山里NPO 雑記帳

人間関係へのコロナ禍   令和2年7月3日

4面・山里NPO・写真.jpg 奇妙な出来事に多く遭遇している。

 一例をあげよう。講座を企画する仕事をしているが、4月以降、講座自体がコロナ禍で中止や延期となっていた。6月にはいって、さあ再開。日程も変更して企画の打ち合わせを行うことができた。席を離して窓を開け放し全員マスク着用とアルコール消毒して会議。効果的な打ち合わせができた。企画の関係で7月にも1回打ち合わせる必要ができたので7月に会議の設定をしようとした。そしたらである。企画の主催者側の担当者が「2か月に1回の会議しか認められない。」と言い出した。コロナ禍を防ぐため会議は半分にするように上司から指導されているからだというのだ。そもそも会議は月例になっていないし、必要だから必要な時にたまにやるだけだ。年に10回ほどか。だから、わけがわからない。必要な打ち合わせだからと皆で主張したら「正規の会議でなく、関係者の打ち合わせなら認める」となった。会議はだめで、打ち合わせならいい? 会議はそもそもいつも関係する人しか来ないではないか。

 他でも同じような場面にであった。共通しているのは大きな組織が関係している点だ。上部組織から何らかの指導がなされていて、その通り行動しなければいけないという担当者のピリピリ感が伝わってくる。上部組織(上司)に「その通りやりました」が全てに優先されている感じである。

 コロナ禍を防ぐことは必要だ。当事者の仲間で共有できる対策を相談し考えることこそコロナ禍を防ぐ最良の道だと思う。仲間たちと営々と積み上げてきた人間関係と成果を、コロナ対策の名をつかって台無しにする官僚主義、責任逃れこそがコロナ禍そのものだと思う。

 その点、田んぼの仲間たちは気持ちがいい。稲づくりは自然の流れに従うだけだ。全員が責任者
で、稲のことを考える。SNSでは田のこと自然のこと冗談が飛び交っている。コロナ禍は無い。

持続可能な地域づくりとは?   令和2年6月5日

4面・山里NPO・写真.JPG 持続可能な社会とは「地球環境や自然環境が適切に保全され、将来の世代が必要とするものを損なうことなく、現在の世代の要求を満たすような開発が行われている社会」だと言われる。持続可能な地域とは何かを素朴に自分の頭と感性で、中山間地である豊田市足助地区「萩野」での実践を踏まえて考えたい。

 1万年前の縄文土器が出土する萩野は、近代に入るころまでは地域の土地、山林、野原、河川といった自然の資源と、伝統的で人間的な技術によって地域的に衣食住とエネルギーを自給していた。もちろん交易で不足は補われていた。自然と人間とのこの関係が、年月の長さで言えば、試され済みの持続可能性だ。今は確かに貨幣経済にとってかわり「地域的な自給」ではなくなっている。しかし、このベースは暮らしや文化、楽しみという形で萩野では大切にされ残っている。田畑などの野良仕事や山仕事、それに合わせた祭事や催事(寶榮座!)、鮎やアマゴ釣り、猪の捕獲などはこの地域にとっては、今でも誇りをもって受け止められている。中山間地である萩野の持続可能性は、この自然と人間との歴史に培われてきたものを文化として引き継いでいくことだと思う。

 今年は地域の若手が田んぼを3反まで倍増し、10世帯ほどがグループでがんばっている。街から通う田んぼグループも他に3つあり、面積と担い手を倍ちかく増やした。森林ボランティアたちが三角山から伐り出したヒノキは、移住定住の希望者中心に営まれているトンカン木工塾で「結いの家」工房の床になり柱となっている。「味噌はつくるが醤油は…」ならばと十四世帯でもろ味と塩と水から手作り。どの交流も清々しく楽しい。

 この文化としての自然と人間との関係性に魅力を感じて移り住む家族が増えている。

 これが萩野の持続可能な地域づくりなのだ。

地域で醤油づくり   令和2年5月1日

4面・山里npo・写真.jpeg コロナウイルス感染防止。しかし、田んぼと醤油づくりは待ったなし。3密を避け手洗い奨励。本当に美味い絶品の手作り醤油。やめれない。

 4月10日、岐阜県美濃加茂市牧野にある「浅野や」さんに予約してあった醤油麹を、旭のなべさん(いのはな農園)とハイエースで取りに行く。旭、足助、稲武あたりで醤油づくりをしているいくつものグループの分をまとめて十樽分ほどだ。一樽32キロくらいか。お昼前に浅野やさんに到着。ご主人はじめお家の方々総出で蔵からお米用の大きな紙袋に詰めた麹を車に積み込んでくれた。麹は生きもので、常温では時間とともに発酵がどんどん進んでしまう。一晩ほかっておいたら麹菌は発酵熱で自滅する。

 旭の杉本こども園前の駐車場に午後3時までに到着予定。子どもを迎えがてら麹をもらい受ける母親グループが多い。同行のなべさんと途中ドライブスルーで急ぎ牛丼を食べ、後部荷室の麹にクーラーの冷風を当てながら車を走らせる。春の美しい野山を眺めて、コロナ疲れの心を癒す。

 足助の萩野地区では女性を中心に醤油づくりに初挑戦。午後3時半には萩野小学校の和室(自治区会議室)に来られる方だけ集合。ベテランの小黒さん(おいでんさんそん)にレクチャーしてもらいながら、さっそく醤油諸味づくり。

 今回は一樽のみ。それでも一升瓶に三〇本はできる。麹32キロ、天然塩13キロ、前日から汲みおいて塩素抜きした水36リットル。麹と塩をしっかり混ぜてから樽に入れ水に混ぜる。これが諸味。

 この諸味は天地返しする必要がある。仕込んだ日から三日後、その五日後、そのあと1週間おきに4回、そのあと毎月、来年の3月まで。そして、青かびなど有害な菌が取りつかないよう「麹菌さん、いい調子!ありがとう」と毎日観察、みんなとLINEで共有し醤油諸味に愛を与える。

 地域での醤油づくりは美味しい仲間づくりだ。

ごはんの値段   令和2年4月3日

4面・山里npo・写真.jpeg 毎日食べるご飯。ご飯二杯(私なら大満足)でだいたい350gくらい。お米だと1合、150gだと思われます。さて、お値段はどのくらいでいいでしょうか。100円? 200円? 安い? 高い? ちなみに3枚入りの食パンで130円〜180円。コーラ瓶入り1本160円です。

 ご飯(お米)の値段を考えたいと思います。

 私がお米を作り始めたころに克明な記録をとりました。中山間地では田んぼ一枚あたりの面積が小さいです。平地の大きな田んぼと比べると難儀をします。そこでの記録をもとに考えます。

 お米の単位は60㎏(1俵)です。1俵あたりの肥料や苗代、農薬、農機(中古)の減価償却分、もみすり代、その他必要なものを合計したら1万5200円しました。1俵当たりの労働日は4日間。1日の労働時間は6時間。当時は時給500円で計算したのですが、常識的に800円(今はこれでもブラック労働ですね)だとして1万9200円。合計3万4400円です。

 お米1俵60㎏が3万4400円。1合(150g)あたり86円です。ご飯を二杯食べて86円。高いでしょうか。食パンが130円〜180円。コーラ160円なのです。私が体験して食べてみて思う値段としては、86円なら安い。100円でも安い。

 でも、「市場」ではそのように評価してくれません。お宅のお米はおいくらでしょうか。一度、1合(150g)あたりで計算してみてください。

 ちなみに生産農家が1俵(60㎏)いくらで流通部門に買い取られているかというと、良くて1万8千円(魚沼産コシヒカリ)〜1万円ほどです。中山間地で実際にかかる3万4400円とは大違いです。

いろいろご意見はございましょう。それはその通り。私の米づくりは「市場」とは無縁です。

悶々とすることコロナウイルス対策   令和2年3月6日

4面・山里NPO・写真.jpg コロナウイルスの感染拡大が不気味だ。仲間の一大イベント「醤油搾り」も中止延期になった。一年間の醤油づくりの集大成で、収穫祭のようなとても大切で楽しいイベントだ。搾って出てくる生醤油のおいしいこと。出始めの不純物ある生醤油がまたなんともいえぬうまさなのだ。参加家族はみんなそれぞれ持参してきたうどんや餅にかけて食べる。幼い子どもたちも、指につけて舐める舐める。子どもは正直な食通だ。醤油樽を管理してくれた「てくてく農園」さんがもってきてくれた卵に生醤油をかけて食べる卵かけご飯は、もう絶品である。

 舐めたり、食べたり、笑いながらおしゃべりしたり…。でも「濃厚接触」だから今回は自粛。感染騒ぎがおさまってから醤油搾りをやればいい。世話係の方がみんなの意向を聞き相談しまとめた。残念だが納得だ。

 安倍首相が小中高の全校休校を要請した。金曜日の一日しか準備時間がない学校側のバタバタが想像できる。子どもも保護者もびっくりだ。みんなの意向、納得、相談の暇もなく休校。感染防止への意識や行動が鮮明になるインパクトは十分にある。よく言ってくれたとも思った。しかし「納得」する時間がなかったにちがいない。

 休校処置に反対はしない。しかし、なにか悶々とするものがある。納得できるまでの情報と過程が私のなかで抜けているのだ。つまり、休校処置に反対できない、支持するしかない…という感覚なのだ。場違いで失礼な感想なのだとはおもうが、戦争のような大きな出来事が起きるとき、当事者の国民(私だったら)はこんな感覚かな?と思う。個人、家族、団体、自治体ごとに情報が得られ、判断でき、対応も考えて実行できるのがベストなのだが…。コロナウイルス対策ではそれが求められるのだろう。がんばります。

昆虫やばいぜ   令和2年2月7日

4面・山里NPO・写真.jpeg 年末年始はテレビばかり観てすごした。NHKスペシャルなどの最新作や再放送はなかなか見ごたえがあった。気候変動や災害、自然についての最先端の知見を素人にわかるよう番組編集してくれていた。

 一番ショックだったのは、「香川照之の昆虫やばいぜ」というNHKスペシャル。教育番組でおなじみの「カマキリ先生」こと香川照之が世界の昆虫の今にせまる番組だった。人間の開発と気候変動・地球温暖化によって、昆虫の種数も個体数も激減しつつあるらしい。昆虫がいなくなることは人間や生物にとって由々しき事態なのだ。果実をはじめ植物の更新・存続は昆虫あってのこと。ドイツではすでに8割近い昆虫が減ってしまい、花や鳥まで極端に減ってしまう「沈黙の春」ならぬ沈黙の自然が進行中だという。研究者は「あと百年で昆虫は絶滅か?半世紀で10パーセントになってしまうか?」などと語っていた。人類ばかりか全生物の大量絶滅を招く「昆虫カタストロフ」が近づいているという。

 「異常気象新時代」や「地球温暖化」は、近年の夏の猛暑やこの冬の雪不足などで感覚的に分かる。しかし全世界的な「昆虫絶滅化」の話は私たちの感覚を超えていた。相変わらず我が家ではカメムシとテントウムシが家の中に入り込み、薪ストーブ最盛期にブンブン飛び交っているからだろうか…。いや、感覚として分かった時にはかなりやばいのかもしれない。

グレタ・トゥンベリさん(16歳の気候活動家)に叱られた大人のひとりとして、今世紀に生きていかねばならない若者、子ども、誕生する人々のために何ができるのだろう。

 日本のご先祖方は山の神、水の神、田の神などを感じながら自然とともに歩んでこられた。その循環的な暮らしは世界の良識者から称賛されている。その暮らしと想いを、私たちも、山と川と田んぼでの営みのなかで培わなければならない。微力であっても。

151 21世紀のイメージ、実現可能な…   令和2年1月10日

4面・山里NPO・写真.JPG そこではみんな「今」を生きている。今ある全てが認められ喜びに満ちている。

 地域の風土と土地の神様を感じながら喜び、時に悲しみ、祈る。

 都市と農山村の区別なく人のすむところには森があり田畑があり、きれいな川と海には魚たちが群れている。人々は文字通り地域で衣食住を自給自足している。

 だれもが青年になるまでに家庭でも地域でも学校らしきところでも自給自足の知恵と技を学んできている。自然とともに衣食住をなしていき助け合うことは空気と同様、当たり前のことである。

 農も漁も山仕事も「食」「衣」「家」「自給エネルギー」も各地域、各家庭、各人ごとに「こだわり」があり、だれもが「オリジナル」なやりかたに誇りをもっている。

 自信に満ちているが他人への謙虚さをけっして失わない人格をもっている。

 ある人は1週間のうち2日は医者として、教師として、エンジニアとして「勤める」。4日間は自分たちの家で、農園で、森で、川で、海で暮らす。

 一人の同じ人が医者で農夫で学者で芸術家で消防士で平凡な人。全ての書類の職業欄は無意味になっている。

 人によって時間の使い方は全て自主的にきめられ尊重される。人の内面によってのみ決せられた「使命」はとくに尊重される。

 支配する人の欲と自我肥大が、人々を苦しめ自然を壊した。その歴史を学び、予防の医学と豊かなコミュニケーション、ゆったりとした暮らしの中、人々は悪い習慣をかなり減らしている。

 でも、失恋、死別など人の苦しみや悩みはあるのだ。それらを真摯にうけとめ時間をあたえてくれる環境と文化と思想と宗教と精神科学が尊重されるだろう。

150 田んぼ復活 地元の歴史と先祖を感じ    令和1年12月6日

4面・山里NPO・写真.jpeg 稲作以前の時代から、人間は重要な栄養素を「デンプン」からとっていたらしい。最新研究の知見をNHK特集でとりあげていた。石器時代などの原始生活は肉食中心かな…とイメージしていたが、ぜんぜん違っていた。

 萩野(足助地区の真ん中あたり)では1万年前から縄文人が暮らしていた。栗やドングリ、野生のアワやヒエからデンプンをいただいていたのだろう。自然豊かな山間地なら野生の「デンプン」は豊富にあっただろう。しかし、栗はまだしも、ドングリや野生のイネ科植物の種子を食べるに至る手間暇は相当なものだったにちがいない。

 そこへ大陸から水稲が伝わってきた。水さえあれば連作可能な栽培植物は画期的なものだったにちがいない。しかも、デンプン率も抜群で、種籾として投下するのもコメはムギ類などの十分の一ですむ。

 水稲が普及すると、平らな地形が少ない山間地でも、山の凸凹を均したり、水田の水を確保したりすることに力をそそぐようになったのだろう。

 足助川沿いの地名に「北貝戸」という地名がある。わが集落の地元学を探求する若い方がいて、「貝戸」は「開土」という意味で開墾地を示すと教えていただいた。足助川から水路を引いて本格的に水を田んぼに使いだしたのは明治以降からではないかと、先の博学な若い方が指摘する。

 私達は「田んぼプロジェクト」と称して休耕田を復活させている。それはそれで有意義で楽しく満足感も得られる。しかし、そもそも山間地に田んぼを作り上げてきたこの地の何代にもわたるご先祖の並々ならぬ営みに想いを馳せると、大きな感慨と感謝と価値を感じる。田んぼに佇むと、心の底からというより大地から体を通して伝わってくる。

 来年はさらに人も田んぼ面積もひろがる。移住する若い仲間たち、街の主婦たち、生協の同僚の仲間たちが続々と登場、新規参入してくるようだ。

「伝統回帰」の新しい流れが確かにあると思う。

149 持続可能な地域を    令和1年11月1日

4面・山里NPO・写真.jpg 豊田市足助の山里「萩野」。小学校の児童数は1学年あたり平均4人。いま79歳のSさんの小学生時代は1学年なんと94人もいた。

 74年前の戦争前後に日本の農山漁村は人口が増加し、1950〜60年代にピークを迎えた。そこには、それ以前にもそれ以降にもない〝特殊事情〟があった。戦争激化〜敗戦下の日本には厳しい貿易制限があり、自給体制強化の国策で農山漁村地域に自給自足以上の第一次産業隆盛が求められたのだ。地域の長老たちがよく言っていた「山の木を出せば足助の街で贅沢できた」「子どもでも竹をきって足助の竹屋まで担いでいけば学用品が買えるお金になった」「炭焼き、お蚕は貴重な収入源だった」という話にも合点がいく。

 地域振興の目標に「かつての賑わいを取り戻す」と掲げるのは時代錯誤。これからの時代は「①他から必要とされる地域」「②持続可能で人権が守られる地域」という目標の立て方が求められる。

 では今、他から必要とされるのは何だろうか。森林ボランティアや半農半林隊が楽しみながら人工林の間伐活動をしている。街から来た若者や地域の若衆が楽しんでお米作りをしている。10数年来実施してきた「森の健康診断」の今年のフィールドとしても必要とされた。田舎暮らしを考えている都市のファミリーにも山里「萩野」は必要とされている。何が必要とされているのか、住民や転入者みんなで一緒に考えてもらいたい。

 かつては第一産業として必要であった森、田んぼや畑、集落(住居)と人々との関係が、今は新しい魅力と価値をもって必要とされていると強く感じる。その魅力と価値をもって、「②持続可能で人権が守られる地域」として、人口減少のなかバランスのよい世代構成を図りながら、医・食・住・育・学・福・楽の地域循環、幸せと安心を分かち合える地域を模索していきたい。

148 他から必要とされる地域    令和1年10月4日 

4面・山里NPO・写真.jpeg グレタ・トゥンベリさん(16)が国連気候行動サミットで訴えた。 「私たちは絶滅に差し掛かっているのに、あなたたちが話すのは金と永遠の経済成長というおとぎ話だけ。何ということだ」

 私たち大人はグレタさんに何を叱られているかさえわかっていないかもしれない。

「人類が制御できない不可逆的な連鎖反応を引き起こす恐れがある」と彼女は正当に主張する。

 その恐れがあると科学者は当たり前に語る。 「世界の平均気温が4〜6℃も上昇すれば…制御不能の気候変動が起こり、地球をまったく違う状態に、それも急激に変えてしまい…地球が地獄と化すでしょう。そしてそうなるまでの間に、私たちは過去に類を見ないような異常気象、火災、洪水、熱波、農作物の不作、森林破壊、水ストレス、壊滅的な海面上昇などに見舞われることになるでしょう」(「世界がもし100億人になったら」)

 これらの現象の原因をつくりだしているのは地球規模で環境を急速に改変している私たち人類。1900年に15億人だった我々は、2000年には60億人になり、現在74億人以上。2050年には90億人、今世紀末には今の人口増加ペースだと計算上は280億人になる。「計算上」としたのは、水や食料やエネルギーなどからみて280億人はありえないからだ。

 富の偏在、医療・福祉・教育・文化の偏在が生む人口爆発。展望はまったく無いのか。いや、ある。大人たちが生き方を変え、消費を減らすこと。できないことはない。親世代や祖父母世代がやってきたことから学び、地域と風土を暮らしの中心に据え、持続可能な地域を取り戻すのだ。

 持続可能な地域は人の心をもまっとうに変える。地元の宮や寺の行事は人の生き死にや、自然の中で営むことの感謝、幸せ悲しみ、人を愛すること許すことを教え導く。日本の農山村こそ、そのモデルになると思う。

147 風土を暮らしに活かす

4面・山里NPO・写真.jpeg 今秋11月14日(日)豊田市駅前東側にヤギがやってくる。ニワトリもきっといる。UFJ銀行跡地と、キタラにつながったペデストリアンデッキの下を会場に開催する第8回「いなかとまちの文化祭」が予定している目玉だ。

 今回のテーマはこれだ。

 「風土を暮らしに活かす」
 〜だれでもできる農林食住〜

 出展の内容を少し紹介しよう。

 ▽ヤギ…ヤギさんが草刈りのお手伝い!
 ▽ジビエ…田畑を荒らす野生動物が、おいしいお肉と素敵な工芸品に!
 ▽ニワトリ…平飼いで草をいっぱい食べる鶏の健康たまご!
 ▽ハチミツ…週末養蜂家を楽しむ!
 ▽米と野菜…家族でつくる幸せ安心な農産物!
 ▽メンマと竹製品…やっかいものの竹がおいしいメンマ、竹行灯に大変身!
 ▽イス、テーブル…身近な木でだれでもつくれる木工品!
 ▽農林福連携…いなかで障害のある人も生き生き輝く!

 豊田市中山間地(市域の7割)で、身近な自然と接し生み出される「風土産業」に注目。ここに持続可能な地域づくり、暮らしの原点を見いだす。

 いまこそ負荷の無い、しかし豊かさと幸せを生み出す「風土」を活かした営みを展開しよう。あなたにもきっとできる。そんな事例紹介と体験ができる「いなかとまちの文化祭」なのだ。

 風土に生かされているのはなにも農的な暮らしに限らない。トヨタ自動車など工業が盛んな豊田市を始め矢作川流域での工業の盛況は「水」にある。当たり前だと思われるかもしれないが、大量の水を安定して提供してもらえる「風土」がこの地にあるのだということを忘れてはいけない。地球規模でとらえても実は希少なことなのだ。

146 おいでん! 萩野NPO結いの家「工房」

4面・山里NPO・写真.jpg 「田舎は美しくなくてはいけない」と足助の観光カリスマ氏がよく言っていた。耳に痛かった。あまりマメに働かない田舎暮らし新参者としては田圃も自宅もとても見せられたものではない。人に見てもらおうとまったく思わないのと、いちおう機能していれば良しという性向からくる。

 しかし!「田舎は美しくなくてはいけない」について、最近、発見というか自覚が生まれた。

 萩野NPO結いの家「工房」では、移住希望や田舎、空き家リフォームに関心の高い方々が、地元の大工さん、設計士さんのもとトンカン木工塾を開催。その合間に周辺の散策をしている。

 工房近くの「長門淵」を青木区長が案内してくれた。近くに住む我々も全く知らなかった場所だ。足助川に怒田沢の川が合流し、どうどうと音をたてる流れを前に、花崗岩の一枚岩のテラスで佇むことができる。本当に素敵な渓谷だ。

 田舎の自然の美しさを見出すには、ある程度の余裕をもって「導かれる」ことが必要なのかもしれない。子供の頃から特別だった場所を知っている地元の方。そこに愛着と誇りをもっている。マムシやハチをよけられる草丈のない道も必要だ。

 人知れずある自然そのものも素敵だが、自然と関係する人とルート(文化の一種でもある)が必要なのであって、それでこそ田舎は美しくあるのだ。前人未踏なのでなく、田舎は前人踏襲の自然が息づかなくてはいけない。「発見」した。

 8月24日(土)11時半から萩野NPO結いの家と工房の途中風景のお披露目バーべキューを開く。萩野小の校歌にある「三角山」から伐出したヒノキでつくられた階下の床は絶品だ。アユの塩焼き、川遊び、移動式サウナ体験(大人も水着用意!)と、長門淵の散策路を楽しんでもらいたい。アユとバーベキューおにぎり付で一般700円、子供は無料。参加希望者は8月22日までに私(☎090・5453・6411)へご連絡を。

145 田舎暮らし 最高の喜びは「結い」にある 

4面・山里NPO・写真.jpeg お酒を酌み交わすのは好きだ。でも、まさか田んぼの一番奥でレモンチューハイと鶏ホルモンもやし炒めで酒宴を展開するとは思わなかった。65年生きてきて、こんなに楽しいことはなかった。大げさではない。

 酒宴のメンバーは「萩の田んぼ」の仲間たち。2年前、30戸で守る地元神社の秋の大祭で、通称しみずっちとさぶろうが「田んぼやりたい」と、私と意気投合し、休耕田1反余りを借りて始めたのが「萩の田んぼ」だ。田起こしから稲刈りまで半年以上かけ、無事収穫したお米(ミネアサヒ)はうまかった。感動した彼らは小袋にお米を包み、日ごろの感謝としてあちらこちらにプレゼント。2年目には新たに地元女性2人はじめ数名の仲間が増えた。更に休耕田だった3枚の小さな田んぼも復活させ今年は取り組んでいる。

 6月上旬の田んぼの酒宴は男性ばかりだったが、女性メンバーからもLINEで連帯の声が届いた。蚊も蚋(ぶよ)もいない、心地よい風が通る田んぼ酒宴会場だった。夕方の早い時刻からはじめ、陽は長い時期で安心していた。午後7時すぎ「そろそろやめかな」と言っていた。気づいたときは8時をとっくに過ぎて真っ暗。狭く複雑な田んぼの畦を恐る恐るたどってやっと市道まで出た。田んぼに足がつかった仲間もいたらしい。

 20数年前、落下傘部隊のように突然お邪魔した私たち家族を迎え入れてくれた集落。神社や寺の集まりにも集落の一戸として参加。田んぼも貸してくださり、念願かなったりだった。その後、街場の仲間と田んぼをやってきてはいたが、地元集落の若い衆といっしょに田んぼができるのは格別だ。この連帯感はなんなんだろう。最近、ここの昔の田植え風景の写真を見た。大勢で田植えをしている。「結(ゆい)」だ。うれしさの正体はこれか。ここで田んぼをやっていて本当によかった。

144 足助川の畔でトンカン木工塾はじまる

4面・山里NPO・写真.jpeg 定さんが角材を切断する。のこぎりがスルスルと材に。材の向きを変え、さっきの切れ目をレールにのこぎりを添わせ切っていく。まっすぐに引かれるのこぎり。また材の向きを変え切る。「三角切」という切り方。切断面が直角で真っ平だ。美しいと思う。つるつるの切断面もだが、定さんののこぎり捌きが、そして姿が美しい。

 トンカン木工塾の受講生が、定さんの〝真似〟をする。実習だ。はじめてのこぎりを握る人もいる。第1回目。切断面はガタガタ。定さんが一人ひとりについて丁寧に教える。
「最初の切り口に添わせて!角材の頂点のところからのこぎりの歯が離れないようにね」
「のこぎりを引いていくときの自分の癖ってものがわかるよね。切断面をみれば、右か左か、どちらに偏っているかがわかる。その自分の癖を知って掛かるといいよね」

 受講生の感想に「木工って、まるで人生訓のようですね。夫婦もそう。相手に添って、自分の癖も知って、姿勢も整えて…」とあった。このトンカン木工塾は、ひょっとしたら生き方を感じ整える道場なのかもしれない。

 さてさて、そもそもトンカン木工塾とは何なのか。足助地区の萩野小学校区に今春誕生した「萩野NPO結いの家」の、移住定住分野「ここ暮らっそプロジェクト」がはじめた空き家リフォーム塾である。地元の設計士の島さん、大工の河合定泉さんが講師で、田舎に暮らしたい、家の改修を知りたい、木でものづくりしたいなどの方々が毎月集って木工をする。木工だけではない。萩野自治区長の青木さんに周辺の自然と歴史を聞いたり、8月には地元の方も誘ってバーべキューをしたり、9月には渋澤寿一さん(渋沢栄一の末裔)と「山里とは」を語りあったりする。

 足助川の畔でのすてきな営み。夏には子どものたちが川遊び。楽しさ充満だ。乞うご期待!

143 萩野NPO結の家 田んぼ・山・暮らし

4面・山里NPO・写真.jpeg 「もう最高!新緑と野鳥のさえずりに囲まれて田んぼで体を働かすことができるなんて…」

 トヨタ生協にお勤めのお二人は、今年から足助地域の萩野地区にある2枚の田んぼ(休耕田)にチャレンジしている。ゴールデンウィークの一日は田んぼの代掻き。排水路を新たに作ったり、水が溜まらないので畦塗したり、水のついたところから何回も代掻きしたり、朝からはじまって夕方までかかってしまった。疲れたろうが爽やかな笑みが素敵だ。

 地元の若い人たちも昨年から「萩の田」と称して、やはり休耕田だった一反少しを復活させ7俵の収穫を得た。小学校のPTA仲間やご近所さんに「田んぼやってみない?」と誘い、今年は2倍の6人で作業。新たな休耕田3枚の復活にも挑んでいる。毎日の水管理もちゃんとやっている。

 街なかの意識の高いお母さんたちで何年もやっている「ママンの田んぼ」、15年の休耕田を木の根っこを取ることからはじめて復活させた「みんなの田んぼ」と、この地域では4つの田んぼクラブが元気にやっている。楽しそうだ。

 田んぼだけではない。冬場に山仕事を学び実践する「半農半林」や、矢作川水系森林ボランティア協議会の2グループもこの地域の山に入って間伐作業をしている。6月8日(土)には「萩野・森の健康診断」として森林ボランティア、東京大学の水文学研究の学生や先生、森林観察の仲間「森もり会」メンバー、地元や各地からも参加し50人を超える規模で人工林の様子を調査する。

 田んぼや山だけではない。4月27日・28日には「トンカン木工塾」がはじまった。この1年間、田舎暮らしやリフォームに関心のある8家族が、空き家をリフォームしながら暮らしを考える。

 「ここはいい所だ」と実感して暮らす。萩野NPO結の家はそこを大事にやっていく。それが持続可能な山里づくりの目的だし、根拠だと思う。

142 子どもの頃の体験はその後の人生に影響する

4面・山里NPO・写真.jpg あなたはどうだったろう。子どものころ自然や動物や友達と、思いっきり遊んだだろうか?

 子どもの頃の自然体験や友だちとの遊び、地域活動等の体験が豊富な人ほど、「経験していないことには何でもチャレンジしてみたい」といった意欲・関心や、「電車やバスに乗ったときお年寄りや身体の不自由な人には席をゆずろうと思う」といった規範意識、「友だちに相談されることがよくある」といった人間関係能力が高い。これは国立青少年教育振興機構が調査(平成22年)した結果である。

 「沈黙の春」で有名な海洋学者レイチェル・カーソンは言っている。

 「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生みだす種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受性は、この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。

 この春休み、豊田市の農山村を舞台にセカンドスクールが各所で開催された。そのうちの一つ「山っ子くらぶ」には36人の子ども達が山に囲まれた旧・築羽小学校(つくラッセル)にやってきた。30人近くの田舎の母ちゃん、父ちゃん、若者、娘さん、幼児、赤ちゃんに犬までが出迎えた。

 賑やかだが自主性尊重の2泊3日。ヤブカンゾウ・ユキノシタ・ヨモギなどを摘んで天ぷらどんぶり。にわとりの「命をいただきます」実習。もちろん食べた。夜空を見上げて星の観察。山に行って森に入り間伐、その木で工作。テントで寝袋にくるまって朝まですごす。寒い! 2日目の夜はお楽しみ会、手作りの劇やクイズやゲームで大盛り上がり。夜の肝試し。山登り、もちつき体験、ワンコと走る、ドッチボールにトランプに、思いっきり遊ぶ。心も体も十分に耕したにちがいない。

141 豊田足助 萩野学区で地域NPO プロジェクト始動!

4面・山里NPO・写真(チラシ).pdf 都会暮らしをしながら「田舎暮らし」や「農的暮らし」に憧れ、Iターン移住を夢みている人たちがおられる。
一方、それを受け入れる田舎側には、親戚や旧知の住民たちと暮らす平穏が揺さぶられるのではないかと、恐れや不安を感じている方もおられるだろう。

 その両方の想いを受け止め、「衣食住」暮らしの時間・場・行動を共有して、地に足つけて、謙虚に節度をもって、笑いながら微笑みながら、お互いを同じ地域で暮らす仲間として育んでいこうと思う。4月に本格スタートする地域NPO「結の家」は、豊田市足助地区の萩野学区を拠点として、農山村の持続可能な地域づくりをめざす。そして様々な自主的プロジェクトを応援していく。

 そのプロジェクト第1弾として「トンカン木工塾」が始まる。移住計画・里山暮らしを考える地域交流の場だ。チラシにはこう書いてある。
 ──ゲンノウ・のこぎり・カンナなどの大工具の使い方から、地域の大工棟梁がやさしく指導します。初心者でも、親子でも、ものづくり体験ができます。ほっこり学べるリフォーム塾。ここは移住を考える学びの場であり、移住への想いを抱く家族が出会う、地域との交流の場です──

 ◎期間…4月〜2月(毎月第4土・日の2日間)
 ◎場所…豊田市川面町(足助地区萩野学区)
 ◎受講料…入会費は大人3千円、子供5百円
      各回受講料は一家族3千円
 ◎応募条件…将来、里山移住を考える家族
 ◎選考…一次は書類選考、二次は面接あり
 ◎応募方法…4月15日までにweb応募フォーム(http//familygarden.businesscatalyst.com/index.html)より。

 他にも、田んぼプロジェクト、森林プロジェクトなどがすでに始動している。6月8日には萩野学区森の健康診断も実施する。年配者の交通難民対策研究もしたい。

 地域の仲間たちと共に、新しいチャレンジの年になる。

140 今年の春 竹林が熱い! メンマ山里物語

IMG_0647.JPG 昨年、8人の若者たちが「バンブーチャイルド」と称して、メンマをつくって販売もした。すごい!

 タケノコ掘り、タケノコ料理はどなたでもご存知。そのタケノコだが、ちょっと油断しているとニョキニョキ伸びてタケノコではなくなってしまう。その大きくなってしまった「タケノコもどき」がメンマの素材なのだ。「タケノコもどき」は筆者の造語なのだが、タケノコが大きくなって間もない2mくらいまでのものを指している。

 えっ、そうなの?! と驚かれた方もいよう。そんなもの、食べられるの? と思う方も多いと思う。でも知ってほしい。やってほしい。取り忘れてのびた「タケノコもどき」を草刈り鎌でサックと伐って皮をとって、ちょっと緑がかってしまったが柔らかそうなところをがぶりとかじって食べる。まったくえぐみもなく、歯ごたえもあっておいしいのだ。これはやってみないと信じない方が多いのだが、これがメンマの素材。

 モウソウチク、ハチク、マダケ、どれでもよい。皮をとり、えぐみ成分が多いとされる節の部分を取って、メンマ素材を大釜でゆでる。ゆでたメンマ素材は、素材の重さの10パーセントの塩で塩蔵。空気が入らないようビニール袋に入れ、大きな容器に保管。濃い塩水に漬け込む方法もある。そして、約1か月保管していくと乳酸発酵。こんどは乾燥。次に乾燥メンマを水につけて一晩塩抜き。それを調味して包装し製品とする。これでやっと、「情熱メンマ」の出来上がりだ。

 今年の春もチャレンジし、2000パックはつくると中心人物は豪語している。山里の方々の竹林からいかに収穫物をもってきていただくか、規格などもお伝えして協力していただけるようにしたい。竹林の所有者さんや地域の方と生き生きとかかわれるようにしたい。彼らの心はもうポカポカの春だ!

139  山で地域に関係する素敵な面々

4面・山里.JPG バキバキ…ドッスン。20m以上あるヒノキがねらい通り伐倒される。「うまいもんだ!」思わず大きな感嘆の声がでる。楓さんに笑みがうかぶ。

 楓さんは最近、豊田市の山間部にお父さんと引っ越された。農的暮らしをめざす。すでに田んぼと畑に取り組んだ。しかし、周りをみると人工林が集落に〝迫って〟いる。山仕事をして農的暮らしをもっと豊かにできないかと思っていた。

 そんな折、知り合いから聞いた。冬場だけ山仕事を教えてもらい作業をしている「半農半林隊」というのがあると…。その
名の通り農的暮らしをめざす志がベースとなっている。さっそく説明会に行き12月から参加。初日に安全で確実な伐倒技術を学び、3本伐倒、枝払い、玉切りまでこなせるようになった。2日目も仲間とチームを組んで3本伐倒した。最後の方はバテぎみだったらしいが、「楽しい!」と誇らしげに語る。

 この12月から、半農半林隊は三角山の人工林の保全に取り掛かったばかりだ。この山は萩野小学校の校歌に登場する地域シンボル。毎年12月の休日に保護者、萩野自治区、児童が参加し、登山道整備を行っている。頂上で新年の抱負や新学年の決意を表明する場、自然観察や体を鍛える場だ。そんな三角山にかかわる事は名誉だと思う。

 山間部の過疎化のなか、地元の移住定住の取り組みが始まろうとしている。田舎が好きで地域によりそう家族を迎えたい。移住定住はもちろん、そこに住まないが地域の田んぼや山の保全などに向き合ってくれる仲間も歓迎だ。萩野学区でも森林と田んぼで各複数グループが活動している。

 楓さんが山仕事を終えたとき、目を輝かせて言う。「伐り出したヒノキの細いところを杭にして、畑で使いたい!」。仲間に教えられ励まされながら一歩一歩と田んぼや畑、山に入り、自分の「世界」を広げていく。そこには感動が満ちているにちがいない。こんな魅力的なところはないと思う。

138  魂のためのお米づくり

4面・山里NPO・写真.JPG NHK番組「世界ふれあい街歩き」。ロシアのダーチャ(菜園別荘)にいる家族がインタビューにこう答えていました。「週末に遠方のダーチャにきて野菜を育て、収穫する。街の市場で買った方が断然安い。でもダーチャは魂のためのものだから、いいの!」

 共感です。日本でも田園に通ってお米や野菜を育て収穫するってのは「魂のため」にお薦め! あくまでも、山登りが好き、釣りが好き、手作り工芸が好き…というような感じの延長で捉えて、それプラス、過疎化が進む農山村の新たな担い手として田んぼなどを維持する貢献にもなる。結果としてですけどね。

 自分でお米を作ってみたいという方のために、基礎的なデータを私たちの場合で示してみたい。お米の経費は1㎏あたり150円〜200円。肥料や農薬を使わないから安いほうだと思う。例えばお店でミネアサヒとかブランド米だと、1㎏あたり500円〜600円します。

 「おお、安いじゃんか!」となるかどうかは考え方、感じ方、価値の捉え方です。もし労賃を換算したら1㎏当たり0・4時間、最低賃金360円をプラスして、1㎏あたり510円〜560円となります。流通・販売コストを入れると更に高くなるでしょう。

 労賃とかコストとかを考えずに、登山やランニングのような「いい汗」、仲間と共に苦楽を共にする喜び、家族と共に誇りをもってお米を味わう喜び、地域への貢献ととらえれば、まさに「魂のため」には最高です。

 街の3家族と営む「ママンの田んぼ」、森林ボランティアたちとの「みんなの田んぼ」、田んぼを持っていない近所の仲間との「萩の田んぼ」は、「魂のための」田んぼになっていると思っている。今年は約13俵、775㎏の収穫をいただいた。感謝である。来年は新しい仲間が増えそうだ。

137 11月24日(土)いなかとまちの文化祭

4面・山里NPO・写真.jpg 「暮らしに生かす、自然のチカラ」をテーマにおこなわれる今年のシンポ登壇者です。

 馬の力…横山春樹一家と馬「うまや七福」。
 森の力…今村豊。根羽村森林組合・木使い天才。
 竹の力…森由紀夫。木文化研究所・美の竹づかい。
 蜂蜜の力…西村新。耕ライフ・養蜂蜂蜜の伝道師。

 とても短時間のシンポだが、乞うご期待である。いなかとまちの文化祭の詳細は耕Lifeホームページ内の特設ページ(www.kou-life.com/bunkasai/)をご覧ください。

 登壇する4人は知人であり、私は好きだ。共通しているのは、馬にしても、森、竹、養蜂にしても「楽しくやっている」こと。きっと大変なこともいっぱいあるだろうけど、魅力のほうが勝っているにちがいない。

 私も中山間地で仲間たちと米づくりをしていて思うのだが、自然相手はけっして楽ではない。日常の農作業や獣害対策でも毎年一年生だと痛感するほどハラハラドキドキ。加えて今年の夏の暑さは尋常ではなかったし、2度にわたる台風には肝を冷やした。清流足助川も異常に増水濁流となり、桑田和町の田んぼの取水もしている堰堤が崩壊してしまった。来年の田んぼの水の取水のめどはたっていない。大変不安だ。

 しかし、今のところ「魅力」が勝っている。なぜなのだろう。米とか成果の魅力もある。しかし、どうもそこだけではない。自然に添いながら働くことが人類の歴史が培った遺伝子にラジカルに作用し、人としての本来の喜びが内側から湧く。相手が植物でも動物でも命あるものであって、かつ共に働いたり気遣ってくれる家族とか仲間とか地域の人、自然などもろもろのリアルな関係性が命あるものとしての喜びを目覚めさせるのか。

 自然のチカラのドキドキとワクワクに魅了されながら生きる。それが持続可能なあり方かも。

136 縄文の里、縄文の犬?

4面・山里NPO・写真(上下カット).JPG豊田市足助地区は縄文時代の遺跡が多く、なかでも、今朝平から川面では多く出土し、萩野小学校周辺でも貴重な縄文土器が発見されている。そこで暮らす私どもも縄文時代には関心があるが、なんと、飼っていた犬が縄文時代とかかわりが深いと最近になって気づき、びっくりしている。

 犬を飼ってみえる方は後足の指が何本あるか勘定してみてください。前足が5本指なのに対し、後足の指は4本では? たいていの犬の後ろ足は親指が退化して指が4本です。

 ところが我が家の飼い犬ピー(写真の右の犬)の後足の指は5本。親指がしっかりついています。これは縄文犬や、その仲間と思われる琉球犬の特徴のようで、狼爪(ろうそう)といわれています。縄文犬は人に飼われていたというより、基本は自分たちで食料(主にネズミやモグラなど小型動物)を確保して、イノシシやシカなど大きな獲物は人間と協力協働して捕獲していたのではないかと思います。きっと縄文時代にはネコがおらず(調べてませんが…)、縄文犬はネコ的な役割も果たしていて、そのため野生的な自然性を残したまま人間の集落にいたのではないかと…。

 弥生時代以降に大陸からネコと新しいタイプの犬が入ってきて、今の人間とネコ、犬との関係が定着してきたのではなかろうか。つまり、ネコは家につき、犬は人につくという関係。

 我が家のもう一匹の飼い犬シロ(紀州犬の雑種)は本当に忠実で人間にフレンドリー。でも5本指のピーは野生というか、基本「人の言うままにならんぞ」という気概のようなものを持っている。

 ピーが縄文犬の血が濃い子だとわかって、これまで「問題」だと思っていたことを「特徴」だと理解するようになり、愛情にかわりはないが、私たちをとても楽にしてくれた。

 縄文の里に、縄文の犬。原始にあこがれる私にはラッキーと思える。

135 地元への強い愛からはじまる移住定住

4面・山里NPO・写真.JPG ダムのない清流の足助川。アマゴにアユ。豊かな自然と共に人々が暮らしてきた萩野。山の幸、川の幸、広がる田園。萩野小学校横に「右ほうらい寺左ぜんこう寺」と石の道標を刻む塩の道。田舎歌舞伎、子ども歌舞伎、文化の香り。足助地区のど真ん中に位置する山里。街・山・川と繋がる。

 本当にすてきなところに20年も暮らさせていただいた。私と妻と飼い犬たちと…。感謝。

 でも気づくと、80人いた小学生たちが今は25人。10年後には9人になるという統計資料をみて、びっくりした。このまま時が過ぎると若い世代や働き盛りの世代が激減し、お年寄りだけ、一人だけの世帯が激増すると予想される。小学校の存続か否かだけでなく、集落の、田畑の、山の、神社やお寺の、自治会や消防団などの担い手がいなくなるということでもある。

 私が「すてきなところに暮らさせていただいた」と感じるのは、人がいたからなんだ。自然と向き合って暮らす営みがあったからなんだ。ちょっと考えればワカル。

 それで、最近はじまったばっかりだが、地域の将来を考え、地域をよくしていこう、移住定住対策もしていこうという仲間が、勉強会をやったり視察にいったりして対策を話し合っている。

 9月1日には16人でマイクロバス乗って恵那市串原町の大島光利さんという元消防長の貫禄ある笑顔のすてきな方に会いに行った。地元の人も、移住したいと思っている人も、同じところでワイワイやる。空き家のリフォーム塾とか1年かけてつき合わせる。そうすると、いい人に来てもらいたい地元の人たちが、本気で移住したい家族に「自分たちの集落に来ないか」って声をかける。そうやって26世帯も増えた。なんと串原町の世帯数の1割だ。

 地元への強い愛。そして仲間と行動。地元の理解と協調。なるほど!よし!ここで頑張る。

134 「異常気象新時代」に想う

4面・山里NPO・写真.JPG  日本各地の同時多発的な豪雨による大災害。連日続く35℃超え、40℃近い高温による熱中症の多発。逆走する台風。NHK報道では「異常気象新時代」と呼んでいました。気象学者の中では常識となっている新語だそうです。

 生物的感覚としても異常事態を感じます。もう少し理性的にこの事態を考えたい。
お薦めの本がありました。お盆休みも近づき読書で過ごす際にどうでしょうか。『世界がもし100億人になったなら』。スティーブン・エモット著(マガジンハウス)2013年初版。生物学者の福岡伸一氏が推薦しています。

「世界の平均気温が4〜6℃も上昇すれば…制御不能の気候変動が起こり、地球をまったく違う状態に、それも急激に変えてしまい…地球が地獄と化すでしょう。そしてそうなるまでのあいだに、私たちは過去に類を見ないような異常気象、火災、洪水、熱波、農作物の不作、森林破壊、水ストレス、壊滅的な海面上昇などに見舞われることになるでしょう」(P148〜149)

 これらの現象の原因をつくりだしているのが、地球規模で環境を急速に改変している私たち人類です。1900年に15億だった我々は2000年には60億人になり、現在70億人以上。2050年には90億人。今の人口増加ペースだと、今世紀末には「計算上」280億人になるといいます。

「計算上」としたのは、280億人という数字は水や食料やエネルギーなどからみてありえないと言えるから。100億人がすでにデッドライン超えだからです。

 著者は言います。「科学技術で解決策は見通せなく、唯一の方法は私たちの行動を変えること。ただちに大幅に消費を減らすこと」だと。
自然が作り出す生態系サービスで暮らす在り方。山里に残る循環的で農的なあり方がますます注目されるのだと思います。ご購読はコチラ.pdf

133    「畜力」 持続可能な力

4面・山里NPO写真.jpg長野県伊那市高遠町に6月21日、馬耕する一家を訪ねた。

 農耕馬のビンゴ(♂・450㎏)の「馬の鼻もち」は横山春樹(よっさん)、「犂(すき)持ち」は横山紀子(のりたけ)。子どもを背負って作業している。速い! 長さ50mほどの畑を十数秒で耕していく。折り返して、またサクサクと犂が土を掘り反転させていく。実にみごとで美しささえも感じる。

 よっさん家は伊那市高遠町の山あいで馬耕(野良仕事)と馬搬(山仕事)を生業としている。当然ではあるが馬の扱いは夫婦ともうまい。

 この夫婦は地元の方々の地域づくりを支援する若者グループのメンバーで、出会ってすぐに結婚
し、築百年の古民家を自ら改修して定住している。季節の花と自然体験で人が繋がる「ポレポレの丘」での営み、プレーパークの設立、学校の子ども達に馬と暮らしの歴史を教える馬耕体験など、高遠町の地域づくりに貢献している。

 よっさん、訪問した私、そして豊田市旭地区で若い家族たちとメンマづくりなどにチャレンジするYさん、常滑で乗馬クラブをしているHさんとMさん、結婚式で花嫁花婿さんを馬車に乗せるKさん。岡崎の額田地区で「馬搬研修会」が行われたときに集まったメンバーつながりである。豊田市の農山村の田畑で馬耕ができないか、いま模索中である。

 動力エネルギーとして原子力、石油などの地下資源、風力、太陽光、地熱、潮力などとあるなか、畜力もある。馬や牛が働く姿をつい50年ほど前には農山村(田畑や山)では普通に見かけたそうだ。ヨーロッパではまだだいぶ残っていて、最近は見直されてきていると聞く。大型家畜と働き暮らす文化と景色は、持続可能で循環的なあり方そのものだと思う。心が浮き立つ。ご購読はコチラ.pdf

132    子どもの声が響く地域の未来を

4面・山里NPO・写真.JPG 若いお母さんたちが駆けつけ発言します。

「もっと萩野小学校に通わせる子どもたちを増やしていこう。この地域に若い家族が移り住める場所はないのでしょうか」 切実な声です。

 足助地区の中ほどに位置する萩野小学校区は、十年前には人口が八百人を超え、児童数も四十五人いました。ところが現在は人口六百数十人、世帯数二百数十戸、児童数は二十五人。過疎化が進行する中山間地です。このまま対策を講じなかった場合、十年後の児童数は十人以下となり、学校の存続や、若い世帯の不在による地域の担い手不足も深刻となります。

 昨年秋、自治区で学習会が開催され、展望のある話が聞けました。おいでんさんそんセンターの鈴木辰吉センター長は「毎年1〜2世帯の子どものいる移住者がいれば、児童数は回復し、過疎化はストップ、バランスの良い世代が持続する地域となります」と語りかけました。青木信行自治区長を先頭に、萩野学区居住推進計画策定に向けて動き出しました。有志によるプロジェクトチームが結成され、今年度からいよいよ、①移住定住できる空き家や土地探し、②移住定住の先進地視察、と学習を進めていくことになりました。

 5月11日「萩野将来計画策定プロジェクトチーム(PT)」の第1回目の会合が開かれ、若いお母さんたちの切実な声に励まされ、PTメンバーも地域での模索が始まりました。 アユ・アマゴも生息する清流の足助川、森に囲まれた田畑や集落、伝統芸能が生きづく寶榮座の農村舞台、萩野小学校の子ども歌舞伎、学校に隣接し学習の場ともなっている菅生川、元気で素直で「さとい」子どもたち、すてきな地域と人々…。子どもたちの歓声が響く地域の未来を今、創り上げていきたいと思います。ご購読はコチラ.pdf

131    田舎の新しい家族?田んぼクラブ続々

4面・山里NPO・写真.JPG「おもしろいじゃん!」

 中古のトラクターだが、ググググと力強く土を耕していく。トラクター初体験のIさんとSさんが休耕田の「田起こし」にチャレンジ。真剣だが誇らしげな笑みがすてきだ。

 今年から新たに「萩の田」と名付けた田んぼクラブが誕生した。その二人と私がメンバー。Iさんは動物好きで仕事にもしている。Sさんは自動車が大好きなサラリーマン。二人とも働き盛りのお父さん。みな、ご近所さんどうしだ。

 去年、地元の神社の秋の大祭でワイワイやって飲んでしゃべっていたら「田んぼやってみたい」「それじゃあ、やってみよか」「やれるところ探してみるわ」となった。

 まだ始まったばかりだが、同じ組の人たちも見に来て励ます。水路の補強も手伝ってもらった。ありがたい。これからが本番。代掻き、田植え、田の草取り、畦の草刈り、獣害防除…。ちゃんと収穫できるようがんばりたい。

 「萩の田」のほかに、前からやっている田んぼクラブが二つある。

 一つはもう10年近くになる「ママンの田んぼ」。街なかの3家族と私がメンバー。子ども達や友達も来てにぎやかな時も多い。

 もう一つが「みんなの田んぼ」。6年ほど前だったか、田んぼ講座で集まった人たちが中心になって続いている。今年になって、冬にいっしょに間伐作業をしてきた「半農半林」のメンバーも参加している。

 「萩の田」も「ママンの田んぼ」も「みんなの田んぼ」も、お隣どうしだが独立してやっている。ただトラクターやコンバインなどの機械は私の所有でシェアーしている。

 中山間地の田んぼは家族でやるのに丁度良い。僕らは田んぼクラブという新しい家族をつくって田んぼをやっているのかもしれない。ご購読はコチラ.pdf

130    セカンドスクール春休み版

4面・山里NPO・写真.JPG 下山、足助、旭、稲武で2泊3日や1泊2日の農山村自然体験。豊田市内の小学生87人が参加しました。おいでんさんそんセンターのセカンドスクール部会が主催、教育委員会の後援です。

 そのうちのひとつ「山っ子くらぶ」は旭地区の旧・築羽小学校で実施しました。ここは地域再生と新しい「しごと」「くらし」の拠点とすべく、「つくラッセル」と命名してリニューアルの最中です。多目的広場(旧・運動場)にでっかいテントを2基張り、2泊3日のキャンプ。市内の18小学校から1年生〜6年生の29人が参加。12人の農山村スタッフが小さな子どもの家族と一緒に受け入れました。学生2人のお手伝いもいます。

 1日目。カンゾウ、ツクシ、ユキノシタ、ハコベ、カキドオシなど、どこにでもある草々を摘み天ぷらにしました。うまい! この時から、道の草は名もない雑草ではなくなります。次に生きている鶏を精肉。〝食べる〟とは命をいただくことです。夜は星空観察会。月と星々を実際に見る。星座を夜空に描く。理屈だけでなく、バーチャルでもなく、子どもたちの世界が真摯にリアルに豊かに彩られていきます。 2日目。全員ヘルメットを着用して裏山に登り間伐体験。途中、人工林と自然林(雑木林)の違い、人工林間伐の意味を、実際の林と木々を見て歩いて知ってもらう。5年生の子が社会科で学んだことを話しだす。後輩たちが真剣に聞いている。知は力なり。知識が生かされる瞬間は誇らしい。立ち会ったスタッフも感動です。

 3日目。子ども会議で最後の日のすごし方を自分たちで決めました。やりたいことを仲間たちと実現する。自分勝手と主体性のちがいを感じる。

 薪で炊いたご飯、ドラム缶風呂、餅つき、伐った木でつくる作品。人の暮らしの原点に迫る体験。緊張はあるが楽しくないはずがない。帰り際、「また来るからね!」と満面の笑みがありました。

129    森の百姓しごと 新展開

4面・山里NPO・写真.JPG 「森の百姓しごと」なかなか好評である。

 おいでんさんそんセンター「森林部会」が呼びかけた2事業。各自2万円ずつ出資し、自らコナラなどを伐採し、1年以上かけた本気の原木シイタケづくり講習会。冬の山仕事として人工林を間伐する半農半林。共に、呼びかけに応じて継続して馳せ参じる老若男女が多く、参加者の熱も感じる。今年の寒〜い冬も息を弾ませた。

 原木から椅子づくりをする1日講座も秋に2回やってみた。おいでんさんそんセンター主催の「田舎暮らし博覧会」では人気ナンバーワン。家族で使うからと、個性的で魅力的な作品をどんどん仕上げて帰っていった。満足そうだ。

 人工林の荒廃による災害・環境問題を見据えながらも、山村地域で本当に「持続可能な」森と人との関係を「暮らしの価値」で作り上げていく営みが「森の百姓しごと」だと思っている。

 昨年1月の当欄に「そのためには、地域のネットワークが必要。森林にくわしい人、大工さん、建具屋さん、安全に伐倒したり材を出す技術のある人、在住の老若男女、新しい移住希望者…。家族が喜ぶ素敵な暮らしづくりに、地域の森林での取り組みがしっかり繋がる。今年はこれに取り組みたい」と書いたが、1年目の成果は上々だったと思う。さあ、これからだ。

 旭地区で活躍している戸田友介さんが「つくラッセル」を立ち上げようとしている。「起点をつくりだす・みんなのやりたいを叶える・廃校小学校リノベーション物語」。なにが生まれるかは乞うご期待ということだが、その中のほんの一角に「森のめぐみ企画会議」を立ち上げた。森・竹林と暮らしをつなげる企画部門となるか。 「つくラッセル」は4月15日(日)10時から夕方まで旭地区の旧「築羽小学校」でお披露目だ。そこで「森のめぐみ企画」も紹介したい!ご購読はコチラ.pdf

128    新たな森林ボランティアグループ自主の気風で誕生へ 

4面・山里NPO写真.JPG とよた山嵐、とよた愛森会、チェンソー侍、とよた楓の会……と、熱心に話し合っている。何のことか。自分たちで創る新しい仲間の「会」の名称を考えているのだ。

 とよた森林学校が9月に2泊3日で開催した「間伐ボランティア初級講座」15期の卒業生が、この冬空のもと元気に間伐実習。何回かの正式なフォローアップ講座も終了し、10数名のメンバーで自分たちの森林ボランティアグループを立ち上げる動きが始まった。その第1回目の自主研修と打ち合わせ会を1月27日におこない、「会」の名称を話し合っている。

 森林学校スタッフとして見守ってきた恵比根さん(7期・あす森会)、長谷川さん(10期・山笑会)、石川さん(11期・ヨキ森会)も打ち合わせ会に駆けつけた。会則・会費・連絡方法・保険・活動日・活動場所・技術指導・備品・団体間の交流や安全研修等々、自主的に取り組んでいく「作法」のようなものも自分たちの経験から助言していく。しかし、押し付けない。笑みとユーモアをもって、やんわり。安全と友情が持続していける最低限のことだけを外さない。

 いま豊田市内で活動している森林ボランティアグループは15団体。またひとつ誕生しようとしている。この営みにずっとかかわってきて感心するのは、「自主性」が満ち満ちていること。この場面でも同期の仲間たち、先輩と後輩たちにあるのは「友情」と「共感」でしかない。見ていて本当に気持ちがよい。

 森林学校の高斎さんの奮闘で、3年前から「講師」陣を豊田森林組合で働く若い林業技術者で担なおうとチャレンジしている。そのことも含め、何事にも、押し付けでない、大事なことは守り、自分たちの友情で行動する自主自治とも言うべき新しい力が湧いてきている。すばらしい。ご購読はコチラ.pdf

127     我が家の愛犬「シロ」と「ピー」

10日号4面・山里npo写真.JPG 明けましておめでとうございます。今年は「いぬ年」。我が家の犬の息子たちを紹介します。

 白い犬が「シロ」。紀州犬の血が濃い雑種です。もうすぐ15歳ですから人間年齢だと76歳。温厚、従順でお茶目。通りすがりの人に「さわってもいいですか」などと言われる可愛い感じ。しかし、周辺に出没するイノシシやシカの気配には敏感で猛烈に吠えまくる。いい番犬でもあります。

 黒と白のまだらなのが「ピー」で3歳後半。琉球犬の血が濃いらしい。野性味たっぷりで、犬のイメージができてきたのは3歳になってからかなあ。人間年齢で28歳。残念ながら「社会性」の形成が遅く、私と妻、先住犬シロ以外はみな「敵」と認識する傾向が強い。イノシシの気配にはもちろん大いに反応し、私が外へ見に行くまで吠え続ける。夜中に起こされることも度々だ。

 この2匹の息子たちは、夜のゴールデンタイムになると私の膝の上ポジションを狙って駆け引きを始める。そのうちに大騒ぎとなり、2匹を引き離してやっと落ち着く。妻も巻き込むほぼ毎晩の騒動なのだが、なんとなく嬉しくもある騒動で面白い。 シロはこの一年、老化が進行して時どき下の世話をしてやるようになってきた。最初は申し訳なさそうな表情だったが、大丈夫サインをだして平常心を保たさせている。下の世話は面倒だし手間もかかるけど、私はイヤではないのだ。この想いは妻も同じ。家族だからね。

 朝夕2回、2人と2匹で散歩。「冬のスミレの葉は大きいね」「もうハコベがでているよ」などと植物談義をしながら歩く。ご近所さんの散歩と出会えばシロは喜ぶが、ピーが吠えるので「緊急避難」。それもコミュニケーションのうちだ。

 田んぼや山仕事、祭り、ご近所付合いなど、山里暮らしの楽しさはいっぱいある。その楽しさを更に倍増させ、濃くしてくれるのが、犬たちとの暮らしなのかもしれない。私たち夫婦の場合はそうだ。ご購読はコチラ.pdf

126    しいたけ原木伐採日の絶妙

4面・山里NPO・写真.JPG 人の胴回りを超えるコナラ。太い枝が青空に向けて力強く四方にのびている。重心のありかを慎重に読み、無理なく倒せる方向を定める。その方向へ受け口を入れ、あまり段差を付けないで追い口をいっきに入れていく。この〝いっきに〟が重要。追い口途中の躊躇はきわめて危険なのだ。切れ込みを入れた瞬間から、そこにとてつもない力がかかり、樹木自体が自らの幹を折ろうとする。バンと幹が縦に裂け、伐倒者を弾き飛ばす。そんな危険を常に想定し、木が動き始めたらすぐに退避。ギギギときしみながら大木が転がる。ズーンと大地を鳴らす。腹に響く重低音。

 おいでんさんそんセンター森林部会の「伐採からはじめる原木しいたけ栽培研修」第2回。10月27日、いよいよ伐採がはじまった。 講師の近藤一義さんが言う。 「この伐採・葉枯らしの日を決めるのが極めて重要です。今日は伐採の研修でなく、伐採日の研修といってもいいくらいです」

 原木しいたけ栽培の良し悪しは、この伐採日にかかっている。なぜか。植菌する榾木(ほだぎ)の質がシイタケ菌にとってベストな環境になるようにするためだ。榾木は当然だが、伐採されたコナラなどの材からとる。そのコナラが水の吸い上げを止め、しかし落葉する前(離層ができる前)に伐採し、葉をつけさせたまま3か月あまり水分を葉に蒸散させることが重要なのだ。落葉し始めてしまっては、もう遅い。葉が生き生きしているときは水を吸い上げているときで、そんなときの伐採はもってのほかだ。伐採前後の天候も重要になる。葉の状態で見極める。

 原木しいたけ栽培研修。実に奥が深い。季節、コナラなど樹木、天候、その森の標高や位置などへの感覚、何よりも作業日の見極め。

 「森の百姓」をめざす研修が益々面白くなってきた。ご購読はコチラ.pdf

125    山里の小さな田んぼ暮らしの価値

4面・山里NPO・写真.JPG お米作りにどれほどの費用がかかっているのか、私が作っている中山間地の小さな田んぼでの最近のデータを見てみよう。

 中古のコンバインが35万円など機械に50万円ほどかけたので、10年で減価償却するとして年に5万円。乾燥と籾摺り代に1万3千円。苗代2万6千円。燃料費その他で1万円。合計9万9千円だ。5俵収穫したので1俵(60㎏)あたり約2万円となる。それに労働力が1俵あたり4日間(6時間×4日=24時間)で、時間給5百円とすると1万2千円。すべてを合計すると、「1俵=3万2千円」だ。

 農協のお米の買い取り価格が1俵1万1千円なので、私のお米は1俵につき2万1千円の大赤字だ。ただ私の場合、売るわけでなく自家消費だから実際に赤字を出しているわけではない。金銭的なことからいえば、「高いお米を食べている」ということになるのかもしれない。

 こんな状況でも農家がお米作りをやめないのはなぜだろうか。ご先祖から受け継いだ田んぼに誇りと自負もあると思う。借地でやっている私の場合も、地域の田んぼの一角を担っているという自負もあるが、楽しいというか、他では得難い充実感があるからなのだと思う。ここ7年ほどは都市部の複数の家族も参入して一緒に米作りをしている。今年は15年間休耕していた田んぼをみんなで復活。木の根っこを掘り取り、アシの原を何度も耕し、モグラが空けた穴を何回も代掻きして埋め、効きすぎた緑肥による病気を克服。やっとの初収穫だ。本当にうれしい。

 経済的な価値だけでないもの。仲間と汗を流し、自然を肌で感じ、時にハラハラどきどきしながら、自分たちで作ったお米をいただけるという「感謝」のような気持ち。そこには暮らしの価値といえるものが確かにある。持続させていきたいと思う。ご購読はコチラ.pdf

124         夏、子どもたちから学んだこと

4面・山里NPO写真.jpg 田舎で暮らす8家族と若者ボランティアがスタッフとなり、小学生20人が農山村自然体験をしながらお寺で3日間をすごす。「ひとりの例外もなくみんなが主人公」を目指す「山っ子くらぶ」を開催した。

 川遊び、ブナ原生林ハイク、ナイトウォーク、ドラム缶風呂、野草摘み。子どもがやりたいことを決める「子ども会議」。班ごとに子どもが出しものを考え創る「お楽しみ会」。テレビもゲーム機もない。時間と空間と仲間で思いっきり楽しむ仕掛けしかない。 でもこの夏は台風と土砂降りの雨続き。最後の日、残された最大イベント「川遊び」も、前日の雨で増水して安全に入れる箇所はごく限られていることが分かった。判断が迫られる。大いに悩む。結局、「子ども会議」でその悩みを正直に報告。天候、川の様子、スタッフの数と力量と安全。一人の例外もなくみんなが楽しくできること。今、ここで、みんなができること。それに対し、子ども達が続々と意見を言う。結果、残された時間の前半は「制限つきの川遊び」「竹細工」「野球もどきゲーム」の3グループに分かれて、後半はみんなで「スイカ割りゲーム」して遊ぶ…と決まった。大成功だった。みんなが大満足した。

 安全を含め状況判断はスタッフが受け持ち正直に子どもに伝える。しかし、中身は当事者である子どもたちに自治的に決めてもらう。悪天候という災いが転じて、子ども自身の自治が輝いた瞬間に私自身が立ち会うことができ、おおいに学ぶことができた。

 もう一つ学んだことがある。3年生の男の子がスタッフに寄り添って涙ぐんでいた。何事かと尋ねたら、「明日で山っ子くらぶが終ってしまうのが悲しい」と…。スタッフみんなが「やってよかった!」と心底思った。私たちの実践は子どもたち自身が評価してくれるのだ。ご購読はコチラ.pdf

123      本気!原木しいたけ研修

4面・山里NPO・写真.JPG おいでんさんそんセンター森林部会が「伐採からはじめる原木しいたけ栽培研修」を開始させます。7月31日には旭地区筑羽会館で説明会が開かれました。会場はいっぱいです。

 講師は下山地区和合町の近藤一義さん。合併前の下山森林組合で働き、組合長も務めた人です。原木しいたけの技術指導の傍ら自らも生産者として活躍し、下山のしいたけを有名にしてきました。現在は息子さんが「近藤しいたけ園」を経営しており〝食と農〟に関心があるお母さんたちに大人気となっています。

 近藤さんは言います。「原木しいたけの生産単価の伸び悩み、菌床栽培の普及、東日本大震災以降の原木栽培の急速な衰え。目を私たちの地域に移しても、生産者の高齢化、価格の低迷などさまざまな原因で元気がありません」「山林の衰退を目の前にして、もう一度あの時のような、いえ、違う人、違う技術、違う環境でしいたけ生産ができたならと思います」

 受講希望者は老若男女、居住地も農山村や都市と様々な方たちです。鈴木正晴さんは旭地区の敷島自治区で活躍された元区長。通称なべさん、はるちゃんは「田舎をめざそうプロジェクト」で就農定住した若者たち。恵比根さんは豊田市の森林で活動している矢森協メンバー。下山地区からは森林組合で働く中堅の方々や在住の若手の方々。新聞をみて豊田市やみよし市、名古屋市、東郷町などの都市部からきたお父さんたち。スタッフも兼ねているが、「森の健康診断」や「木の駅プロジェクト」など全国で活躍している丹羽健司さん。ちなみに、私もスタッフ兼受講者です。

 田畑のように、森林もその恵みが暮らす人を豊かにします。身も心も、そう実感できることが「持続可能な森づくり」の要なのだと思います。希望者受付中ですので、おいでんさんそんセンター(☎0565・62・0610)へ問合せを。ご購読はコチラ.pdf

122      麦の脱穀 昔を想う

4面・山里NPO・写真.JPG 足助の田植えは昔は6月中旬だったとのこと。4月に遅霜があるので、種まきは5月上旬。苗が手で植えられるまでに育つのが6月で、田植えはその頃にならざるをえなかった。その時代は裏作で小麦をつくっており、小麦の収穫に連続しての田植えで大変忙しかったそうです。

 桑田和集落の方から聞いた話では、足助川に水車があって、麦を粉にする作業を請け負って営んでいたらしい。あちらこちらから山を越えて麦を運んでくる。それを任されるのはたいてい少年たちで、役目が終ると足助川で泳いで遊んだそうだ。

 私どもも今年「麦づくり」にチャレンジしていることは先号で書きましたが、あれから一箇月、麦刈りし、干して、7月2日に脱穀しました。少年たちが山越えして麦を運び、川で泳いだという時候にまったく符合していて納得です。

 麦の脱穀作業は賑やかでした。昭和23年製造の「足踏み脱穀機」と、実を風選別する手動の「唐箕」をつかっての作業。人手が要るということで森林ボランティアの「ヨキもり会」メンバーが協力してくれたり、「あす森会」有志が初チャレンジし収穫した麦を持参したりと、総勢7人でワイワイ言いながら汗を流しました。人力だけのひと昔前の作業に、みな感動したり腑に落ちたりしていましたが、やはり次の段階に関心が…。いよいよ粉ひきとパンづくりです。

 昔の小麦づくりでおもしろいと思ったのは、うどん屋に出荷し、「うどん券」を貰っていたという話です。うどん屋にしてみれば、どっと入荷する前にお金を用意する必要がない。したがって、うどんが全部お金にかわらなければならないこともなく製造できる。売れた分が文字通り「もうけ」となる。生産者にしても、現在のように実際の費用と労力にあわない価格で引き取られてしまうこともない。そこには市場の小麦価格に左右されることのない関係があったのだと思う。食べものとして目に見え、自らかかわれる範囲として、分業として、地域で流通していたのだろう。当時どんな事情でそれが成り立っていたか、なぜ成り立たなくなったかは調べる必要があるが、私にはとても新鮮で体の奥の方からウキウキする話だった。ご購読はコチラ.pdf

121    仲間とチャレンジ小麦栽培と復活田

4面・山里NPO・写真.jpg 今年は新しい「野の百姓」にチャレンジしています。2つあります。

 「みんなの田んぼ」のメンバーで、小麦の栽培を始めました。去年の11月6日に播種。寒い冬に芽を出し、早春には青々と茎と葉を出していました。まだ他の人里植物たちが芽生える前に元気にしている麦の姿には感動しました。暖かくなると一気に背丈をのばしましたが、ごく最近イタドリに追いつかれてしまったので5月28日に草刈り。5月に入り出穂し、目立たないけど、ちゃんと花を咲かせました(風媒花)。まだまだ青いままですが、どうでしょう、6月の中旬には薄茶色になって、実も熟するのでしょうか。パン用の強力粉の小麦ですから、脱穀して実を保冷庫に入れておいて、少しずつ粉にして篩にかけて、パン生地にして焼いて…、そんな会話を仲間としています。楽しいです。

 もう一つは休耕田の復活です。15年ほど前から耕作されなくなっていて、低木とアシ、イタドリを始め様々な人里植物たちが入り込み、我が世の春を謳歌していました。時にはイノシシがブヒブヒと鳴いていたり、夜中に数頭のシカが草を食んでいたりもしました。去年の早春から低木の株をみんなで掘り取り、草刈りをして、トラクターで何回も耕耘しました。今年4月に水路からパイプで水を導入。しっかり畦塗をして水漏れ対策。しかし、本格的に水をいれましたが水は溜まらず。どこからか真下に漏れている。少し水たまりになったところから何回もトラクターでかき混ぜ、やっと水が張れました。無事に田植えも終了。安堵と達成感。

 よその地から駆けつけてくれる仲間と相談し、励まし合って作業したからこそチャレンジできたことだと思います。隣の畑をやっている地域の方からの励ましにも力づけられました。感謝です。ご購読はコチラ.pdf

120    森の百姓しごと

4面・山里NPO・写真.jpg 大がかりな機械は使わない。のこぎり、ナタ、チェンソー、インパクトドライバー、ドリルなど山里に暮らす人なら持っていそうな道具で「原木からの椅子づくり」にチャレンジした。講師は豊田森林組合の山田政和さんだ。

 「半農半林隊」が秋から早春までに間伐した人工林のヒノキ。春に素手で出せる大きさ(直径20㎝強・長さ2mくらい)にして、皮むき鎌を使って現地の山でせっせと皮を削っておいた。その数本が午前中2時間の実習の素材になった。丸太をチェンソーで縦引きして、板を作る。丸太の細いほうを椅子の背もたれ側の足にして、板の一部を前側の足にする。残りの板を取り付けて…、完成なのだ。

 午後からの2時間弱。支障木で伐られたカシやカエデやコナラなどを薪のためにいただいた。その一部を使って、スツール(背もたれの無い椅子)をつくる。直径25㎝くらい、長さ40㎝の丸太を真ん中で縦引き。丸い側に4か所、ドリルを使って「ほぞ」を掘る。そこに直径5㎝ほど、長さ40㎝くらいの細い木を取り付ける。入れる側を鉛筆削りのようにナタで削ってはめ込み、ビスで補強して…、完成。

 講師の指導のもと意外と早く、素人でもそこそこの椅子・スツールができた。自然の木の風合いが素敵である。ぎこちない仕上がりでも自然の木目や木肌がカバーしてくれている。いい作品だと思う。

 プロでもセミプロでもない人たちが、山里に住み暮らすことを生かしてハンドメイドで「森の恵み」を得ていくことができる。野良の百姓しごとに対して「森の百姓しごと」と言ってもいいのかもしれない。1月6日号で紹介した足助きこり塾、続いておいでんさんそんセンター森林部会・旭つくらっせる・とよた森林学校OB会の有志たちも試みている。乞うご期待! ご購読はコチラ.pdf

119     山っ子くらぶ

4面・山里NPO写真.jpg 山里にあるお寺で、田んぼで、ブナの原生林で子どもたちの歓声が沸き上がる。春休み2泊3日の農山村・自然体験「山っ子くらぶ」。豊田市内を中心に1年生〜5年生の26人が参加し、「また来る?」と聞くと全員が大きく手をあげた。魅力はなんなのか。どんなことをしたか紹介しよう。

 「みんなで『春』をいただこう みんなでつくろう!」では、お寺の境内と目の前の田んぼや山で野草を摘む。ユキノシタ、ツクシ、ヤブカンゾウ、フキノトウ、ギシギシ…。早春の草は小さいけどエネルギーに満ちている。1年生の女子は「1日目の昼ごはんの天プラをたべるまえ、いっぱいしらないはっぱをおしえてくれたから、友だちとか、かぞくにじまんしたいなあと思いました。」との感想。

 「『にわとり』まるごといただきます…命に感謝」では、旭地区にご夫婦で移り住み養鶏と田畑を経営している「てくてく農園」さんが先生。生きている鶏をさわる。温かい。命をいただいて食べる。生きていく根本につながる講習だ。5年生女子のお母さんからは「大変良かったようです。心の成長を感じました。」と感想が寄せられた。

 「愛知県に残る希少な『ブナ原生林』ハイク」では、自分でにぎったオムスビを持って、見たことのない巨木の森を歩く。250年生のモミやツガ。300年生を超えるブナ。1年生男子のお母さんからは「山登りが楽しかったと言っていて、今までやったことがなかったので意外な発見でした。」と感想をいただいた。

 その他にもいっぱい。ドキドキの「ナイトハイク」では本当の夜を体験。「各班で出しもの発表! 大おたのしみ会」では大盛り上がり! 仲間・手作り。至極の楽しさがここにあったのだ。

 仮想でない「ほんもの」の仲間・自然・暮らしにこそ、子どもたちは魅力を感じている。子どもたちに、生きる力を!ご購読はコチラ.pdf

118   ほんわか里山交流まつりINしもやま

4面・山里NPO・写真左.jpg4面・山里NPO・写真右.jpg都市農山村交流のビックな企画「第6回ほんわか里山交流まつり」が3月26日(日)に開催されます。今回の会場は下山地区の福祉センター「まどいの丘」=神殿町中切7の2=。時間は10時〜午後3時です。これまで足助地区で2回、旭地区で2回ずつ開催され、下山地区も今回で2回目になります。

 ステージでは太鼓や雅楽など下山の伝統芸能、下山中学校のブラスバンド、地域の人たちの舞踊や大正琴の披露に加え、今回はプロの篠笛奏者・米津宏美さん(心音舎)が登壇。注目です。

 米津さんは「私は篠笛の音は心の音だと思っていて、実際の音ではなく、心に聞こえてくる自分のみの音だと思っているんです。皆さんどうしても、実際に聞こえるいわば表面的な音に拘ってしまうんですが、あなたがどう聞こえるか、どう心に響くのかも大事だと思っているのでこの屋号にしました」と語ります。

 また、農山村に移り住み活躍する若者たちが歌う「山里合唱団こだま」も登場します。農山村で生きる心が素敵に表現されたオリジナルな歌は評判になっています。

 農山村などから美味しいものがドッサリ出店されます。地元の五平餅(巨大五平餅づくり体験も!)や鮎塩焼き、下山の本物ウインナー炭火焼き、イノシシコロッケや串焼きなど流行のジビエ、下山茶、しいたけの植菌体験と原木販売、春の花苗、手打ちそばなど各出店者自慢のものがズラ〜リと並びます。

「無料でイノシシハムがたべられるヨ」コーナーも! 農山村の魅力も情報発信。田舎の楽しいところから移住先など何でも相談し教えちゃいます…のブースもあります。注目は下山・和合地区の空家や宅地候補地の説明会(申込☎90・4488まどいの丘)。移住者の子育てや日常生活などの座談会も企画しています。ぜひお越しを!ご購読はコチラ.pdf

117  『はじめての山仕事ガイド』出版

4面・山里NPO・写真.pdf おいでん・さんそんセンターが『はじめての山仕事ガイド』を出版します。

 山仕事…、きこり…、山で木を伐っている人? 森林との関わり方は、実はものすごく多様なのです。たとえば
田畑・農に関わる人にも、庭で野菜づくりを楽しむ方、広大な田んぼでお米をつくり販売する方、田畑と養鶏など少量多品種を直売する方など様々みえますよね。森林も同じなのです。豊田市の森林で活躍する「人」の紹介を通して、あなたが知らなかった「山仕事」をリアルにします。

 読み物としても実におもしろい!

 3回シリーズで出版する予定で、今回のパート1は『人工林に関わる山仕事〜持ち山のない人のために〜』。パート2は『人工林に関わる山仕事〜持ち山のある人のために〜』(2017年度)、パート3は『天然林・竹林に関わる山仕事』(2018年度)です。

 今回出版されるパート1『人工林に関わる山仕事〜持ち山のない人のために〜』の内容をチラリとご紹介しましょう。

 森林ボランティア団体は豊田市内にいくつある? 実は16団体!大勢の方々が週末に間伐などを通して仲間づくりをして楽しんでいます。ご存知の自動車メーカー勤務の恵比根さんがどうしてそこにはまり込んだのか…。

 冬だけ? 週に2・3回? そんな山仕事があるのです。「半農半林」と称して3年目。農業の横江さんが冬だけちょっと「きこり」をしているわけは…。

 農閑期に林業!お米農家の江崎さんが語る。

 森林組合。1年通してフルタイムの林業プロ集団! 何人いる? どんな仕事? 収入は? どうしたら就職できる? 緑のコーディネーターの中野さん、林業技術者の森さん、森林組合職員の阿部さん。若者たちがこの道に入り、今と未来に見ているのは…。

 2月5日(日)10時から足助交流館で開催(無料)される「いなかとまちのくるま座ミーティング」の分科会3「森林部会」(13時から)で初お披露目です。問合せは☎0565・62・0610。ご購読はコチラ.pdf

116  持続可能な森林問題

4面・山里NPO・写真.jpg 森林問題には「緊急事態の森林問題」と「持続可能な森林問題」と二つあるのではないか。

 「緊急事態の森林問題」には大雑把に言って次の2つがある。

 ①広大な人工林が採算性の低下により主伐はもちろん間伐されずにいる。放置された人工林は過密で日光が射し込まないため、土壌を守る下層植生が貧弱となり、水源かん養や土砂流失防止などの公益的な役割が極端に低下。大雨や台風などで甚大な災害を引き起こすリスクが高まった。

 ②近代産業の高度成長に対応した経済、教育や文化、化石燃料や化学製品の登場、産業構造の激変、山村から都市への人口流出等により、森林を活用し暮らしていく地域力が低下した。

 この事態に手をこまねいていたわけではない。豊田市は「百年の森構想」を打ち立てて条例を制定し、予算をフル活用して間伐などの人工林保全を進めた。森林組合は行政と連携しながら地域に入り込み、担い手を確保しながら一生懸命だ。災害リスクを考えるなら、行政や森林組合などの活躍が決定的である。注目したい。

 一方の「持続可能な森林問題」は、地域づくりと次世代にとって決定的に大切なことではないか。伐採・製材・加工の流れ、孫の勉強机から棚、小屋までの手づくり、都市部の新築やリフォーム、木質化に使われてもいい。地域の森林の「恵み」を地域で体感していくことが大切だ。天然林もキノコや木のリースづくり、森の遊び場に活用できる。樹種を覚えて観察するのも楽しい。

 そのためには、地域のネットワークが必要だと思う。森林にくわしい人、大工さん、建具屋さん、安全に伐倒したり材を出す技術のある人、モノづくりが好きな人、森や自然が好きな人、在住の老若男女、新しい移住希望者…。家族が喜ぶ素敵な暮らしづくりに、地域の森林での取り組みがしっかりと繋がる。今年はこれに取り組みたい。ご購読はコチラ.pdf

115. 森林ボランティア新しい仲間の「胎動」

4面・山里NPO・写真.jpg 11月26日、香嵐渓を迂回して旭の惣田町にあるスギの山に集まった。間伐実習だ。

 伐倒者は自らの生涯でまだ3本の間伐作業を体験したにすぎない。しかし…である。

 チェーンソーの軽快な音が谷間に鳴り響く。「追い口、入れまーす」の掛け声と共にピーと笛が鳴る。しばらくするとメキメキ、ドッスンと20mあまりのスギが倒される。素早く退避していた伐倒者の緊張し紅潮していた顔の頬が緩む。何とも言えぬいい顔になっていた。サポートしていた仲間たちから拍手が贈られる。さっきまで日陰であった頭上から陽が入った。

 全身で山と向き合い、スギの木と向き合う。大変だし緊張するし全力での作業は息も切れる…。でも、全身を貫くこの感動はすばらしい。素直にうれしいと思える。

 9月の3日間、受講者13人が泊まり込んで森林の基礎理論と人工林の保全についての講義を受け、林分調査の方法と評価も実習してきた。そして安全な間伐作業を豊田森林組合に所属する若手技術作業員の先生から学んだ。とよた森林学校「間伐ボランティア初級講座」だ。

 一か月後、二か月後にその復習としてフォローアップ講座が設定された。義務ではないが60%以上の参加率。サポートするスタッフはチーフとして恵比根(あすもり会)、そして袋(とよた旭七森会)、杉田(とよたやまびこの会)など森林ボランティア各団体のエキスパート。フィールドを提供してくださった七森会のメンバーの面々。それに森林学校事務局の山本・西川・長谷川。8人の受講者に7人のスタッフがサポートするきわめて丁寧な対応だ。

 「ますます魅せられた」「だいぶ慣れてきた。体力的にも。でも、ケガのないよう気をひきしめたい」「みんなで自主活動を続けよう」 新しい仲間の「胎動」が始まろうとしている。ご購読はコチラ.pdf

114. 第5回いなかとまちの文化祭

4面・山里NPO・写真右1.jpg4面・山里NPO・写真左.jpg 11月20日(日)の10時から16時まで、豊田市駅西側シティプラザ(T-FACE1階外)で第5回「いなかとまちの文化祭」が開催されます。

 舞台では10時からお笑い劇団「笑劇派」のオープニングと進行!最初は、山で働く若者の心が弾む森林組合バンド「岡森フォレスターズ」が会場を盛り上げます。次に軽快な音楽に合わせて巨大な筆で「書」を書きあげるパフォーマンス書道。昼前には大迫力の五反田(足助地区)の棒の手とお囃子。続いて心やさしい田舎の若者たちの山里合唱団「こだま」が登場します。

 12時半には「いなかとまちのシンポジウム」。街中のピッツェリアil・faroの林直人さんと足助に就農起業の田中徳さん、田舎で活躍の戸田友介さんが「いなかとまちがつながった!これでいいのだ」と語り合う。進行は開催実行委員長で矢作川研究所里山博士の洲崎燈子さん。

 昼からは地元アイドルStar☆Tの野良着ファションショー。そして自然派・暮らし派の若者たちに大人気ライブkaname&Thepeanuts、タートルアイランドの永山愛樹・竹舞のALKOD。午後3時すぎにはバリ・ガムランのスアラ・スクマ。見逃せません。

 「こころを耕すくらしのマルシェ」には、自然農や有機農で育てた野菜や加工品、自然な素材でできたお菓子や日用品などいっぱい。「森の体験ブース」では山の素材でつくるミニツリーなどのワークショップも楽しめます。温かいトン汁(農山村ネット旭地域会の地産地消)、山遊里のソーセージ、いとカフェ、矢作・森の女子会、矢森協、根羽村、無門福祉会、いのはな農園、耕ライフ、とよたエコライフ倶楽部、おいでんさんそんセンター等々。ご購読はコチラ.pdf

113.  すてきな市民森林観察リーダー誕生!

4面・山里NPO・写真.jpg 「木曾のな〜中乗りさん♪」と木曾節がひびく。とよた森林学校の「森林観察リーダー入門講座」の最終回(8回目)の模擬観察会では受講者自身がリーダーとなって樹木や森林、人工林保全を魅力的に意味深く伝えます。受講者でつくる森もり会からも参加者役できてもらいました。冒頭の木曾節は「木曾の銘木なんじゃらほい ヒノキにサワラ よいよいよい♪」と木曾五木を歌います。意外な演出に拍手喝采。

 旭高原「水源の森」市有林では「身近な森の様子」としてヤマウルシ、カラスザンショウ、アカメガシワなど先
駆植物や人里植物を実際に見、手作りの絵や解説パネルで説明。わかりやすく素敵な内容でした。ご年配の方が準備にかけた労力・時間…、頭が下がります。

 30代、40代、50代のメンバーは「人とのかかわり」として、アベマキがコルクの代用品に使われたこと、サクラの皮が工芸品に使われたことを実物で示しました。山里にある薬草センブリの説明ではセンブリ茶をみなさんに試飲してもらい、コウヤボウキ(二年生の落葉低木)の説明では実物をまえに、その名の由来である奈良期の宮中で使われた玉箒(コウヤボウキを束ねて作られた伝統的なもの)の実物素材の模型を作ってみせるなど感激の連続でした。きわめつけは万葉集からアセビの歌の披露…。

 春山の 馬酔木(あせび)の花の 悪しからぬ君には しゑや 寄そるとも(春山のアセビの花のように素敵なあなたとなら、ええそうよ、関係があると噂されてもいいわ)

 我が背子に 我が恋ふらくは 奥山の 馬酔木の花の 今盛りなり(あなたのことを、密かに思っている私の心は奥山に咲くアセビの花のように、真っ盛りなんです)
 豊田の森林への関心を高める市民リーダーが今年も10名誕生です。活躍を期待します。ご購読はコチラ.pdf

112. 子どもの農山村・自然体験! 「山っ子くらぶ」より

4面・山里npo・写真JPG.jpg 小学生が農山村・自然体験をするセカンドスクール夏休み版が市内5か所で実施されました。そのうちの一つ、旭地区の太田町では2泊3日の「山っ子くらぶ」を2回実施。その様子をアンケートから紹介します。

 子どもたちが印象に残ったことに挙げたのは、田舎でのお泊り、野草摘みと天丼、川遊び、スイカわり、魚つかみ、山や夜の散歩、ドラム缶のお風呂など。おいしかったと挙げたのは、ニョッキ!ししじる!薪で炊いた白いごはんと味噌しる(我が家ではワーストワンなのに…)、流しそうめん!やきそば!等々でした。

 親からみた子どもの変化としては、こんな返答がありました。「数日経ってからも『山っ子くらぶで…』と話題を出してきます。ふだんは自分から話をすることがあまりないので嬉しいです」「いまでも『夢の中へ♪』と楽しそうに歌ってます」「自主的に物事をやろうと思う気持ちがつきました」「相手を思いやるようになったみたいです」「ひとりで行動できることが増えました」「他の人に積極的になりました」「さらに明るく活発に一皮むけたと申しますか…」

 親からの意見も頂きました。「教科書で〝環境を守りましょう〟とか〝生物の多様性の重要性〟を学んでも、実体験がなければ子どもたちにとっては漠然とした内容なのではないか。日本の山村とはどういうものか体験し、その美しさや尊さ、自然への畏怖を学ぶことは、未来の資源(水や農業など)を守ることにつながると思います」「学校教育の中ではしばりが多いし、家庭では何のアクションもなしで頼れる場所だし…。普段の暮らし以外にも、自然と安心の中で、色々な子どもたちや大人の中で交流できる場所はとても貴重な機会なので必要です」。 熱い支持と声援。何より子どもの良い変化と成長。山っ子の若い担い手を励ます何よりの宝です。ご購読はコチラ.pdf

111. とよた森林学校の「協働」

4面・山里npo・写真.jpg とよた森林学校の「間伐ボランティア初級講座(2泊3日)」は15年続く老舗ともいうべき講座。まったくの素人が人工林の調査をして、安全にチェンソーを使って間伐していこうというものです。「山の赤ひげ先生」と言われている元信州大学教授の島﨑洋路先とお弟子さんたちが講師。内外から高い評価を受けました。

 昨年から、その「講師」陣を豊田森林組合で働く若い林業技術者で担なおうとチャレンジが始まりました。山の仕事ができることと、山の仕事を素人に教えることはまったく異なる質をもっています。そこで「指導者講習会」を昨年から設定、先生は藤原祥雄さん。藤原さんは早くから島﨑先生に弟子入りして理論と実践を学び、森林作業の現場で仕事をしながら、とよた森林学校をはじめ各地で山仕事のインストラクターとして実践と研究を積み重ね鍛え上げ、「森の共育研究所」を作りました。

 今年の「指導者講習会」は7月30日・31日の2日間。とても暑い日でした。6年、7年…10年と、山の仕事を毎日してきた若手4人が模擬講師、森林組合の新人職員3人が模擬生徒、スタッフの森林ボランティア4人、森林学校事務局が4人。立場の違う人たちが藤原先生を軸に学び合う空間を作り出していきます。

 「木を伐倒するとき、『受け口』のつくり方などには基準があります。なぜ45度なの?なぜ直径の3分の1なの?それは本当なの?」 自分で考えます。生徒、講師、スタッフ、事務局、それぞれの立場から疑問や提案がボンボン出ます。段取りや役割分担も議論になります。学びが深まり感動の声もあがります。

 立場の違う者同士で力を合わせ、まったく新しい力が生まれてきます。そんな意味を込めた「協働」を実感しました。すばらしい試みです。ご購読はコチラ.pdf

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山本薫久(やまもと・しげひさ)昭和29年名古屋市生まれ。平成9年に名古屋市小学校教諭を退職し、自然と向き合った等身大の暮らしをめざして豊田市桑田和町(足助地区)へIターン転居。現在、3反半の米作りを行っている。森林ボランティア、NPO法人「都市と農山村交流スローライフセンター(http://slowlife-c.com/)」代表、「矢作川水系森林ボランティア協議会(矢森協)」評議員、「とよた森づくり委員会」委員。