ。さらに、そこにたくさんの魚が泳いでいるのだから、僕のような川好きにはたまらない。

 講演会の前日に、こっそりと掘割りで釣り糸を垂れてみた。コウライモロコ、オイカワ、ヤリタナゴが入れ食いになった。30分で30匹という夢のような釣果だ。とにかく魚がうぶなので釣り放題。最後には、ミミズの匂いに誘われたカメやコイが真っ黒になるほど集まってしまった。

「う〜ん、変だぞ。魚がうぶだということは、誰も川で遊んでいないのではないか?」

 その夜、さいふ屋旅館のご主人にその話をすると、こんな答えが返ってきた。

「そうなんです。こんなに川が近いのに、大人も子どもも魚捕りをしないんですよ」

 昭和40年代、高度経済成長期、柳川の水路は水質悪化で魚が棲めないどぶ川になってしまったらしい。その後、行政から埋め立て案も出たのだが、故郷の景色を守りたい人々が声を上げ、現在の掘割りを再生したという。

「もったいないよね。遊んでもいいんでしょ」

「もちろん。でも、親も川遊びを知らない世代だから、どうしていいのか分らなくて」

 なるほど、それで僕を呼んでくれたわけね。力になれるかどうかは別として、この掘割りが魚捕りをする親子であふれかえったら愉快だ。

 小包を開けると中から有明海のワタリガニとイソギンチャクの味噌煮が出てきた。

『イソギンチャクは地元でワケノシンノスといいます。ぜひ、ご賞味下さい』

 ワケノシンノス? 調べてみると、ワケノは若者の意。そしてシンノスはお尻の穴のことらしい。確かにイソギンチャクはそんな形をしている。待てよ、それじゃ、クレヨンしんちゃんの野原シンノスケって…尻毛じゃん(笑)。
 ちなみにこれ、食べてみるとなかなか珍味。歯ごたえがモツのようで…もっと読む.pdf

165 平成最後の夏休み

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小5のR君から電話があった。

「夏丸さん、やったよ!」 R君は僕の遊び友だちで、魚釣りが上手い。ついさっき、矢作川感謝祭の魚釣り大会で部門賞を3つも取ったという。

「すげ〜じゃん。釣れた魚に感謝だな」

 この矢作川感謝祭に、僕は実行委員として関わってきたのだが、半年前、矢作川水族館の館長を辞するとともに辞めることにした。これまでお世話になった方々に挨拶もなしに辞めてしまったことをお許しいただきたい。

 こんな話をすると「何で辞めたの? ケンカ別れでもした?」と、嬉しそうに聞いてくる人がいる(笑)のだが、そうではない。全ては、僕のわがままなのである。

 幼いころからアンチ巨人、メジャーよりもマイナー、優等生より落ちこぼれ、とにかくヒネクレ者で主流と常識が大きらい。そんな僕だから、1000人規模になりつつある矢作川感謝祭や市民活動として認められてきた矢作川水族館から逃げだしたくなったのだと思う。

 矢作川感謝祭は川のイベントとして素晴らしいし、雑魚釣り大会などは無二のもの。移動水族館は、岡山、大阪、高知から真似をさせてといわれている。このままいけば、矢作川には新しい形の『川文化』が誕生し、日本中から注目されるだろうと、心から楽しみにしている。

 さて、そんな活動の輪から逃げだしたヒネクレ者の作家が、この夏をどう過ごしたかというと…、結局は川遊び三昧。地元の川はもちろん、四国、九州、大阪。他県では矢作川で遊ぶ子どもたちの実力と面白さを伝えてきた。

 そして、平成最後の夏休み、矢作川の片隅に『川の家』を建てた。
 川の家は、水辺に建てた小屋(テント)を基地とし、昼も夜も朝も、24時間、好きな時間に…もっと読む.pdf

164 負けたくないじゃん

4面・ぽんつ挿絵.jpg 単発で行う川遊びのワークショップには一期一会的な出会いの緊張感があって楽しい。しかし、毎年、定期的に繰り返すやり方も、子どもの成長が見えて面白い。

 1年ぶりにAちゃんに会った。去年は元気よく僕にケリを入れてきた彼女だが、今日はどこか静かで、大人になった感じがする。

「何年生になった?」
「4年だよ」
「どう。学校は楽しいか?」
「う〜ん…」

 野暮な質問だったかなと反省。僕だって「家庭は円満ですか」と聞かれたら困る(笑)。

「何かあったの?」
「実はさ…」

 今、Aちゃんのクラスではいいことをしたら友だち同士で点数を付け合うのだという。確かに人の行いを褒めたり、認めたりするのは意味のあることだろう。しかし、それをポイント制のゲームにしてどうする。何だか、戦時中に監視しあっていた隣組のようで気持ちが悪い。

「いいことって?」
「自主的に人の手伝いをしたり、人を励ましたり、とにかく、いいことよ」
「で、Aちゃんは?」
「私は人前でいいことをしないから、ポイントをもらえないんだ。だから、クラス会で点数が少ないって叱られる」
「へ〜、あえていいことをしないんだ?」
「だってさ、わざわざみんなの前でいいことするなんて嫌だよ。そんなの偽善でしょ。だから、批判されても、ポイントなんていらないんだ」

 僕は心の中で、拍手を送った。

 彼女の言うとおり、善き行ないは隠れてするもの、それが日本人の美学だったはずだ。それに、安易にポイントをつければ「良い子」と同時に「悪い子」が誕生する。これは、イジメが生まれる原理と同じだ。

「でもさ、Aちゃんはそれで平気なのか?」
「学校へ行くのが嫌になることもあるけどさ。負けたくないじゃん…」
「そうか…」

 上っ面の善行など…もっと読む.pdf

163 人生の選択は難しい

4面・ぽんつ挿絵.jpg 6月は講演会や川遊びのため、多くの小学校を回った。平日の半分、2日に1回のペースでお邪魔させていただいている。

 僕のスタンスは環境学習ではなく、生きものや自然の面白さを伝え、一緒になって笑うこと。一見役に立たない話や遊びだが、嬉しいことに、子どもたちの心には思い出となって残っているようだ。

 ある小学校では毎年4年生と川遊びをする。そこで学校へ出かけると、5年や6年が手を振って駆け寄ってきた。
「なつまるさん、ボクのこと、憶えてる?」
「ワタシは? でっかいオタマジャクシ、捕まえたんだけど…」
「ああ、憶えてるさ」

 実際は、これっぽっちも憶えていない(笑)。一年前にたった一度遊んだだけ、それも100対1なのだから、無理な話である。ただ、こうして川遊びの面白さを憶えていてくれる子どもがいるから、僕のモチベーションは維持されているのである。

 ある先生はこういった。
「夏丸さんの話は、落語みたいですね。同じ話なのに、何回聞いても楽しめる。それに1年生が90分も話を聞くなんて、信じられません」
「役に立たない話しかしないからですよ」

 そう笑って答えたが、ここが大事なところ。大人が思う役に立つと、子どもの思う役に立つは、ぜんぜん違うのだ。それに僕は、自分が面白いと思ったことしか話さないし、子どもの反応を見ながら10年もかけてネタを練り続けている。これで笑ったり、楽しんでくれなきゃ、やっていられない。

 とはいうものの、最近気になることがある。

 小学校へ行くと、昔は年上だった校長先生が年下になり始めた。僕は会社員ではないが、さすがに定年を感じてしまう(笑)。

 実際は定年などないのだが、そろそろ、やるべきことを絞らなくてはと考えている。
「小説は死ぬまで書きたいよな。子どもたちとの川遊びも…もっと読む.pdf

162 しょ〜もない宝物 

4面・ぽんつ挿絵.jpg 劇団・風の子(中部)から講演会を依頼され、岐阜へ出かけた。風の子は歴史のある児童演劇集団で、現在、僕の小説「ギャング☆エイジ」の舞台を、中部地方を中心に行っている。もちろん豊田市の小学校へも来るので、秋になったら子どもにまぎれ、こっそり観るつもりだ。

 講演会はゆったりと90分。川遊びの話の他に、普段はやらない本の話も少しした。先日、発売した『ゲンちゃんは、おサルじゃありません』(講談社刊)の宣伝も含めて(笑)。

 基本的に、自分の本の話は苦手である。 「書いた本への思いを聴きたい」などとよく言われるが、その思いは本にしたためてあるわけで、それを口にするのはこっ恥ずかしい。

「僕の本は役に立つのでぜひ買ってください。押し花もできるし、5冊買うと枕にもなります」 こんな話が精一杯。それでもまぁ、楽しい時間をたっぷりと、過ごさせていただいた。 面白かったのは、その後、30名ほどで行った懇親会。乾杯の後、司会者がいった。

「それでは、順番に自己紹介をしましょう。ただ今回は夏丸さんの話を踏まえ、自分が子どもの頃やった自然体験も紹介してください」

 これが思いのほか愉快だった。 「木曽出身なので、大人になって初めて見たゴキブリをカブトムシだ思った」という女性。

「信じてもらえないと思うけど、5歳の頃、石をめくったら30センチもある巨大な白い幼虫がいた」という若い男の劇団員。 「毛虫をね、ビンに入れて退治してたんだけど、毛虫の詰まったビンがきれいでね。友達がほしいっていうんだ」というおばちゃん。 「毛虫といえば、子どもの頃、わしはヤママユの内臓を引き出して、酢につけて釣り糸を作ったぞ」と自慢げに話すおじちゃん。

「今考えると可哀想なんだけど、私はカエルに石を投げるのが楽しくて。時々当たって、いや〜な気持ちになるんだけど、止められなかったな〜」と告白したのは、美人劇団員…もっと読む.pdf

161    土佐の土産のチャン鉄砲

4面・ぽんつ挿絵.jpg 1週間の高知県遠征。その道中、さびれた釣具店で『チャン』を見つけたのでお土産に買った。チャンというのはライフル型のヤスのことで、高知では小さな子どもが、これでテナガエビを突いている。形が物騒なので危険に見えるが、ヤスの先端は20センチほど飛び出してきちんと止まるので、普通のヤスよりも安全だと僕は思っている。

 このチャンを稲武に住んでいるK君にあげることにした。彼ならこのチャンをすり減るほど使ってくれると思ったからだ。

「ほら、お土産。気をつけて使えよ」

「うわぁ! 使う、使う」

 Kくんの目がキラリと輝いた。そしてそのまま、一目散に川へと走り出した。やはり子どもは、こうでなくっちゃいけない。がばがばと川を歩き、箱メガネをのぞく少年に僕はいった。

「ま、初めてだから、3匹突いたら合格、10匹突いたら名人だな」

 そうはいったものの無理だろうと思った。春とはいえ、川の水は痛いほど冷たいのだ。大人の僕でさえ素足では1分と持たない。ところが彼は15分しても川から上がってこなかった。

「寒いだろ。もう、あがれよ」

「もう、ちょっと」

 冷たくないはずがない。おそらく3匹突くまで上がらないつもりなのだ。

「風邪ひくからさ、また、今度にしよう」

「も、もう、ちょっと」もっと読む.pdf

160    読本・森里川海大好き!

4面・ぽんつ挿絵.jpg 環境省主催の「読本・森里川海大好き!」を広めるシンポジウムに出席した。この読本は『子どもたちにもっと自然体験をしてもらいたい』と、環境省と養老孟司氏が中心となる編集チームが制作したもので、僕は、そのメインストーリーを担当している。

 シンポジウムでは養老先生の基調講演の後に「子どもと川遊び」について講演をすることになっているので、まずは会場の下見から─。

 客席は200位か。環境省、文科省、国交省、学識経験者、記者席など。いつもと違う空気に若干緊張した。しかし、「おそらく、ここに座る人の半分以上が東大と京大卒なんだろうな〜」と思うと、意味もなく笑いが込み上げてきた。開き直りというやつだ。

 (僕のような学歴のない貧乏作家が、キャリア相手に話をするなんて愉快なことではないか。よし、今日は、子どもたちの代弁者として語り、思いっきり笑っていただこう)

 ただ、それでも問題があった。この作家は礼儀知らずの上に、空気が読めない男なのだ。初っ端から(子どもに川でゴミ拾いさせる大人や、川で環境学習をさせる大人が、僕は大きらいなんですよ)と、かます予定でいる。もし直前に、養老先生が環境学習の大切さを語ったりしたら、厄介なことになるはずだ。困ったぞ。作家は無礼なくせに気が弱いのである(笑)。

 ま、いいや。もし問題が起きても悪いのは僕じゃなく、僕を呼んだ人。そういうことにしておこう。じゃ、とりあえず煙草だな」

 そして、エレベーター横の喫煙ルームに入ると、そこにはなんと養老先生がいた。

「始めまして、夏丸です」 「やぁ、よろしく」 なんでも養老先生は僕と同じ煙草好きで、この会場も喫煙ルームがあるからという理由で、スタッフが押さえたのだという。その後は、養老先生の大好きな虫の話などで盛り上がり、気がつけば開始時間になっていた。

 養老先生は基調講演で…もっと読む.pdf

159     ギャング☆エイジ

4面・ぽんつ挿絵.jpg 久しぶりに名鉄電車に乗った。新安城で乗車し、名古屋を素通りして岐阜へ。名古屋より先へ行くのは久しぶりだ。「オグリの子」がドラマ化されたとき、笠松競馬場へ行ったとき以来だから20年ぶりか。車窓の景色が懐かしく感じた。 今回の目的は、劇団・風の子(中部)へのご挨拶。この春より公演が始まる「ギャング☆エイジ」の脚本が完成したという。「ギャング☆エイジ」(講談社)は僕が10年前に書いた作品だが、演劇という形で新しい命を吹き込んでもらえるのは嬉しいことだ。

 風の子の事務所は、なかなかの広さで、手作り感が満載だった。閉店したスーパーを借り受け、事務所、稽古場、倉庫などを自分たちで間仕切りしたのだという。こういう空間は、ぞくぞくしてしまう。モノを作る空間はこうでなくっちゃ。その手作りの稽古場で、脚本家、演出家などを含めた15人ほどと、作品のイメージなどを語り合った。原作者と脚本家が揉めることはよくあることで、みなさん緊張気味。 「気にせず、好きにやっちゃってください。作品は僕の子どものようなもの。舞台化は子どもを嫁出すようなもんですから、親父が口を挟んでは、いい結果にはなりません(笑)」 スタッフは、ほっとしたようだった。 すると音楽担当者がひとこと。

「音のイメージが、もうできているんですよ。こってこてのブルースって、どうですか?」 「ええっ、ブルース…大好きだけど、まさか、マディ・ウォーターズみたいな?」 「まさにそれ。黒人音楽がギャングのイメージにぴったりかと…」 で、いきなりブルースハープ(ハモニカ)の練習が始まった。その音色の、カッコいいことといったら、ありゃしない。 学生の頃、ぼくも演劇に憧れていた。唐十郎や寺山修二などが活躍した時代の、アングラ芝居だ。大須の七ツ寺共同スタジオの舞台に立ったり、仲間と大学で劇団を立ち上げたり、栄のセントラルパークではパンツ一丁、全身白塗りで妖しく踊ったこともある(笑)。かたくなに芸術性を求めた青くさい思い出ではあるが、やはり演劇はいい。

 公演は5月から、小学校などを中心にまわるという。完成した「ギャング☆エイジ」を見た子どもたちは、役者の息遣いを感じながら何を思うのだろう。実に、楽しみである。ご購読はコチラ.pdf

158     尻のすわりが悪いはなし

4面・ぽんつ挿絵.jpg 小学館の雑誌担当、F君から電話があった。タレントや作家100人に『今やりたいことを聞く』という企画を進めているという。景気が悪いとロケが減り、こうした安上がりな企画が増えるのである(笑)。
「俺がやりたいことなんて知ってるだろ」
「やっぱ、川遊びですか?」

 F君とは10年の付き合いなので話が早い。
「うん、でもさ、近頃、尻のすわりが悪い」
「どういうことですか?」
「川遊びが市民権を得て、いつの間にか『良いこと』になり始めてる。だって、環境学習のために遊ばせるとか、気持ち悪くねぇ?」
「何でそんなことに?」
「そうしないとスポンサーから金が出ない。補助金も同じく。だから大人の都合で、川遊びがどんどんと学習の場にされてしまう。目的のない遊びを理解できない大人が多すぎるんだよ」
「でも、川遊び禁止の時代よりいいでしょ」
「まあね、でも、川遊びなんてのは隠れてやるから面白いんだ。学習だなんて変だろ」
「そうなんですか?」
「俺は勉強ができなかったから分かる(笑)。思いっきり遊んだ結果、何かを学んだっていうのはいいよ。だけど、答えが決まっていないのが遊び。遊びに答えを求めるのは不純だろ」
「なるほどねぇ。テレビで人気番組・かいぼりも『みんなのため』とか『いいことしてる』を連呼していましたよ」
「役に立つなんて大人の論理。子どもには、大人の目を離れて自分だけの時間を楽しんで欲しいんだ。川遊びは団体競技じゃないからね」「確かに。そういえば、僕の取材した川遊びは禁止事項ばかりでした。膝より深い所へ入ってはいけない。川に潜ってはいけない。潜らなきゃ、川の面白さなど半減なのに」

 F君は素もぐりの名人で、水深15mの海底でモリを片手に15分は魚を追いかける。以前、素もぐり漁の全国大会に潜入取材を試みたのだが、うっかり優勝してしまい、雑誌の企画がボツになったという経歴を持つ。「だろ。川への入り口はそれでもいいけど、本当の魅力は別にある。そこを大事にしたいんだ」「そうですよ。モリ突きだって、危険だとか残酷だからといって、子どもから取りあげちゃうでしょ。それじゃ、本当の自然観は学べない!」

 結局、F君の方が熱くなってしまったが、本音で川を語れる仲間がいるのはいいものだ。ご購読はコチラ.pdf

157     大発見は足もとに 

10日4面・ぽんつ挿絵.jpg 環境省自然環境局から短編小説の依頼があった。子どもたちが自然や生き物に関心を持ってくれるような読み物を制作し、全国の子どもたちに無料配布するという。 面白そうだが、こうした話には制約が多かったり、自由に書けないことがある。

 後でもめるのは嫌なので、まずは話だけ聞くことにした。7月、三河安城の駅前のホテルで、4人の担当者と会った。

「森里川海大好き!読本。というのが、今回作る本の仮称なんですが…。この本の軸となる短編小説を書いていただけないかと」 「森里川海かぁ…、確か、国交省の流域懇談会も山川海だったなぁ」

「子どもたちに森里川海のつながりを知ってもらうのが、この企画の狙いです」

「でもさ、僕、こういうの嫌いなんですよ」

「えっ、どうしてですか?」 「山川海とか、森や里とか、大人視線で教科書的だよ。こうした繋がりはさ、体験を重ねて感じるものだし、第一、子どもの目には見えないでしょ。だからつまらない。言葉で教えたら、分かった気になってオシマイだよ」

 すぐに難癖つけるのは僕の悪い癖だ。まどろっこしいやりとりは時間の無駄なので、最初に本音を言って、相手の反応を見る。

「夏丸さん、役人嫌いでしょ」 「うん、大嫌い。でも何でわかった?」 「私も役人ですが、役人嫌いですから(笑)。

 それに、何人もの制作委員が夏丸さんの本を読んだ上で、お願いにきたのですから、気にせず、好きに書いていただいて結構ですよ」

 こうなれば話は早い。僕も根は素直(笑)なので、身近な自然で遊ぶ子どもたちを描くことを条件に、お引き受けすることにした。

 執筆は秋になってから一気に行った。『大発見は足もとに』。登場人物は不登校の少年とその友人。二人が団地の中にある立ち入り禁止の池でウナギを見つけ、釣りあげるまでのお話だ。

 描きながら、この夏遊んだ子どもたちの顔やみんなで釣ったウナギの姿を思いだした。若い頃は自分の少年時代を思いうかべて書いていたのに。小説のネタにするために、子どもたちと遊んでいるわけではないが、たくさん遊んでもらった分もっと書かなきゃなと思う。

 本の完成は春、東京で出版記念パーティーがあるという。賑やかな場は苦手だが、制作委員長の養老孟司さんに会えるのが楽しみである。ご購読はコチラ.pdf

156     特攻隊とごんぎつね

4面・ぽんつ挿絵.jpg 地元小学校の学芸会で「はだしのゲン」を見た。真摯な姿勢で取り組まれたいい劇だった。この作品の原作は中沢啓治の反戦マンガで、僕自身も少年時代、何度も読み返したことがある。戦争を語ってくれない大人に代わる、戦争バイブルでもあった。

  大江健三郎は「はだしのゲンは民衆の記録であり、現代の民話だ」と語り、世に良書として注目された。ところが最近では、残酷描写があるからと、子どもの閲覧を禁止する動きもある。賛否両論だが「残酷描写をはぶいた戦争記録などあり得ないだろ」が僕の意見である。

 さて、問題はここからだ。

  今年は、戦後70年という節目であり、学芸会で戦争の劇を行う学校が多かったようだ。

  たまたま市内の学校で行われた学芸会の台本を目にする機会があった。『戦場に散った少年たちの言の葉』特攻隊の話だ。著者名はない。 「ほ〜う、勇気のある先生だな」

 戦争の話、特に美化されやすい特攻隊の話を選ぶのは難しい。よほど台本に注意し、セリフを吟味しないと、戦争賛美と誤解されかねないからだ。ましてや演じるのは小学生なのだ。

 ところが、読み進めて唖然とした。戦争反対の明確なセリフもなければ演出もない。あるのは、兵士家族の悲しみと、国のために死にますという活きのいい特攻隊のセリフばかり。せめてラストシーンはと期待をしたのだが…もっと読む.pdf

155     不登校とフリーランス

4面・ぽんつ挿絵.jpg あわただしい夏が終わり、ゆっくり自分の遊びができる季節になった。しかし、今年は例年と違っている。家にこもり、机に向かう日々。仕事に専念といえばカッコイイのだが、山積みになった夏休みの宿題(原稿)を、今頃やっているところなのだ。

 本来小説家は、次から次へと書き続けるのが生業なわけだが、僕は、その辺のところが欠落している。書くのも好きだが、子どもたちと遊ぶ方がもっと好きだし、一人で釣りもしたいし、絵も描きたい。あれもこれも、やりたいと思い、やっているうちに、この歳になってしまった。

 考えてみれば小説家は会社に属さないフリーランスなのだから、やりたい時にやりたいことを自由にやるのが健康的だといえる。もともと、それが望みでドロップアウトをしたのだから。

 しかし、大人社会の付き合いでは、会社員の『当たりまえ』に合わせないと、変わり者とか非常識のレッテルを貼られるので面倒である。

 先日、小説が一本書きあがったので、気晴らしに小5のT君を誘ってハゼ釣りに行った。

「今から海に行くけど、どうする?」 「行く!」 昼過ぎに電話して、即答してくれるのだからありがたい。こんな大人は、まずいないのだ。 半田港で2時間ほど釣り対決。

 魚釣りに見苦しい「勝ち負け」を持ち込まないのが僕の流儀だが、T君とはいつも勝負する。コテンパンにして、力の差を見せつけてやるのも大人の務めなのだ。

「あっ、もう釣れたよ」

 1投目から、T君が大きなハゼを釣り上げた。その後、T君はゲームをしたり、野良猫と遊んだりと、ヨソごとばかりしているのにもかかわらず、立派なハゼを5匹ゲット。僕はたったの2匹だった

「1匹減っても僕の勝ちだからさ、このハゼ、野良猫ちゃんにあげていい?」

「勝手にしろ!」

 帰り道、車の中でT君がいった。 「いいな、夏丸さんは。会社に行かなくてもいいから」 「お前だって、学校行ってね〜じゃん」 「そうか、一緒かぁ…」 他愛のない会話だが、何だか嬉しかった。

 彼は不登校だが、子どもらしく、子どもの仕事をちゃんと行い、どんどん成長をしている。 彼も僕と同じ、フリーランスなのだ。もっと読む.pdf

154     生きものさがしの四国旅

4面・ぽんつ倶楽部・写真.jpg 友人の奥山氏と高知県の仁淀川へ出かけた。越知町で行われる『川遊びイベント』にゲストとして招かれたのだ。仕事の中身は、イベント前の2日間で、仁淀川の魚をより多く集めて水族館を作ること。そして二日間にわたるイベントで、参加する親子を、川のとりこにしてしまうというものだ。

 奥山氏は無類の生きもの好きで、栃木県にあるハローウッズ内で野生生物研究所を運営している。僕同様、子供だましのプロなので、イベント当日の心配はほとんどない。しかし、彼は生きものを見つけると、何時間も山に入ってしまったり、まったく動かなくなってしまうから困る。こうした行動が、生きもの観察には重要だということは分っているのだが、そこは心を鬼にして車を走らせようと思った(笑)。

 「琵琶湖に寄らない? 岡山の川でオオサンショウウオ見ようよ」という彼を制し、高速道路をひた走る。それでも休憩のたび、サービスエリアで観察会が始まった。ヤモリにカマキリ、シャチホコガ。マツムシにカメムシ。僕まで夢中になり、トイレ休憩が2時間に及ぶことも。 まあ、こんな感じだから、仁淀川に着いてからの魚とりも、ハードで濃密だった。「この支流はアミでドジョウを3種類、あとは、アカザとボウズハゼ。時間は90分だからね」

 こうして、次々に場所を移動するのだが、この流れは、夜になっても止まらない。「2時間でナマズとスッポンを釣ったら、移動して、テナガエビとモクズガニをすくうぞ」

 思い通りに捕れないこともあるが、それが、やる気につながったりするから面白い。

 50過ぎのおっさんが、へろへろになるまでもっと読む.pdf

153     カワウソ発見に心が震える

4面・ぽんつ倶楽部・挿絵.jpg ネットニュースを見て驚いた。38年ぶりに、長崎県対馬でカワウソが発見されたというのだ。何でも琉球大学のツシマヤマネコ調査隊が2月に仕掛けたセンサーカメラに、カワウソがばっちりと映り込んでしまったらしい。僕はその4秒ほどの映像を何度も見返し、しみじみと喜びに浸った。

 いまから15年ほど前、僕は四国の高知県に家を借りたことがある。高知県は住みよい上に、海から川まで年間を通しての釣り天国。妻には「カワウソの小説を書くためだから」と置手紙をし、僕は単身土佐に向かったのである。(まあ、その後、『カワウソがいる』という本を出版したのだからウソにはなるまい)

 高知では、須崎市にある新荘川へよく通った。この川は、カワウソが最後に目撃された川だ。1979年に水着の子どもたちとともに泳ぐカワウソが撮影されている。

 僕は探険家を気取り、何度も新荘川を歩いた。足跡が見つかるかも? カワウソ特有のタール便があるかも? 深い淵へも潜った。しかし、真夏でも裸では潜れないほど水が冷たく、カワウソどころではなかった。

 酒に酔ったじいさんたちの話は面白かった。「シバテンなら、子どもの頃、ワシは相撲をとっちゅう」と、決まって誰もがいう。カワウソが人懐っこい生きものである証明になる気もするが、土佐ではカワウソもカッパもシバテンと呼ぶので、そのあたりがよくわからない。

 目撃例もあった。磯釣りをしていたら獣に水中の魚籠を食い破られたとか、漁師が養殖筏の上にいたのを見たとか。リアルな話では…。「大きな声では言えないがもっと読む.pdf

152     Aちゃんが教えてくれた

4面・ぽんつ挿絵.jpg おいでんまつりの今日は、トヨタ労組の夏祭り。まるっと一日、カバハウスで子どもたちと絵手紙ごっこを楽しんだ。たくさん並べた果物や野菜、玩具などから一つを選び、絵手紙を仕上げて、大きなポストに投函するという遊びだ。

 知的な雰囲気を楽しむ大人の絵手紙と違い、子どもの絵手紙はストレートなのがいい。こんなの貰ったら、じいじもばあばも泣いちゃうよ。だから、出来ばえよりも投函する気持ちを大切にと、手作りのでっかいポストを持っていくのである。

 本日、絵手紙を描いてくれた子は200人余り。当然、川で一緒に遊んだことのある子もたくさんいた。彼らは僕を見るなり「えっ?」という表情を見せ、決まってこういうのだ。「なんで、夏丸さん、ここにいるの?」

 なかなかするどい質問だ。僕は「う〜ん、なんでだろうなぁ」と、笑ってごまかすしかないのである。ところが、Aちゃんという女の子は、しつこく聞いてきた。「夏丸さんは川遊びの先生で、小説を書く先生でしょ。なんでお絵描きまでしてるの?」「実はさ、オレ、大人になって初めてやった仕事は、幼稚園のお絵描きの先生なんだ」「へ〜、お絵描きも好きなんだ」「うん」「で、一番好きなのはなあに?」「なんだろうなぁ?」「ねえ、なあに? なあに?」

 こうなるともう、浮気を問い詰める女房よりたちが悪い(笑)。しかし、ちゃんと答える。「オレはさ、好きなことがいっぱいあるんだ。どれもこれも好きだから、全部一番なんだ」

 Aちゃんは、しばらく考えて、こういった。「そうか、夏丸さんは欲張りなんだね」「あはははっ、そうかもな」 笑いながら、子どもは鋭いなと思った。

 僕は、彼女の言う通り、欲張りなのだ。

 子どもたちが川で無邪気に遊ぶ顔も、無心で絵を描く横顔も、上手くいかなくて泣いたり怒ったりする顔も、全部近くで見ていたい欲張りなのだ。

 おそらくそれは、子どもたちのためではない。僕自身が小説を書くためでも、絵を描くためでもない。ただ、ただ欲張りだから。

 一緒に川で遊び、お絵描きをしたAちゃんが、そんなことを教えてくれた。ご購読はコチラ.pdf

151     ぎっくり腰で考えた

4面・ぽんつ・挿絵.jpg 僕はいま、夏の巡業、真っ只中である。僕のいう巡業は大相撲ではなく、子どもたちとの川遊び。小学校やイベントなど、今週は週5日と、かなりのハードスケジュールである。そんな連投の初日、うかつにも、ぎっくり腰をやってしまった。

 若いころからの持病ではあったが、ここ10年ほどは平気だったので油断していたのかもしれない。

 初日は、柳川瀬子どもつどいの広場と家下川リバーキーパーズの主催する家下川たんけん隊。イベントの途中からいやな痛みを感じたのだが、ここは、仲間がたくさんいるので楽をさせてもらった。

 翌日は、日曜日。ゆっくり休む…というか、立ち上がるとピキッと激痛が走るので、寝ているしかない状態。一日休んで、本日の小清水小学校での川遊びを迎えたのである。 午前中に80分ほどお話をし、午後から90分の川遊びというのが今日のスケジュール。「無事に1日持つのかなぁ?」

 不安もあるが、やるしかあるまい。そして、気休めの痛み止めを飲み、コルセットで腰を固め、完全武装で望んだのである。

 しかし、不思議なものである。お話を聞いてゲラゲラ笑う子どもたちの顔を見ると、本当に痛みがなくなった。このまま行けるか? しかし、さすがに川遊びでは、激痛に襲われた。土手を上るときとバケツを持ち上げるときは要注意、あと、子どもに手を引っ張られたとき(笑)。それでも「へんなの捕った〜」と叫ばれるともっと読む.pdf


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