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ひと百話

ひと・写真.jpgひと・大写真.jpg5-HITO.jpg5ひと.jpg

豊田市自然愛護協会長  光岡金光さん 自然保護は100年後を見据えて 2013.03.01

3面・ひと・光岡金光.jpg 豊田市自然愛護協会の会長として市の環境審議会、生物多様性地域戦略専門委員会、ラムサール条約湿地保全連絡会、自然観察の森運営委員会など数多くの委員を務めている光岡金光さん(64)。研究者肌でなく、多くの自然愛好家や生きものに関わってきた経験から現場主義で発言している人だ。

 豊田市自然愛護協会は長年、市の環境行政と連携しながら自然環境の保護や市民啓蒙につとめてきた組織。市内の8つの自然愛護団体(植物・名木・地質・野鳥・昆虫・哺乳類・淡水魚・天然アユ)で構成されている。光岡さんの出身団体は「淡水魚類研究会」だ。

 もともとは中学校の技術家庭の教師で、小学校の校長も7年間務めた人。そんな光岡さんが自然保護の道へ入ったのは、恩師が続ける魚類調査を手伝い始めたのがきっかけだ。逢妻女川で遊び育った光岡さんにとっては得意分野だった。

 平成14年に淡水魚類研究会の会長となり、同時に自然愛護協会の理事となってからは、いろいろな動植物の話を聞く機会が増えた。それを現場で実際に見て、自分の知識にする楽しさが現在の活動の原動力になっているそうだ。

 光岡さんは自身のことを「専門家のような系統的な知識がないので、ある自然環境を全体の中でどう位置づけるか判断するのが苦手」と言う。そのうえで
「多くの自然愛好家と関わり、いろんな動植物を見てきたので現場主義で物を言える。それを専門家が位置づけてくれるとやり甲斐を感じます」とも話す。

 教育の仕事から完全に身を引いて1年。全体をじっくり考えるゆとりが出てきたそうだ。本来の淡水魚類の調査活動も充実し、新豊田市史のための調査もあるので暖かい時期は毎週のように川へ入っている。

 豊田市の環境行政について、光岡さんは「自然環境のことは目先で判断したり、すぐに成果を求めたりしてはいけないと思います。市民は色々な意見を言いますが、担当職員や上司は少し強引でも良いから、50年後、100年後を見据えて突き進んで欲しい。市民も費用対効果だけで批判するのでなく、ぜひ将来のことを考えてほしい」と話してくれた。ご購読はコチラ.pdf

みつおか・かねみつ 趣味は風景や野鳥の写真撮影、刀剣鑑賞、魚釣り。畑仕事や竹林整備も楽しみながらやっている。豊田市本新町在住。本地新田自治区副区長、逢妻コミュニティ会議企画副部長。

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剣道指導者  與儀美江子さん 子供剣士たちの指導育成に情熱 2013.02.01

2面・ひと・與儀美江子さん写.jpg豊田市剣道連盟が毎月2回ほど市武道館で開いている小・中学生選手の強化稽古で、講師6人の中の1人として指導している與儀美江子さん(45・花園町・6段)。地元の剣道クラブ「若園剣志会」の指導者でもあり、さらに新年度からは「ベル豊田幼稚園」でも園児たちに剣道を教えることになっている。子供剣士の育成指導に情熱を傾けている女性だ。

 子どもたちへの技術指導で與儀さんが心掛けているのは、技を見せてあげること。與儀さんにとって苦手な技であっても、口で説明するだけでなく、自ら練習を繰り返して実際に見せるよう努力している。そうやって見せた技を、才能ある子が簡単にやってのける驚きも楽しいそうだ。「子供と共に学んで成長できるのでとても面白い」「出来ない子の気持ちの方がよく分かるかな…」と話す與儀さん。指導者にむいているのだろう。

 剣道は武道。しつけ的な指導も與儀さんは大切にしている。重視しているのは「整理整頓」「返事」「挨拶」の三つだ。ただ子どもはこれら全てを一度には身につけられないので、一つずつ、じっくり時間をかけてしつけるよう心掛けているそうだ。今月は剣道の着装に多く使われる「結び」を教えているところだという。

 また子どもの集中力が続くように、稽古では〝くぎり〟を大切にしている。10歳以下の子にはいろいろな運動をさせることも心掛けてもいるそうだ今月は剣道の着装に多く使われる「結び」を教えているところだという。

 また子どもの集中力が続くように、稽古では〝くぎり〟を大切にしている。10歳以下の子にはいろいろな運動をさせることも心掛けてもいるそうだ。

 子どもの剣道指導や連盟の役員仕事で忙しいほか、與儀さんは高齢者を地域で支えるボランティア活動のリーダーも務めている。7段昇進にむけた自身のための稽古時間が足りないのが悩みだが、「立場もふくめて全てを剣道に生かしたい」と前向きだ。

 今では小学3年生の息子さんも剣道をやっており「お母さんみたいに頑張る」と言ってくれるそう。與儀さんは「ですから剣道には特に背筋を伸ばして取り組まないといけませんね」と話してくれた。

 豊田市剣道連盟はこの2月に創立50周年を迎える。24日には記念の剣道祭を開催し、3月には名誉会長の林邦夫さん(範士8段)による講演会も計画しているそうだ。ご購読はコチラ.pdf

よぎ・みえこ 岐阜県坂祝町出身。高校時代に剣道を始め、天理大学体育学部でも剣道部に所属した。結婚で豊田市民に。二児を出産後、32歳で本格的に剣道を再開した。昨年の愛知県強化選手。

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子ども会議サポーター  山内裕雅さん 子どもの立場から豊田市を考える 2013.01.10

10日号・人・山内くんJPG.jpg 豊田市宮町の大学生山内裕雅さんは、子ども会議サポーターを務めている。「子ども会議」とは、豊田市が子どもにやさしいまちづくりを進めるため、子どもの意見を聞くことを目的に設置した組織。市のまちづくりについて調査・研究をしている子ども委員が活動内容を発表する。その活動や発表を支えるのがサポーターだ。

 山内さんは中学から高校まで子ども委員として活動してきた。子どもを取り巻く社会環境や問題を子どもの目線で市政へ提言できることに魅力を感じたからだ。活動のなかで最も印象に残っているのは、中学3年だった平成19年に「子ども市議会」が開催され、議場で当時の鈴木公平市長に意見を述べたこと。内容は地域での防災・防犯活動についてだった。後日、市長が「子どもにずっと見つめられてしゃべるのはドキドキした」と感想をもらしていたことを市職員から聞かされ、市長の意外な一面が見られ面白かったという。同年に制定された「子ども条例」の出来上がるまでのプロセスを、市職員や他の中高校生らと一緒に取り組んでもきた。

 大学生となりサポーターの立場から子ども会議を見ると、子ども委員時代には気づかなかった面がみえてきた。委員によって活動への取り組みに対する温度差があることや、低年齢の子ども同士が集まる話が進まず意見がまとまらないこと、大人と子どもの意思の疎通が難しいことなどだ。子ども条例の必要性や子どもが好きだという気持ちだけで会を運営していくことは難しいとも感じた。会をスムーズに進行させていくには豊富な経験や技が必要であることにも気づいたという。

 昨年7月に20歳になった山内さんは、「子どもの頃は、20歳ってすごい大人だなと思ってましたが、自分がなってみると小さな存在に思えます」と語る。昨年11月には、名古屋市内の大学で開かれた「子どもの権利条約フォーラム」で実行委員も務めた。各団体の発表を聞くとともに、人脈が広がったことも大きな喜びになったそうだ。20歳を境に社会の一員として認められたことも感じつつ、出来る限り子ども会議サポーターを続けていきたいという。ご購読はコチラ.pdf

やまうち・ひろまさ 豊田市宮町在住。平成4年7月生まれ、名古屋大学法学部2年。将来の夢は検察官だが、これまでの知識や経験を活かせれる職業も視野に入れているそうだ。すきな言葉は「正義」と「秩序」。

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元中学校教師 中西ふじよさん  月50件の悩みに真剣に向き合う  2012.12.07

ひと・中西さんJPG.jpg 豊田市上原町に住む元中学校教師の中西ふじよさん(52)が、イジメや不登校などに悩む親子の相談に応える「Office☆Fujiyo」を10月に立ち上げた。現在、中西さんに寄せられる相談は県内外から月50件以上あるそうだ。

 中西さんは28年間の教師時代に、子どもや親が抱える様々な悩みや問題に寄り添ってきた。生徒指導主事として親子の悩みを解決しようと市の専門機関にも足を運んだ。そうした活動の中で、学校と各機関、各機関同士の連携がうまく取れていないと感じた。苦しんでいる親子を救おうと考える職員や専門スタッフはいるものの、専門分野から一歩離れると別の機関を紹介する流れになっていたからだ。また、学校から紹介された機関に行った親のなかに、何年も問題解決の糸口がつかめぬまま過ごしてきた人がいることや、子どもがイジメや親からの虐待の相談を教師へ持ちかけても対応がまちまちであることを知った。自身も学校内でイジメ問題などに取り組むなかで、教師間の温度差を感じた。苦しんでいる子どもや親を救うには学校組織の一教師という立場では現状を変えることは出来ないと思い、学校を退職。市政から教育現場などを見直そうと、平成23年の市議選に出馬したこともあった。

 中西さんへの相談は初回無料。直接会って話すときは1対1で、じっくり相談者の話に耳を傾ける。その後同じ悩みを抱える親たちを集めた食事会なども開く。最近増えている相談は、障がいを持っている子の親が抱えている将来への不安。中西さんはそのような親たちの子育てや教育アドバイザーとして、豊田市民活動センターで「とよたっ子塾」を毎月曜に開催している。また市内の小児科医でソーシャルワーカーとしても活動。今月には、これまでの活動や思い書いた『中西ふじよの生徒目線』を自費出版した。

 中西さんは「出会った子どもや親とは一生付き合っていきたいですね。これからも一人でも私を必要としてくれる人と出会えたらうれしい」と語る。今後は積極的に講演会を行い、将来的には障がいをもつ人たちの就労場所をつくりたいと考えているそうだ。問い合わせは中西さん(090・1780・2259)へ。ご購読はコチラ.pdf

なかにし・ふじよ 名古屋市出身。28年間中学校教師として務め、退職。一人でも多くの子どもたちや保護者が笑顔でくらすことのできる豊田市を目指し、市民グループ「With★とよたっ子」の会長を務める。

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演奏家 寺本みなみ・みずほさん  姉妹ならではの一体感ある演奏  2012.11.02

3面ひと・寺本デュオ写真.jpg田市高橋地区上野町の国際的演奏家デュオの寺本みなみさん(ピアノ)・みずほさん(ヴァイオリン)姉妹が、8年近い欧州での演奏活動を経て帰国した。今後は豊田市を拠点に活動を続けるという。


 幼少の頃より姉妹で演奏する楽しみを経験していた二人は、渡欧を機にデュオを結成。イタリアではヴァレリア・マルティナ国際コンクール室内楽部門で1位を受賞し、フランスではジョイントコンサートやバレエダンサーとの共演など多岐に渡り活躍し、好評を得てきた。国内においても優秀な成績を収める実力派で、今年度の市文化振興財団表彰では「文化新人賞」を受賞した。 


 母親がピアノ講師であることで幼少より〝音〟のある環境に育った2人。音楽への意識が高まり出したのは高校生時代だ。みなみさんが欧州で本格的に音楽の勉強がしたいと渡英すると、みずほさんも姉の影響を受け海外へ渡った。

 欧州で感じたのは、音楽が民衆にとって常に身近であることや、演奏家の考え方が日本とは違うこと。オーケストラの合同練習は少なく、冗談の飛び交うリラックスした雰囲気の中で行われていたので、最初は戸惑いもあった。本番で見せる集中力や迫力ある演奏にも驚いたという。

 お互いが良き相談相手でパートナーという姉妹は、海外生活があったからこそ、ふるさとである豊田市への思いが募ったという。地元からの励ましについても「私たちを大きく支えてくれました」と振り返る。10月末に母校の市立高橋中学校でコンサートを行ったのはその恩がえしだ。

 2人はふるさとへ感謝を込め、12月9日14時から市コンサートホールで「デュオリサイタル」を開催する。曲目はフランスの作曲家ドビュッシーの作品「喜びの島」、「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」を含む7曲。

「姉妹ならではの一体感ある演奏を多くの人に聴いてもらえたら」と話す。チケットは市コンサートホールなどで発売中。2千円。問合せは同リサイタル実行委員会(☎80・1376)へ。ご購読はコチラ.pdf


寺本みなみさん(31)・みずほさん(28)姉妹。みなみさんは県立豊田西高校、県立芸術大学卒業後2003年渡英。みずほさんは名古屋市立菊里高校音楽科卒業後2003年渡仏し、仏国立リール音楽院に在籍した。

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オカリナ製作 黒野宏通さん  いぶし銀のオカリナに全国から注文  2012.10.05

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 オカリナ・ギター奏者として知られる豊田市寺部町4の黒野宏通さん(60)が近年、オカリナの製作者として本格的に活動している。演奏者ならではのこだわりの作りと、購入したお客さんへのアフターフォローが人気の秘訣だ。最近では〝いぶし銀〟色に焼き上げたオカリナを完成させ、全国各地から注文が寄せられている。


 オカリナは焼き物。黒野さんは陶芸用の土を型に入れて整形し、上下のパーツを貼り合わせて、磨き上げてから電気窯で焼いている。乾燥時間も含めて1週間ほどかかる作業だ。毎日4本は仕込むが、焼き上げてみて売り物にできるのは3分の1ほどだという。

 焼き上がったオカリナは白色だが、これを更にオガクズで燻し焼きにすることで、いぶし銀の美しいオカリナが誕生する。


黒野さんは演奏家らしく、焼き上がり後におこなう音の微調整にこだわっている。自分の吹き方(テクニック)で音を調整してしまわないよう、音階を表示する機器も使いながら慎重に穴の大きさを調整していく。

 昨年売れたオカリナは300本以上。その半数がインターネットでの注文だ。ネット販売ではその1本だけが客に渡るため、それが客にあわず気に入って貰えなければ評判が落ちてしまう恐さがある。黒野さんは音が気に入らなければすぐに返品してもらい、また、壊れたときの修理や交換にも積極的に対応している。そうした姿勢や音へのこだわりで信頼をつかみ、全国各地から注文が来るようになった。オカリナ教室の先生から50本まとめて注文を受けることもあるそうだ。
 黒野さんは自身の演奏会用に面白いオカリナの製作にも取り組んでいる。手の不自由な人に依頼されて片手オカリナを作った経験を生かして、左右2つの片手オカリナを合体させた〝一人二重奏〟用も開発した。吹けるようになるまで練習を1年間も重ね、演奏会で客を驚かせている。

 いぶし銀のオカリナの価格は、売れ筋のアルトCやソプラノFが2万1千円。お問い合せはオカリナ工房ヒロミチ(☎80・9339)へ。ご購読はコチラ.pdf

くろの・ひろみち 1980年に黒野ギター教室を始める。1989年オカリナ制作を始める。アルバムは「風の旅人」「それぞれの四季」「風にのって」。毎月1回程のペースで演奏会も開催している。

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豊田市消防団長 杉本寛文さん   女性団員の入団を新たな風に  2012.09.06

5-ひと.jpg火事や風水害などの災害時、地域の安全のために一番に出動する消防団。そんな豊田市の地域の守り手たちをまとめているのが団長の杉本寛文さん。みよし市の明知町でブドウ農園を営みながら、地域の安全・安心を見つめる人だ。

 消防団は、自営業やサラリーマンなど、本業を持つ一般市民らでつくる団体。豊田市の消防団は県下一の規模を誇っており、団員は救命救急の講習会や消火ポンプの繰法訓練、合同訓練などを通して様々な技能・知識を身につける。団員の肩書きは非常勤の市職員だが、報酬はごくわずか。地域の安全のために進んで活動している人たちばかりだ。


 しかし、近年は全国的に団員数が減少しており、豊田市内でも若手団員の育成に苦労する分団が多く出てきた。杉本さんはその理由を「職場や家庭、訓練の厳しさなど様々な理由があると思いますが、一番は消防団に対する関心の低さ」と話す。5-ひと・小写真.jpg

 出初式やポンプ繰法大会などを除くと消防団の日頃の活動が地域住民の目に触れる機会は少なく、どのように地域に関わっているかを知らない人も多いため、活動への理解がなかなか得られない。団員も地域イベントの警備係をするなど積極的なコミュニケーションをとるようにしているものの、上手くPRにつながらなかった。


 昨年、東日本大震災が起こって以降は地域単位での防災が頻繁に叫ばれるようになった。危機意識を持って消防団に災害時の相談をする住民も増えているそうで、今年4月には男性団員と同じ訓練を行う初めての女性団員が入団した。地域との交流が深い女性が入団したことで、広報活動にも大きな追い風となりそうだ。

 また若者だけでなく、子育てを終えた年代への団員募集も積極的に行っているそう。地域に顔がある人には避難誘導係をお願いするなど、適材適所の人材配置も進んでいる。

 杉本さんは「まずは地道な活動を続け、消防団がどんな団体なのか、地域住民に関心を持ってもらうことがスタート。そこから幅広い年代・性別をとりこみ、以前の若い男だけでない、新しい消防団の形をつくれたら」と、語ってくれた。ご購読はコチラ.pdf

すぎもと・ひろふみ 53歳。本新町在住。妻、子どもとみよし市でブドウ農園を営む。消防団へ入団したのは29歳の時。地元竜神地区の少年サッカーチーム代表なども務めるが、趣味はもっぱら消防団。

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イベント音楽プロデューサー 竹内正美さん    僕は小原の出過ぎた杭になろう  2012.08.03

5面ひと・竹内正美さん・写真.jpgミュージシャンやテレビキャスターをはじめ多彩な経歴を持ち、豊田おいでんまつりを企画したイベント・音楽プロデューサーでもある竹内正美さん(61)。豊田市小原地区が持つ独特の空気に惹かれ、乙ヶ林町の古民家へ移り住んで4年目になる。

 竹内さんが小原に惹かれたのは市町村合併の前。仕事で東西加茂郡の各町村をまわっていた時、小原を訪れると気持ちがとても和んだそうだ。地形や歴史背景からきているであろう独特の文化や字の結束、草屋根の古民家や混交林がたくさん残る風景など、ブータン王国にも似た和みを小原に感じたという。

 移り住んで始めたスローライフは、草刈りなど何かと忙しい毎日だったが、4年目に入り生活にも慣れてきた。

 もともと「地域をよくしたい」という気持ちが人一倍強い竹内さんのこと。生活が軌道にのると、ここでの隠居的な暮らしを通して、小原のため、都市の若者たちのために出来ることを考え始めた。その可能性を感じるために開催したのが、7月21日のアフリカ音楽ライブだ=先週既報=。自宅を開放して100人を集め、庭で5面ひと・小写真.jpg大音響のライブを開けるのは山間の田舎ならでは。風景もふくめ、田舎の良さを生かしたお祭りのようなライブだった。

 ライブを終えた竹内さんは「都市の若者たちに田舎のすごさを知って貰えたのはとても意味がある。彼らが『田舎暮らしっていいなぁ』と思ったら、それも選択肢の一つです。僕は選択肢を増やしてあげたい」「日本は都市化して管理されてきましたが、田舎ならば本当の祭りができる。それができた時、田舎に人が戻ってくると思う」と、手応えを感じたようだ。実際に今、小原らしいおもしろい祭りを企画中だ。 竹内さんは最後に、こうも話してくれた。

 「字の結束が小原のゆったりとした空気を作っています。その反面、若い人が戻りたがらない。小原の良さを残しながら人が住み着くことを考えないといけないのだと思います。田舎でしか出来ないことをどう形づくるかです。田舎って新しい事を始めてはいけない雰囲気がありますよね。僕はよそ者の強みを生かして、小原の〝出過ぎた杭〟になろうと思っています」ご購読はコチラ.pdf

たけうち・まさみ 1951年生。名古屋市出身。名古屋テレビの元キャスター。音楽・イベントプロデューサー。豊田おいでんまつり企画。至学館大学非常勤講師。小原地区乙ヶ林町在住。

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おいでん実行委員会踊り部会長 本多勝幸さん   商店街の視点からおいでん見つめる  2012.07.06

5-ひと.jpg田市駅前一帯を踊り連や花火で彩る夏の一大行事「おいでん祭り」が、今月末の28㈯・29日㈰の2日間で開催される。

 そのおいでんまつりを運営する実行委員会のなかで、会場の演出企画など、踊りに関する大部分を担当するのが踊り部会長の本多勝幸さん。元城町のホンダ薬局社長で、周辺の商店でつくる一番街商店街理事長を現在まで14年間務めるなど、多くのイベントや地域の役職に就く人物だ。


 今年のおいでんまつりファイナルの踊り会場のエリアは、従来の駅前通りに加え、それと交差する竹生線にも拡大されることが決まっている。会場の拡大を受け本多さんが強調しているのが、まち・踊り手・観客3者の一体感。おいでんは豊田市の名物イベントとして毎年多くの人が訪れるが、会場となる地元住民や商店の一部には冷めた目でイベントを見ている人もいる。場所を貸すことに文句はないが当日は騒がしいので外出している、という話もしばしば耳に入る。5面ひと下.jpg

 本多さんが目指すのは、このような参加者とまちの〝温度差〟をなくすこと。踊り手だけでなく商店が祭りを積極的に後押しすることで観客を巻き込み、まち全体をおいでん一色にしていこうという考えだ。


 その取り組みの一つとして本多さんが提案するのが、飲食店での「プレおいでんメニュー」の提供。早めに会場に来た観客や踊り手が、イベント開始にあわせて食べられる特別メニューを考案し提供しようというもので、会場内の人の回遊(=商店の利益)も同時にねらっている。 そのほか、観客が腰を下ろして踊りを見物できるスタンド席の設置など、商店街の理事長としての視点から、観客や踊り手が少しでも長く商店街に滞在する工夫を語る。今年すぐには実現が難しいかも知れないが、これが一般化すれば商店街の熱意も高まるかも知れない。

 おいでんへの想いを聞くと「踊り部会長を何年できるかは分かりませんが、まずは商店街の人がおいでんを楽しめる環境をつくりたい。そして全ての人でおいでんを盛り上げていくことができれば」と、冷静な口調のなかに、確かな熱意が感じられる言葉を語ってくれた。ご購読はコチラ.pdf


ほんだ・かつゆき 51歳。ブレない考えと独自の発想で信頼を集める一番街商店街理事長。おいでん踊り部会長のほか、駅前イルミネーションの実行委員長も務める。

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足助地域会議委員 河合友理さん    最年少の地域会議委員わくわく事業を初審査  2012.06.01

5面・ひと・河合さん縦写真JP.jpg域の課題に取り組み、自信と誇りが持てる地域づくりを目指す地域会議。豊田市内27カ所にある中で、最年少で委員を務めているのが足助地区地域会議の河合友理さん(28・白倉町)だ。 河合さんが地域会議委員の存在を知ったのは、委員によって若者の意見を聞く場が設けられたとき。その後、足助支所の職員に声を掛けられて今年度から委員を務めることになった。

 当初は「私なんかでいいのか」と思ったものの、これも何かの縁だと思い、有り難く引き受けることにした。他の委員より若いということで斬新な意見を求められることもあるが、年長者の方がアンテナが高く、経験も豊富なので、年齢は関係ないのではないかと思うそうだ。 

 河合さんは高校時代から紙漉に興味があり、愛知教育大学の生涯教育課程で4年間工芸を勉強。在学中に沖縄県の芭蕉紙に興味を持ち、更に沖縄県立芸術大学で院生として2年間紙漉を学んだ。沖縄での生活では、人々が伝統文化を引き継ぎ、土地に根付いた暮らしをしていることを知った。それがきっかけで、ふるさと足助への思いが募り、足助特有の手仕事に興味がわき、足助へUターンした。5面・ひと・河合さん横写真.jpg

 帰郷後は三州足助屋敷に就職。仕事は事務から接客まで多岐に渡った。そんな中で、年長者の職員が足助の昔の生活や文化について来場者に語ったとき、自分は足助に生まれたのに足助について何も知らないことに気づいた。また、自分の周りを改めて見つめ返し、自分の幼少時と風景が変わっていることにも気づいた。荒れている畑、伸び放題の竹林。「幼いときに目にした自分の風景を取り戻したい」という思いに「時間の使い方を考え直したい」という思いも重なり、足助屋敷を退職した。今は本屋でパート社員として働いている。

 5月20日、地区のわくわく事業公開審査会に地域会議委員として初めて出席。11団体のプレゼンを聞き、多くの人達が地元について考えていることを知った。プレゼンでは書類だけでは分からない個々の思いが伝わってきた。と同時に、補助金対象者をシビアに審査しなくてはならない立場であることの責任の重大さを実感したそうだ。

 河合さんは「足助の魅力を自信を持って伝えられるように、委員としても活性化に取り組んでいきたい」と語ってくれた。ご購読はコチラ.pdf



かわい・ゆり 1984年生。佐切小学校卒。父母・祖父の4人暮らし。わくわく事業「あすけ聞き書き隊」のメンバーとして、足助の歴史や慣習などを年長者に聞き、記録に残す活動も行っている。畑仕事とバイクが趣味。

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ジャズヴァイオリニスト 藤 深智さん  ジャズ巨匠のトリオへ加入日本訪れ凱旋コンサート中  2012.05.11

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 「特に大きな理由はなく、幼い頃に兄の後を追い習い始めたのがヴァイオリンとの出会い」

 そう話すのはアメリカ在住のジャズ・ヴァイオリニスト藤深智さん。現在、3年ぶりに帰国し、親交のある日本人ミュージシャンと凱旋コンサートを開いている。今日11日は岡崎市のリブラホールで、12日には豊田市小坂本町のジャズ・バーKEYBOARDでスタンダード曲などの演奏を行う。

 藤さんは豊田市松平志賀町の長慶寺に生まれ、学生時代までを日本で過ごした。子どもの頃からヴァイオリンに触れていたものの、高校卒業までは「趣味の一つ」程度の気持ちで取り組み、惰性で続けているような状態だったという。

 しかし、県立芸術大学への進学をきっかけに音楽の道を目指すことを決意。在学中に徐々にジャズの魅力に引き込まれた。卒業後は、本場のジャズ文化を体感して経験につなげようと単身アメリカへ。ニュースクール大学へ入学し、ジャズに没頭する日々を送った。5面ひと下.jpg

 そして昨年、ニュースクール大学卒業と同時に以前より親交のあったジャズ界の巨匠が率いる「ジュニア・マンストリオ」のヴァイオリニストに抜擢。新たな音楽活動を開始し、現在では週1回の定期コンサートに出演するほか、ヨーロッパなど世界各地をまわって公演を行っている。

 ヴァイオリニストとしての生活を尋ねると「生活が音楽を中心にまわっている感覚。友人もミュージシャンが多くて刺激をもらえるし、好きなときに音楽が聴け、好きなときに音楽が演奏できる。どこかに行きたいとも思わないくらい、毎日がとても充実しています」と答える藤さん。アメリカではジャズハウスなど専門の施設以外でも自由に演奏する人が多く、藤さん自身もセントラルパークなどの公園で練習を兼ねたストリートライブをたびたび開催しているそうだ。

 藤さんにジャズの魅力を聞くと「自分なりに聴けばいい。誰でも自由に聴けるのが大きな魅力だと思います。今回のコンサートも少しでも多くの人に良い音だと感じてもらえるように、精一杯頑張ります」と、コンサートの抱負とあわせ笑顔で答えてくれた。ご購読はコチラ.pdf

ふじ・みち 豊田市松平志賀町出身。幼少の頃よりヴァイオリンに親しみ、愛知県立芸大卒業後に渡米。本場のジャズを学ぶ。現在はジュニア・マンストリオの一員として音楽活動に取り組んでいる。

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三河の伝統釣技に驚き 小澤聡・剛さん兄弟                    2012.04.06

全国優勝あわせて17回
ひと・写真.jpg全国各地の河川で開催されているアユ釣り競技会の世界で、いま最強と言われているのが、豊田市河合町の小澤聡さん(46)・剛さん(41)兄弟だ。
 おかしな方向に向かっていた競技会の世界に風穴をあけ、アユ釣りが持つ本来の楽しさを全国の釣り人に思い出させてくれた2人でもある。

 釣り具メーカーが主催する全国規模のアユ釣り競技会は5大会ほどある。兄の聡さんはシマノ社の開発テスターを務めているため出場する競技会は多くないがそれでも全国優勝は4回。弟の剛さんは各メーカーの競技会に出場しており、13回も全国制覇を成し遂げた。決勝戦で兄弟対決をしたこともある。

 兄の聡さんがアユ釣りを始めたのは中学2年の時。同級生の釣り仲間に誘われて矢作川の高橋付近で竿を出し、たちまち虜に。高校生になると初めてのアルバイトで遊漁券を買い、夏の間に20日ほど川へ通ったという。そのお兄さんの影響で剛さんがアユ釣りを始めたのは高校2年の時。こちらもすぐ虜になって、高校3年の夏休みは巴川へ毎日通ったそうだ。

 2人とも20歳代前半で競技会に興味を持ち、研究熱心なこともあってメキメキ上達。弟の剛さんは26歳の時、兄の聡さんは35歳の時に初めて全国優勝した。

 兄弟そろって急激に腕を上げたのは、矢作川や巴川で地元の名人と呼ばれている漁師たちの伝統の釣りを見て習い、独自に理論づけてからだ。その釣技で競技会を勝ちまくり、あらためて三河の伝統釣技のレベルの高さに驚いたという。

 当時、競技会の世界では小型アユをたくさん釣るテクニック論が繰り広げられ、それをメディアがはやし立てた影響で、普通の釣り人までもが小難しいテクニックに執着していた。早い流れの瀬で良い型のアユを釣るという本来の楽しさが忘れられた妙な時代だった。楽しくないためか若者が離れていった。

 小澤兄弟は「アユ釣りはもっと単純で楽しいもの。伝統の釣り方を全国で再認識して貰おう」と考え、多くの人に耳を傾けて貰うため、意地になって競技会で頂点を目指したという。伝統の釣りから学んで独自に理論づけた釣技を隠すことなく公表しているのも、そういう思いからだ。 その活躍の影響はとても大きく、5年ほど前から全国の川で、瀬でアユ釣りをする人が増えてきた。聡さんも剛さんも「今のアユ釣りの傾向なら若い人たちにも楽しいと思って貰えるはず」と嬉しそうだ。

 今後の目標について聞くと「講習会などで、感覚的なコツと楽しさを上手に説明できるようになりたいですね」と話してくれた。聡さんは年間30〜40日ほど、剛さんもその半分ほどは全国各地の講習会に招かれているそう。アユ釣りシーズン前のこの時期から既に忙しそうだ。ご購読はコチラ.pdf



兄弟とも豊田市立前山小学校・豊南中学校出身。聡さんは松平高校、剛さんは豊野高校卒業。日ごろは矢作川・巴川・長良川で釣っている。釣行回数は2人とも年間約100日。

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学校の盲導犬募金 林 宗弘さん  募金の使われ方を子供の見える形に       2012.03.02

福祉活動が子どもの心育てる
ひと・大写真.jpg豊田市立井上小学校の児童が続けている盲導犬募金活動が、今年で20周年を迎えた。住民やPTAが積極応援する地域柄もあって、盲導犬協会へ贈った子犬の数はこれまでに40頭にもなる。先週行われた20周年式典には、この伝統活動を始めた林宗弘教諭(57・現在は寿恵野小学校)も招かれた。

 林さんが新任教師として赴いたのは、旧東加茂郡の旭町立浅野中学校。肢体不自由児の施設との交流が盛んな学校だった。ここで林さんは福祉活動を教育の柱の一つにすべきと思うようになったそうだ。

 井上小学校へ赴任したのは30歳代半ばの時。学校の近くに福祉村があるため福祉活動が盛んな校風だった。缶ジュースのプルトップ(蓋)を集めると車いすを貰えるという〝噂〟を信じた収集活動も行われていた。林さんはこの活動を上手く生かしつつ、幼い児童にも分かりやすい形にしたいと考えたそうだ。そこで思いついたのが、募金や空き缶集めで盲導犬の子犬を買って盲導犬協会へ贈る活動だ。子犬の値段は15万円。募金箱を商店などに置かせてもらい、地元の理解も広がっていった。年度末、ようやく購入できた子犬を目にした児童たちの表情をみて、林さんは「車いすでなく、子犬を贈る」という発想に間違いは無かったと確信できたそうだ。ひと・小写真.jpg

 前林小学校に赴任中にも同様の活動を始めた。このとき贈った子犬「サフィー」は、後年、盲導犬として活躍中に交通事故で亡くなった。それを知った林さんは、20歳代半ばになっていた当時の教え子たちに声をかけてユーザーに会いに行ったそうだ。大人になった教え子たちがサフィーのために泣く姿を見て、あらためて、福祉活動は子供の心を育てるのだと思ったそうだ。現在の寿恵野小学校でも同様に、介助犬の子犬を贈る活動を広めている。

 林さんは学校ビオトープづくりでも、本質的な考え方で児童たちを引っ張ってきた。前任の上鷹見小学校でも、現在の寿恵野小学校でも、矢作川〜三河湾の水のつながりの中の一部分であることを意識しながら、児童たちと一緒にビオトープを創ってきた。この取り組みは幾つもの賞を受けており、今年度は全国学校ビオトープコンクールで環境大臣賞を受賞している。ご購読はコチラ.pdf


はやし・むねひろ 足助地区篭林町出身。巴川で遊び育った。歴史好きだったことから教員に。趣味はマイナー映画の鑑賞と旅行だが、最近は忙しく時間がとれないそうだ。五ヶ丘在住。

【新見克也】
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パブリカスタッフ 石川佳世さん   ブログや瓦版で豊田の情報発信        2012.02.03

地元の魅力に目を向けてほしい
5-HITO.jpg 豊田市駅前通りにある中心市街地まちづくり活動センター。「パブリカ」の呼称で市民に親しまれるこの施設で、開設当初からスタッフとして働くのが石川佳世さんだ。

 石川さんは豊田市上郷地区永覚町の生まれ。豊田東高校卒業後に自動車ディーラーへ就職したが、やりがいを見いだせずにすぐ退職。知り合いの紹介で岡崎市のアパレル企業に就職し、25年ほど働いた。しかしそのアパレル企業も若者〜中年齢層をターゲットにした商品を扱っていたため、自身の年齢を考えて42歳のときに退職した。

 次の職を探しにハローワークに通うなかで目にとまったのがパブリカの求人だった。当時は仕事も遊びも拠点となるのは岡崎で、実際住んでいても豊田市のことをほとんど知らなかったという石川さん。まさにゼロからのスタートだったが、「誰かのためになる仕事をしたい」という想いから応募を決断。今ではパブリカの仕事を通して四季折々のとよたの魅力を学び、発信している。

 パブリカの業務内容は一般・団体への会議場の貸し出しと、市内のイベント情報などを掲載する月刊のカレンダー「瓦版」や、ブログの作成など。そのほか、駅前の道案内や、ちょっとした休憩所としても利用ができる。ブログの題材探しのときにはゴミ袋を片手に豊田中心市街地を歩き廻り、会議の時には様々な団体と顔を合わせるため、幅広い年代・職種の人と関わりを持つ機会がある。

 石川さんは「パブリカに入るまで〝まちづくり〟というものは役所の仕事だと思っていたけど、情熱を持った多くの地元の人たちと出会うことができた」と笑顔を見せる。今まで経験できなかった個性ある人とのつながりが一番の勉強になるそうだ。

 豊田市近隣には岡崎市のような歴史ある商業都市や、名古屋市のような大都市があるため、「どうせ豊田だから」と地元の魅力に目を向けようとしない市民も少なくない。石川さんは「この仕事の一番のやりがいは〝とよたの魅力〟を知り、発信できること。以前の私のような、このまちの魅力を知らない人に少しでもステキな豊田市を教えてあげられたらうれしいです」と話してくれた。ご購読はコチラ.pdf


いしかわ・かよ 45歳。豊田市永覚町。自動車・アパレル業を経て2年前からパブリカのスタッフに。地元の魅力発信に努める。    

【川原良介】
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Star☆T 堀いく子さん   豊田ご当地アイドル最年長41歳の人気者      2012.01.09

豊田のまちを元気にしたい!
5ひと.jpg 昨年12月18日に豊田スタジアムで開催された地域振興イベント「ハイブリッドフェスタ」で、豊田市発のご当地アイドルユニット「Star☆T」が結成後初めてのステージライブを行った。10代の女性を中心につくられるStar☆Tのなかに41歳という年齢で飛び込み、アイドルとして活動しているのが「いっこ」こと、堀いく子さんだ。

 猿投地区の建具屋の末っ子として生まれたいっこさんは、松田聖子や中森明菜らが登場したアイドル全盛期に子ども時代を過ごした。積極的な性格で、アイドルを目指しオーディションに出たいと懇願するも、両親に止められる日々を送っていたという。

 そんな中、初めて舞台の上に立ったのが25歳。市役所に務める兄が担当していた「豊田市民創作劇場10-アイドル下.jpg」に参加したときだった。演技の経験は全くなかったが「映画やドラマを見ていると、自分が演じている気になってしまうような人間なので、実際に観客の前に立って演技をすることが本当に気持ちよかった」と当時の思いを笑顔で話す。

 その後は、市民劇団ドラマスタジオに6年ほど在籍。今回Star☆Tをプロデュースした自主映画製作団体M.I.F.のオーディションを受け映画に出演するなど、役者としての楽しみを見いだしていった。

 M.I.F.からアイドルオーディションの話を聞いたときは、子ども時代からのあこがれと生まれもっての積極性も手伝い即参加を決断。しかし「正直、本当に合格してアイドル活動をすることになるとは」と驚きの表情も見せる。 実際、若者に比べると自分はダンスができず覚えも悪いといういっこさん。しかし人の前に立つ以上は半端なことはしたくないと、若者の10倍の練習をするつもりでレッスンに取り組んでいるという。役者と違い息を合わせることが重要なダンスで、ぴったりと動きがあったときはうれしさと達成感がこみ上げてきたそうだ。

 いっこさんはアイドルとしての生活を「学びっぱなしの毎日」と話す。Star☆Tについて聞くと「私たち舞台に立つ人間は、期待されるからこそがんばれる。豊田のまちを元気にできるよう暖かい目で見守ってください」と笑顔で答えてくれた。ご購読はコチラ.pdf


ほり・いくこ 41歳。元城町在住。子供の頃からアイドルに憧れ、昨年末、ご当地アイドルStar☆Tのメンバーとしてデビュー。趣味は映画・ドラマ鑑賞。

【川原良介】
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豊田市自然愛護協会長
光岡金光さん
剣道指導者
與儀美江子さん
子供会議サポーター
山内裕雅さん
元中学校教師
中西ふじよさん
演奏家 
寺本みなみ・みずほさん
オカリナ製作
黒野宏通さん
豊田市消防団長
杉本寛文さん
イベント音楽プロデューサー 
竹内正美さん
おいでん実行委員会踊り部会長 
本多勝幸さん
足助地域会議委員 
河合友理さん
ジャズヴァイオリニスト
藤 深智さん
三河の伝統釣技に驚き 
小澤聡・剛さん兄弟
学校の盲導犬募金 
林 宗弘さん
パブリカスタッフ 
石川佳世さん
Star☆T
堀いく子さん