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2015.12.18   全国の河川漁協の約60%が赤字

 滋賀県水産課と、滋賀県河川漁業協同組合連合会に招かれ、先週「魅力ある漁場づくり検討会」に参加してきた。河川の水産振興を考えるシンポジウムだ。こうしたものに県が予算付けするのは全国的に珍しいそうである。同県でも初開催だった。

 会場には河川漁連の傘下の18漁協が集まっていた。ほとんどが琵琶湖へ流入する河川だ。

 ちなみに、琵琶湖で魚や貝を捕っている漁協は河川漁連には名を連ねていない。法律上、海面漁業なのだ。

 全国各地の河川漁協と同様に、滋賀県の河川漁協も高齢化と赤字に悩んでいた。こうなると独自発想の取組ができない。だから、こうしたシンポを開いたのだろう。

 いま全国の河川漁協の約60%が赤字と言われる。解散する漁協も出始めた。レジャー多様化も原因だが、最大の原因はアユが釣れないことだ。恐ろしいことに、アユ釣り師全体の中で30歳以下の割合は1%に満たないという。お先真っ暗だ。

 経済主義の観点でいえば河川漁協は役割を終えつつあるのだろう。ただ〝河川環境の監視役〟という公的な使命がある。市民に健全なレジャーや生きがいを提供する使命もある。

 こう考えると、河川漁協は姿を変えねばならない。はてさて、どう変わるべきか…。ご購読はコチラ.pdf

2015.12.11   「WE LOVE 矢作川」みたいなPRも必要だね

 矢作川に関する市民活動をいろいろとしてきたが、最近、自分の中ですこし考え方が変わってきた。

 これまでは「矢作川の魅力や楽しさを多くの市民に知ってもらいたい」 「もっと矢作川に関心をもってほしい」という気持ちだけでやってきた。川を見守る人が居なくなるのが一番怖いからだ。

 この気持ちは変わらないのだが、どうも最近、土俵の上で手招きしているだけのような気がしてきたのだ。土俵をおりて市民の関心をひく活動もしなくちゃいけない…。そう思い始めた。

 そのことを確信したのは先月、豊田市の「あそべるとよたDAYS」に応募し、豊田都心に矢作川水族館を出展したときだ。ものすごく多くの親子が遊びに来てくれ、カルチャーショックのような衝撃をうけた。川の生きものに関心がある市民は少なくないのだ。

 さらに確信が強まったのは先日、正月号用の取材で太田稔彦市長にインタビューした時だ時だ。市長は川や山で行われている活動について、こんな内容の話をしてくれた。

 「関係者の中での情報共有はすごく地道にやられていますが、そこを飛び越えて幅広く情報発信していく動きがあまり見られませんね」「専門家同士は十分に分かっているけれど、共感の輪を広げるには情報発信の工夫が要ると思います。今のままでは分かりづらいですよ」

 う〜ん、そのとおりだ。恥ずかしがらずに「WE LOVE 矢作川」みたいな、ベタなPR活動も始めなくては。ご購読はコチラ.pdf

2015.11.27   新東名の岡崎SAにとよたん本舗が出店

来年2月に豊田東ジャンクションまで開通する新東名高速道路の岡崎SAに、三河の農産品ショップ「MIKAWA・FOREST」=三河フォレスト=がオープンする。豊田をはじめとする三河の農畜産物の加工品を中心に、「採れたて野菜のスティックケーキ」「五平餅のダックワーズ」「豊田の抹茶どら焼き」など農業発想のオリジナル土産品も販売するそうだ。対面調理のテイクアウトメニューで、三州豚・高原コーチン・あつみ牛・奥三河鶏などの炭火焼きも販売するという。

 運営するのは「㈱とよたん本舗」。豊田市大林町の「㈱フードセンターいたくら」と、若手農家でつくる「夢農人とよた」が連携して立ち上げた商品開発の会社だ。営業マネージャーはいたくらの板倉昌英さん、代表は夢農人とよた前副会長の大橋鋭誌さん(大橋園芸)が務める。同じく夢農人とよた前会長の鋤柄雄一さん(トヨタファーム)と、会員の新美智成さん(池ヶ平牧場)も取締役だ。店舗デザインも含めてトータルで地域ブランド化するため、豊田市日之出町の㈱小野デザイン事務所とも連携している。農業の未来に希望を見出せる環境をつくり、県内全体の農業生産の活性化につなげたいという大きな目標を掲げての出店だ。

 岡崎SAの場所は豊田東ジャンクションから新東名高速へ入ってすぐ。上下線集約型で、東海3県で最大規模のSAになるという。一般道路からもアクセス可能になる。2月の開通が楽しみだ。ご購読はコチラ.pdf

2015.11.20   一色うなぎ漁協が矢作川でPR放流

 この時季、アユだけでなくウナギも産卵のために川を下る。2000㎞も離れたマリアナ諸島沖の産卵場へ向かうためだ。この「下りウナギ」は体を海水に馴らすため、しばらく汽水域にとどまるらしい。

 この下りウナギを乱獲から守るため、鹿児島、熊本、宮崎、高知などの主要な養鰻県では、10月以降、ウナギ成魚の捕獲を禁止した。ニホンウナギが激減し、絶滅危惧種に指定された今となっては当然のことだろう。

 ところが、養鰻が全国トップクラスに盛んな愛知県では、自粛を呼び掛けるだけで、捕獲禁止には至っていない。矢作川の河口域では漁師でない人たちが下りウナギを乱獲しているそうだ。愛知県の水産行政の腰はどっしりと重い。

 この状況を何とか変えようと、西尾市(旧一色町)の養鰻業者でつくる「一色うなぎ漁業協同組合」が先々週5日、矢作川の中流域でウナギの放流を行った。下りウナギ保護の必要性を県民や水産行政に呼び掛けるPR作戦の一環だ。豊田市立西広瀬小の児童や透成こども園の園児にも放流させたので=4面写真記事=、テレビニュースや新聞で見た人もいるだろう。矢作川漁協も趣旨に賛同して協力した。

 子どもたちのウナギ放流は微笑ましい光景だった。ただ、大人の世界の思惑に子どもを利用しているわけなので、どこか気が晴れない。せめて、なぜウナギを放流するのか詳しく教えたいものだが、大人の世界も、ウナギの生態も複雑すぎるんだよな…。ご購読はコチラ.pdf

2015.11.13    今週末15日に狩猟解禁

 今週末11月15日に愛知県内の狩猟が解禁する。来年2月15日までの3カ月間が狩猟期間だ。ハンターがお互いの誤射を防ぐためオレンジベストを着用しているように、野山を歩く時はできるだけ明るく目立つ服を着るようにしよう。

 私もハンターの端くれの一人だ。狩猟というものは成功=殺生なので、少なからず気の重い部分もある。それでも私が毎年続けているのは、自分が自然界の仲間入りをしたような気持ちになれるからだ。飛び道具を使うのだから、自然界の仲間入りなんて嘘っぱちなのだが、そういう気持ちになれるのは確かだ。

 もう5年以上も前のことだが、矢作川でカモ猟をしていた時に大感激したことがある(以前書いた気もするが…)。

 河畔林にもぐり込み、対岸近くの岩の上で休んでいるカルガモを空気銃のスコープに捕らえて、強風が止む瞬間を待っていた時のことだ。突然、レンズの向こうで水しぶきが上がった。樹上でじっと狙っていたオオタカが襲いかかり、そのカルガモの背中を鷲づかみにした瞬間だった。獲物が重すぎて飛び立てず、岸に向かって引きずるように懸命に羽ばたいている。その一部始終をスコープで観察することができた。

 オオタカと私が、同じ瞬間に、同じ獲物を狙っていたなんて…。興奮と同時に、なんともいえない嬉しさがこみ上げてきた。こんなことがあるのだから、自然界の仲間入りをしたような気持ちになっても仕方ないでしょ。ご購読はコチラ.pdf

2015.11.06 豊田都心の大型店おもてなしの心は   貞島容子

 豊田市中心市街地の大型5店(松坂屋・T-FACE・GAZA・メグリアセントレ・名鉄豊田プラザ)が10月24日〜11月3日、合同で「おもてなしコンテスト」を開催していた。今回で2回目だ。

 同コンテストは、客を気持ちよく迎える体制やスキルを向上させていこうというもの。スタッフの笑顔と印象、言葉遣い、店舗・売場の雰囲気の3項目を、客が4段階で評価して審査用紙に記入する方式だ。対象は300売場、2500人。スタッフは専用のバッジをつけて接客に当たっていた。コメント欄に書かれた声は全ての売場に戻されるそうだ。

 昨年も同コンテストに関心を持ち各店や売場をまわってきた。気になったのは食料品を扱う人たちだ。長い髪を束ねず調理をする女性や、出来上がった食品をしゃべりながら陳列するスタッフ。少し気にし過ぎかな、とも思ったが、しっかりしている売場もちゃんとあった。昨年の優勝店舗はT-FACE・B館9階の懐石料理「梅の花」だった。

 コンテスト期間中ではないが、とても嬉しいおもてなしがあった。小袋を4〜5つ持ちながら買い物をしていたら、「袋を1つにまとめましょうか」「雨が降っているので、袋の上からビニールをかけさせていただきますね」と言ってくれた松坂屋1階のある食品売場の女性スタッフの心配りだ。

 今回の審査の結果発表は12月17日予定。松坂屋の食品売場のあの店は上位に入るかな。ご購読はコチラ.pdf

2015.10.30 秋晴れゴルフ場でウォーキング満喫   貞島容子 

 秋空の下ゴルフ場を会場にしたチャリティーウォーキングが18日に開かれたので友達5人と参加した。会場となったのは豊田市高岡地区のアイシン高丘㈱の工場敷地内にあるゴルフ場。主催したのは同地区の公益財団法人あすてで、今回が2回目だ。

 ゴルフ場をイベントでウォーキングできる気軽さもいいし、1組千円の参加費が中国内モンゴル自治区での植林活動に全額寄付されるというのもいい。ただ歩くだけでなく、ゴルフ場内での植物探しや虫探し、靴ばし、パターゴルフなど、子どもから大人まで楽しめるゲームも企画されていた。このほか、自動車部品や社名の由来などアイシングループ企業に関するクイズも。社員がボランティアとして参加していたので、クイズの答えについて丁寧な説明も聞かせてもらえた。部品の現物を持たせてもらえたのも面白かった。

 ウォーキング後の昼食には、炊き込みご飯が配られた。あすて理事長の豊田彬子さんもご飯をおわんによそいながら「お疲れさま」と、参加者に声かけ。芝生の上でほおばりながらの友人とのおしゃべりに、心も体もリフレッシュ。最後には豊田産の米や梨が当たる抽選会もあった。

 十分満足できるイベントなのに、主催者側から「なかなか参加者が集まらなかったんですよ」との声も。イベントを開催するのに告知がとても大切だと改めて知った。次回はチラシに工夫を凝らし、参加者増を目指すという。多くの人にこのイベントを知ってもらえたらいいな。ご購読はコチラ.pdf

2015.10.23 都心の屋台で飲むビールは愉快だね

 挙母祭り試楽(初日)の午後、豊田都心で山車を曳き回す「五町曳き」を見に行ってきた。大村秀章県知事も訪れており、神明町の山車の上に乗せてもらって上機嫌だった。

 そんな様子をながめる私もかなり上機嫌。参合館前の広場に週末だけ仮設されている屋外バーでビールを飲んだので、ほろ酔いだ。

 この屋外バーは、豊田市都市整備部が中心になって10月9日〜11月7日の約1ヵ月間実施している「あそべるとよたプロジェクト」の一つ。店主は市外の若者で、こういう店をやりたくて週末だけ出店しているそうだ。隣には平芝町のメキシコ料理店ロシータの出張屋台も出ていたし、ペデストリアンデッキ上には期間中常設の屋外カフェ&バーもある。

 屋台の前に置かれた椅子に座り、山車や通行人をながめながら飲むビールはなかなか愉快だ。通行人は珍しそうに屋台を見ていく。

 二杯目。ますます愉快になってきた。ただ、ちょっぴり罪悪感もあるから不思議だ。昼間っから路上で飲むことに慣れていないからだろうか。店主も「やっぱり昼間はアルコール類を飲んでくれる人が少ないですねぇ」と苦笑いしていた。豊田は真面目な人が多いのか、それとも、こういう店に慣れていないだけなのか…。

 何にせよ、都心にこういう屋台があると、ビルの谷間がイキイキして見える。プロジェクトの期間終了後も何らかの形で続けて欲しいものだ。ご購読はコチラ.pdf

2015.10.16 豊田都心でスタートあそべるとよたDAYS

 豊田都心のまちなか広場を市民のアイデアで使って貰おうという市都市整備部の試み「あそべるとよたDAYS」が9日から始まった。11月7日までの1ヵ月間に31プログラムが行われる。

 私も11月1日に「矢作川水族館」の仲間と、シティプラザへ軽トラ水族館を出展する。ふだん川に興味の無い市民にも来て欲しいので、展示だけでなく体験的なこともやろうと思っている。おもいっきり目立つように、矢作川のアユ釣り船も展示しちゃおうか。

 矢作川水族館にはこれまでユニフォーム的なものが無かったのだが、イベント時にはやはりスタッフを識別しやすい方がいい。いろいろ考えてユニフォーム代わりにお揃いの「帆前掛け」を作ることにした。酒屋さんなどが着けている紺色のアレだ。水族館の設置は意外に汚れる力仕事だし、屋号入りで制作すれば看板にもなる。

 どうせなら紛い物でなく、少々高くても本物が欲しい。インターネットでいろいろと調べて岩手県の染工場を選んだ。三河木綿でできた厚手の布を使い、昔ながらの技法で染めあげてくれるようだ。三河木綿というのも嬉しいじゃないか。オーダー制作は完成までに早くて2週間。ギリギリの注文だったが当日までに何とか間に合わせてくれるそうだ。

 肝心の魚はまだ捕り集めていないが、これは今から2週間が勝負。あまり早く集めても弱ってしまうので短期決戦だ。目標は20種以上。矢作川の実力をご覧あれ!ご購読はコチラ.pdf

2015.10.09 なかなか人気の雑魚料理コーナー

 スタジアム前の豊田大橋下で先週末、「矢作川感謝祭」が開催された。私もスタッフの一人だ。

 担当したのは雑魚料理コーナーの焼き師。シラハエ(オイカワ)を中心にいろいろな種類の小魚を数百ピキ焼いた。味付けは生姜醤油に少々のニンニクとみりん。素焼きした小魚にぬり、かるく炙ったら出来上がりだ。これがなかなか美味い。

 小魚は前もって捕り集め冷凍保存しておいたが、当日、同時開催した「矢作川さかな釣り大会」の釣果も次々と持ち込まれる。その場で内臓を処理して串を打つので大忙しだ。

 珍しさもあっていろいろな人が話しかけてくれるし、私の解説に驚いてもくれる。そのうえ焼き上がった小魚を食べて「こりゃ美味しいね〜」と言ってくれるから、とても愉快だ。

 こうした会話や小魚の意外な美味しさを通して多くの人に矢作川の実力を知って貰い、川への関心を高めるのが、雑魚料理コーナーのねらいだ。「矢作川感謝祭」と「さかな釣り大会」のお題目である。

 同じねらいで、軽トラック水族館をつくり、市民に矢作川の魚を見せることもあるが、やはり〝食〟があると関心度が違うようだ。会話のはずみ方が違う。

 今年も少なからず手応えがあったので、来年は雑魚料理コーナーをもう少し充実したくなってきた。あまり手間のかかることは出来ないけれど、甘露煮や南蛮漬けくらいならやれるかな。ご購読はコチラ.pdf

2015.10.02 挙母祭りの山車にGPS位置情報

 10月といえばお祭りシーズン。伝統行事なので目新しいことは少ないのだが、挙母祭りでおもしろい取組がある。8台の山車にGPS装置を取り付け、観光客がスマートフォン等を使って山車の位置情報を得られるようにするそうだ。役立つのは初日の試楽だろう。

 下町(都心部)では、午後になれば5台の山車が連なって曳き回されるので、都心をうろうろ歩いていれば山車に出会える。まあ、位置情報は無くとも何とかなる。

 上町(樹木地区)3町の山車を観ようと思うとそうはいかない。3台が広いエリアを移動していくので、山車が今どこで曳かれているのかサッパリ分からなくなるのだ。きっとGPSによる位置情報は役立つと思う。来週には挙母祭りホームページで使用方法が発表されるそうだ。

 さて、観光客やカメラマンに人気の挙母祭りだが、市外の人に自信を持ってお薦めできるかと言うと、そうでもない。見苦しさも目立つのだ。

 山車の雄姿や心に響くお囃子は何度みても素晴らしい。ただ残念なことに感動できる時間が短
い。若い衆が吹き鳴らす突撃ラッパにかき消されてしまうのだ。振り回される大旗も雰囲気を台無しにする。あの突撃ラッパと大旗が無かったら、どれほど素敵な祭りだろう。いつもそう思う。

 なぜ各町の若い衆たちは、いつまで経っても、あんな馬鹿げたことを正せないのだろうか。そんな疑問も含めて、挙母祭り保存会のお二人にインタビューした。ご購読はコチラ.pdf

2015.09.25  「山里の未来に」と竹テントづくり    貞島容子

 山里の美しい景観と豊かな暮らしを創り出そうと、竹を使ってテントをつくる「バンブーテント製作委員会」が、今月、豊田市旭地区で動き出した。

 これは、市企画政策部が行った「ミライのフツー・チャレンジコンテスト」で入賞した企画。市おいでん・さんそんセンターの職員が中心となって行っている。コンテストの取材でプレゼンを聞いていたので、実際につくるところを見たくなった。

 テントづくりの講座は16・17日の2日間、旭地区の笹戸会館で地元の竹を使って開かれた。講師を務めていたのは千葉県のNPO法人トージバの3人。受講者は女性や若者も含め10人ほどだった。2日目の午後に私が訪れた時には、テントの骨組みがほぼ組みあがっていた。竹の組みつけには金属製のジョイントを多く使っており、想像していたより頑丈そうだ。

 おいでん・さんそんセンターの男性職員が「理屈はシンプルだけど、細工やサイズ合わせが結構細かいね」と、汗をぬぐいながら教えてくれた。2日間受講すると講師になれるということだったが、厳しい表情で「1回教わったぐらいでは覚えられない…」とも話していた。

 竹テントが普及して竹の活用が増えれば、山里の景観づくりにも繋がっていくはず。ただ、つくる側の労力や協力者、保管場所、安全性などを考えると、そう簡単なことではないようだ。まずは豊田市民が竹テントについて認識し、使ってみることから広まっていけばいいかな。ご購読はコチラ.pdf

2015.09.18  「菊石」浦野酒造が感謝の試飲イベント

 豊田の地酒「菊石」の浦野酒造が、今週末19日(土)・20日(日)に試飲イベント的な特別販売会を開く。7月の火災で事務所を焼失したあと支えてくれた菊石ファンや取り扱い店に感謝しようと、急遽企画したものだ。

 仮設事務所を訪れた時に見せてもらった物がある。菊石の取り扱い店やファンクラブ等々から贈られたというメッセージボードだ。多くの寄せ書きや写真で飾られた心のこもった応援だった。代表社員の武内純子さんは「みなさんのこうした応援が本当にありがたかったんですよ…」と、しみじみ語ってくれた。

 今回の試飲販売イベントは、そうした応援へのお礼の気持ちで開くもの。「まだ落ち着いていないけれど、とにかくやろう」と開催を決めたそうだ。取材時には細かい内容までは決まっていなかったが、純子さんは「ゆっくり楽しんで頂けるよう庭にベンチ等を置きますので、秋のハイキング気分でおいで下さい」と話していた。

 この時季のお薦めは、今回のイベントでも試飲できる「菊石ひやおろし本醸造」。冬に造り、ひと夏ねかして、やわらかな旨味が出ている酒だ。ラベルのデザインも秋の気分を高めてくれる。杜氏の新井康裕さんがお薦めする呑み方は常温か、ぬる燗。「きのこや秋刀魚などと合わせて秋を感じてください」と話してくれた。

 その晩さっそく秋刀魚を焼いて、ひやおろしをちびり…。ほんと、日本人でよかったわ。ご購読はコチラ.pdf

2015.09.11  ビルの谷間で軽トラ水族館

 先日ある読者から「法務局の前を流れる水路に、バイカモによく似た水草が花を咲かしているよ」という電話を頂いた。録音で聞いたので詳しいことは分からない。とにかく見に行くことにした。合同庁舎前の水路というと安永川の支川の初陣川だろう。バイカモ(梅花藻)は清流に生える水草だから、都心に生えていたら嬉しいニュースだ。

 現場に着いて川を覗くと、残念ながらバイカモではなかった。流れの中で可愛らしい花を咲かせていたのはカナダモ。矢作川にも近年はびこっている外来植物だ。

 間違いではあったけれど、このように、ふと水中の生きものに関心や疑問を持って電話してきてくれるのは嬉しい。そんな市民が増えれば、河川環境はもっともっと良くなるはずだ。

 そのような市民を増やしたい気持ちで私も加わっている市民グループ「矢作川水族館」が11月1日に、豊田都心で軽トラ水族館を展示することになった。まちなか広場の使い方を市民に提案して貰おうという市都市整備部の企画イベント「あそべるとよたDAYS」に応募しての出展だ。私たちはT-FACE前シティプラザを使わせて貰うことになった。

 軽トラ水族館で見せるのは矢作川の本流・支流で捕り集めたいろんな種類の魚たちだ。これまでは川イベントを中心に出展してきたが、ビルの谷間で出した方がおもしろそうだし、多くの市民親子に見て貰える。先日釣った86センチの大ウナギも展示しようかな♪ご購読はコチラ.pdf

2015.09.04  ジャスコ豊田店の思い出ばなし

 40年間にわたって豊田市民に親しまれてきた「イオン豊田店」が先月末で閉店した=2面に詳細=。ここでは親しみを込めて「ジャスコ」と呼ぼう。どうも「イオン」では親しみがわかない。

 閉店セレモニーを見ながら、私は小学生時代を思い出していた。開店から数年以内のことだったと思うが、ジャスコの駐車場でスーパーカーの展示イベントがあり、憧れのランボルギーニやフェラーリをどうしても見たくて、連れて行ってもらったのだ。あのとき間近で見た黄色のランボルギーニ・カウンタックは今でも脳裏に焼き付いている。

 セレモニーの最後に挨拶した河内元雄店長は、お客さんから聞いたという、こんな思い出ばなしを語ってくれた。

 ──ある20代の女性は子どものころ連れてきて貰うのがもの凄く楽しみだったそうです。また40代の男性は高校時代にここでよくデートをしたそうです。奥さんもここでつかまえたそうですよ。この店で従業員をしていた70代の女性は、退職された今でも毎週通ってくれています。40年の間に色んな思い出、色んなストーリーが作られたことを実感しました──

 店長の話を聞いて、今度は高校生時代のことを思い出した。豊田北高校へ自転車で通っていた当時、同じく自転車で通学していた彼女と、学校帰りによくジャスコでデートしたものだ。その彼女は後に、ジャスコの衣料品店でアルバイトもしていた。あれから30年…。今じゃ私の嫁さんだ。

2015.08.28  稲武の帰農者滞在施設利用者が交流    貞島容子

 豊田市稲武地区の野入町と夏焼町にある「帰農者滞在施設」の利用者13人が市農林漁家高齢者センターで22日、自分で収穫した夏野菜を持ち寄ってバーベキューをしながら交流会を行った。地元の世話人2人と、稲武支所の職員も参加していた。

 帰農者滞在施設は建物付きの市民農園で、週末などに滞在して農作業を楽しみながら稲武の暮らしを体験するもの。都市と山村との交流促進や遊休農地の有効活用による山村の活性化を目的に10年ほど前に建てられた。野入町に5戸、夏焼町に7戸あり、年間利用料は28万円ほどだ。

 交流会では「実際に食べなきゃ取材にならんでしょ」と声をかけられ、ミニトマトをぱくり。思わず「甘い!」と声に出た。茎のついた葉ショウガや、蒸した黒ニンニクなども食べさせてもらったがどれも美味しい。夏焼町の施設を利用している同市上郷地区の女性が「同じ苗を植えても稲武で採れたトマトの方が甘いのよ」と教えてくれた。540メートルの標高が野菜づくりに大きく関わっていることも市の職員が教えてくれた。

 現在、12戸ある同施設はすべて埋まっている。美味しい野菜がつくれるようになった人、稲武の住民と交流が深まった人が多く、1年間の利用期間を更新(最長5年)する人が多いそうだ。

 交流会で話題にあがっていたのが、5年後の稲武での滞在先について。空き家の利用を希望する人もいたため、市職員は今年度中に空き家紹介ツアーを行うと話していた。ご購読はコチラ.pdf

2015.08.21  豊田市の図書館を閉館後に遊覧    貞島容子

 約114万冊の蔵書数を誇る豊田市中央図書館。普段は見ることの出来ない閉館後の館内を、図書館職員が案内してくれる遊覧ツアーが8日午後6時から開催されると聞き、参加してみた。

 案内してくれたのは3階から7階までの各コーナー。3階の障がい者コーナーには点字図書や録音資料、大活字本があること、4階には約5万8千冊の冊数を誇る「自動車資料コーナー」があることなどを職員が説明していた。自動車に関するコーナーが設けられていることに、車のまち「豊田」を感じた。

 特に興味深かったのが、普段は入室できない6階の貴重本図書室だ。24時間温度調整がされている室内には、糊を使わず糸で綴じてある「和装本」や、巻物状の資料・掛け軸などが保管されている。貴重書として見せてもらったのが、明治時代の「舌切り雀」の絵本と、江戸時代後期の文人画家・中林竹洞の画集「融斎畫譜」の2冊。絵や文字が墨でかかれているのに劣化しておらず、とても美しい状態で見ることができた。これには本当に驚いた。温度調整のほか、書籍の置き方にも注意を払って保管しているそうだ。

 これまで自分の関心のあるコーナーしか利用してこなかったが、このツアーを機に他のコーナーにも興味がわいてきた。いま、とても気になっているのが3階の本多文庫コーナーだ。来春平戸橋町の本多静雄邸が「民芸の森」として一般公開されることもあり、本多氏について学んでみたいと思っているご購読はコチラ.pdf

2015.08.07  足助の「竹灯り」をつくった若者たち    貞島容子

 足助の夏の観光と言えば、夜の「たんころりん」を思い浮かべる人が多いだろう。15年前から続けられている、足助のふるい町並みを照らす行灯イベントだ。

 今夏から、この「たんころりん」に肩を並べる新しい灯りも加わった。地元の若者たちがより多くの観光客に足を運んでもらおうと知恵を出しあい完成させた「新しいあかり」だ。竹筒にあけたスリット状の穴からもれる放射線状の優しい灯りは、たんころりんとは違った趣がある。いま、訪れる観光客に名称を募集しているところだ。

 この竹灯りをつくった「麺の会」のメンバーは、20〜40歳代の男性10人。地元の消防団や野球チームの仲間たちだ。代表の河合徳人さんは地元の木材協同組合に勤めている。

 竹灯りをつくるのには約1ヶ月を要したそう。夏の竹は水分が多いため、焼いて乾燥させ、アクをぬいてから製作に入った。竹筒から漏れる灯りが地面に美しく映るよう試行錯誤を繰り返し、商工会や観光協会の人にも意見・協力を仰ぎながら1000個以上つくったという。

 河合徳人さんは「これだけのことができたのは良い仲間がいたからです。都市部への若者の流出を止められない現状もありますが、地元地域を盛り上げようと、夢中でがんばっている独身男性もいるんですよ」

 「そんな男性に魅力を感じて、足助へ来てくれる女性が増えたら嬉しいですね」と話してくれた。ご購読はコチラ.pdf

2015.07.31  まちなかの広場に矢作川水族館

 豊田市都市整備課が今年10月〜11月の1ヵ月間、豊田市駅周辺で「あそべるとよたプロジェクト」という実験事業を開催する。〝まちなかの広場〟にどのように使い方があるのか、市民提案で試してみようとイベントだ。豊田都心の再整備にむけた試みだろう。

 〝まちなかの広場〟とは参合館前、コモスクエア前、ペデストリアンデッキ等々の開けたスペースのことだ。今回は全9カ所が対象となっている。現状ではイベント時に使われている程度だが、市民が使いやすい仕組みをつくって開放すれば、週末ごとに魅力的な賑わいが生まれるかも知れない。

 先週22日に説明会があったので私も聞きに行ってきた。取材というより、愉快そうであれば仲間と一緒に「矢作川水族館」を出展してみようという腹づもりだ。

 説明は少々ぼやけていた。悪い意味でなく、市民の自由な発想を引き出すため、型にはめ込むことを避けているようだ。何でも管理したがる市役所にしては懐の広そうな印象を受けた

「矢作川水族館」は、矢作川の魅力や実力を市民に知って貰おうという市民グループだ。精力的に活動しているわけではないが、軽トラックの荷台を使った移動水族館をイベント会場などに出展している。展示する魚は矢作川の本流・支流で捕り集めてくるものだ。

 ビルの谷間に軽トラ水族館を置くことを想像したら、だんだん愉快な気持ちになってきた。よし、申し込んでみよう。ご購読はコチラ.pdf

2015.07.24  上郷SAオープン豊田土産あるかな

 東名高速道路下り線の「上郷サービスエリア」が先週17日にグランド・オープンした。一般道からも出入りできるSAなので取材のついでに立ち寄ってみた。

 目玉施設は高速道路では初という室内型こども遊園地だ。小学2年生以下が対象で、周辺地域の親子の利用も視野に入れているらしい。ただ料金が30分につき300円で保護者も200円要る。日常的に通える施設ではなさそうだ。

 みやげもの売場はすでに4月に先行オープンしていたらしい。どんな豊田みやげを置いているだろうか。 店内に入り、真っ先に目につく場所に積まれているのは名古屋名物の「ういろう」だった。振り返ってレジの横をみると伊勢名物の「赤福」。まあ仕方ない。

 次に目立つ場所に列んでいたのは、「うなぎパイ」と「安倍川もち」。ここは静岡かっ!。

 もちろん三河みやげもあった。西尾の抹茶菓子もあったし、蒲郡のみかん菓子もあった。でも、地元の豊田みやげが見つからない。店内をまわるうちに、だんだん不愉快になってきた。

 さんざん探して、ようやく下山地区の「どて煮」を見つけたが、手羽先煮と一緒に列んでいたことから察するに、豊田みやげという扱いではないのだろう。

 そもそも立ち寄る客の多くが、「上郷SA」が豊田にあるとは認識していないかも知れない。そういう前提の品揃えに思えた。「豊田上郷SA」に改名する運動が必要だぞ。ご購読はコチラ.pdf

2015.07.17  涼しかった梅雨生物への影響は?

 まだ我が家の周囲では聞いていないが、すでに豊田市内でもアブラゼミが鳴いているようだ。上郷地区では12日頃に鳴き始めたらしい。

 今年の梅雨はやけに涼しかったので「蝉の初鳴きは遅いだろうなぁ…」と思っていたのだが、そうではないようだ。名古屋地方気象台の「生物季節観測」によると、アブラゼミの今年の初鳴きは7月8日で、平年より5日早かったそう。全国的にみても今年のアブラゼミの初鳴きは早かったらしい。まったくの想像だが、5月の気温がずいぶん高かったので、それが地中の温度に影響したのかな。

 ちなみに名古屋地方気象台の観測で最も早かった初鳴きは7月2日(1963年)。最も遅かったのは7月26日(1966年)だという。早い方も遅い方も50年ほど前の記録だ。地球温暖化なんて地中の生きものには大きな影響がないのか?話は変わるが、梅雨がやけに涼しかった影響は、私の夜釣りの釣果にあらわれた。中流域ではなかなか水温が上昇傾向にならず、20℃前後で上がったり下がったりと安定しないので、ウナギの活性が上がらなかったのだ。ダムの放流水の影響もあったと思う。

 ウナギの水温変化に対する敏感さは別格だが、他の多くの魚にとっても急激な水温変化は大きなストレスになっているはずだ。ダムだらけの矢作川では水温変化も自然河川とは違う。そのことを人間が気づかってやらなきゃいけないな。ご購読はコチラ.pdf

2015.07.10  農業・林業・おいでん週末のいろいろ取材

 仕事柄、週末は時間に追われるように取材して回ることが多い。先週の土曜日もあちこち回った。

 午前中は下山地区の田んぼへ。豊田農協が「赤とんぼ」の大群復活を目標に、環境保全型の米作りに取り組んでいる試験圃場だ=4面に詳細=。この日は一般参加の市民親子による簡易の生物調査。参加者100人に対してスタッフが約60人もおり、農協がどれほど力を入れている事業かよく分かった。

 夜釣りに使うドバミミズを150ピキほど採りながら足助地区へ移動し、午後からは、木材の地産地消についての講演会=2面に詳細記事=。市が誘致している大型製材工場がどんな役割を果たそうとしているのか聞けたし、矢作川流域の林業が産業として動き始めようとしていることを実感できた。

 夕方からは「猿投おいでん夏まつり」へ。出場する踊り連の数も、屋台の数も多く、マイタウンおいでん15会場の中で最大規模の会場だ。2年連続の雨天決行だったが、おかまいなしの大盛況だった。会場が我が家の目の前なのでビール片手に楽しみ、実行委員を務めている同級生の苦労話も聞かせてもらった。実行委員会が高齢化してきたので、若返りが課題のようだ。

 おもしろいと言っては失礼だが、この日、取材に回った3カ所すべての会場で市産業部長の原田裕保さんにお会いした。農業・林業・おいでんまつり…。そういえばすべて産業部の仕事だ。部下も連れずにお疲れさまです。ご購読はコチラ.pdf

2015.07.03  ウナギもアユも本気で保護しない愛知県

 産卵のための長旅に出る前、河口域に一旦あつまる親ウナギを保護しようと、一色うなぎ漁業協同組合が様々な方面に理解を求めている=4面記事=。

 目先のウナギ保護策としては「①シラスウナギ(稚魚)採捕量の抑制」と「②産卵前の親ウナギの保護」の2つが挙げられる。「鶏が先か、卵が先か…」みたいな話だが、どちらも保護しなければならない緊急事態だ。それだけウナギの資源量は減っている。

 ①のシラスウナギ保護については既に採捕期間を若干短縮しており、また今秋からは養鰻の池入れ量も若干制限される。どちらも本気の資源保護とは言えないレベルではあるが、資源保護の方向には向いている。

 ②の親ウナギ保護については県によって対応がまちまちだ。秋に親ウナギを捕ることを禁止した県もあるし、漁獲された親ウナギを買い上げて放流することにした県もあるようだ。

 わが愛知県はどうか。「親ウナギ漁獲の自粛」の呼びかけは全国に先駆けて行ったものの、そこで止まってしまい漁獲規制には踏み込みたがらない。天然アユの保護でも愛知県は産卵期の漁獲規制を設けたがらない。不思議な県だ。

 さて、中流域での実効性あるウナギ保護策をこれまで見出せなかった矢作川漁協だが、河口域での親ウナギ保護に賛同して動くのは悪くないと思う。上・中流のヤナに落ちる親ウナギを買い上げて河口域へ放流するのもいい。市民の川離れにつながらない良い保護策を考えよう。ご購読はコチラ.pdf

2015.06.26  六所神社農村舞台で芸能と蛍を見る 貞島容子

 豊田市松平地区の六所神社農村舞台で、地元住民による初の芸能発表があると聞き訪れた=上段に写真記事=。以前にも訪れたことのある場所だが6月は初めて。山間の風景もひとつの演出効果としている同農村舞台は、季節ごとに楽しめることを改めて教えてくれた。

 同舞台で披露された演奏や踊りは、地元で長年受け継がれてきたもの。舞台の裏側が大きな窓のように切り抜かれているので、そこから見える風景が一枚の絵のように感じられる。その借景をバックに演奏や踊りが披露されたのだ。

 踊りを見ていた年配の女性たちから「いまは踊る人が6人しかおらんだね。もう一度踊ろうと思っても体がうまく動かんわ」などの話し声が聞こえてきた。配られたおでんを切り分けて、子どもの口に運ぶ母親の姿もあった。

 舞台の保存活動を行っている吉木座会会長の河合孝行さん(50)は農村舞台を維持管理していく苦労話をしながらも、「ここの舞台を活用し、多くの人が訪れる場所にしていきたい」と話してくれた。

 芸能発表が終わり辺りが暗くなり出したころ、蛍鑑賞会への案内があった。蛍は農村舞台の裏側を流れる宮口川周辺で見られる。川の土手沿いには無数の竹灯ろうが列べられており、地元住民はその灯りを頼りに土道を歩き、蛍を愛でていた。

 自治区長の中根道善さんが「ここで見られる蛍は天然の蛍ですよ」と誇らしげに話してくれたのが、心に響いた。ご購読はコチラ.pdf

2015.06.19  巴川のアユ釣り今週末21日解禁

 私の行動範囲だけかも知れないが、今夏はやたらとホトトギスの声を聞く。渡りが多かったのだろうか。あのカン高い鳴き声で昼も、夜も、深夜もおかまいなし。矢作川で静かに夜釣りをしていると耳障りなほどだ。

 ホトトギスの声を聞くようになったら、アユ釣りシーズン突入である。矢作川のアユ解禁は5月11日と早いが、これは、アユ冷水病の発症時期(6月頃・水温20℃前後)の前にひと釣りしてもらおうという経営上の戦略であり、どちらかと言えば特殊事例。一般的には6月からがアユシーズンだ。今週末21日(日)には下山〜足助〜松平を流れる「巴川」のアユ釣りが解禁する。

 今シーズンの巴川は、本流の矢作川と同様、三河湾から遡上してきた天然アユのサイズが大きく、数も55万尾と多い。汲み上げ放流も5万尾ほどあるので天然アユは約60万尾。巴川の規模では充分な数だ。約170万尾が遡上した本流の矢作川ともども、天候が順調なら今シーズンは豊漁だろう。

 さて21日の解禁日はどうだろうか。この時期の解禁だから冷水病の心配が付きまとうが、橋ごとに見て廻った巴川漁協の水野清組合長(70)によると、どの橋からも良型アユが見られるそうだ。13日に実施された調査釣りでも、各地で18〜19センチ級が釣れている。解禁日には20センチも出るだろう。

 ここ何年か巴川で鮎釣りをする機会が少なかったが、今年は矢作川とのかけもちで通ってみようかな。ご購読はコチラ.pdf

2015.06.12  三河湖ウォークラリーを満喫! 貞島容子

 友人3人を誘って「香恋の里・三河湖ウォークラリー」に初参加した=3面に写真記事=。参加者のなかには乳幼児連れの親子や、高齢者の団体もあり、リピーターが多いようにも感じられた。

 受付・スタート地点は三河湖沿いの民宿「やまびこ」周辺。受付後すぐ、チェックポイントとして「おろしそば」を食べた。山の方面に向かって歩くと腰掛山荘や野原川観光センターがチェックポイントとなっており、途中には水鉄砲を使うゲームなどが用意されていた。ついつい童心に返り、ガッツポーズをとったり大声で笑いあったり。12時頃にはシイタケ弁当や猪汁を味わいつつ、和太鼓の演奏を楽しんだ。

 三河湖周辺を巡るアップダウンのある遊歩道は、ゴミ一つ無く整備されており、主催者側の配慮に感心した。湖に向かって叫ぶ「大声コンテスト」では、友人3人(皆母親)と声を合わせ「早く起きなさ〜い!」と叫んだ。「超気持ちいい!」「フレーズ大賞なんてないのかなぁ」と言う友人の言葉にまた大笑い。

 ゴール間際の香恋の館では地元の素材を使ったアイスクリームやパンを食べながら休憩。店内で販売されている品を土産に買うこともできるので、参加者・主催者側両者にとって良いアイデアだと思った。またゴールの香恋の里公園ではお土産用の米が用意されていたのもうれしかった。

 ウォークラリーで歩いた歩数は約1万7千歩。下山の自然や食を一日満喫し、「来年も来ようね」と友人と話した。ご購読はコチラ.pdf

2015.06.05  豊田市関係の五輪アスリートは54人

 豊田市がもっと自慢していい特徴の一つに、スポーツのトップアスリートの多さがある。もちろんこれは中京大学やトヨタ自動㈱があるためだ。

 では、豊田市の関係者でオリンピックに出場した人はどれ程いるのか。不思議なことだが、そんな凄い人たちのことなのに、実は誰も把握していないのだそうだ。アスリート派遣事業=2面に詳細記事=の取材でNPO法人朝日丘スポーツクラブを訪れた際、事務局長の三田博司さん(63)がそう教えてくれた。

 三田さんはインターネット等を使い、豊田市に関係するオリンピック出場者を独自に調べたそうだ。1960年ローマ大会〜2014年ソチ大会の54年間に、夏季・冬季をあわせて54人を確認できたという。所属はやはり中京大とトヨタ自動車が多い。いずれも並大抵でない練習を重ねてきた人たちに違いない。

 三田さんは「豊田市はトップアスリートをもっと重く見るべきだよ。スカイホールの壁に彼らの写真を並べてもいいと思うよ」と話してくれた。確かにその通りだ。国民に感動をくれた人たちを、現役引退したら忘れてしまうようでは恥ずかしいじゃないか。写真と解説で顕彰すれば、スカイホールのエントランスはもっと素敵な空間になると思う。

 ちなみに54人の中で確認された根っからの豊田市民は5人。陸上の市川華菜選手(前山町)と内藤真人選手(大林町)、カヌーの羽根田卓也選手(小川町)、スケートの寺尾悟選手と小寺武大選手(足助)だ。ご購読はコチラ.pdf

2015.05.29  とっても愉快なドバミミズ捕り

 魚釣りをしない人には全く理解しにくいと思うが、この時期、大きく成長してきたドバミミズ(フトミミズ)を探すのは楽しい。夜釣りの餌にするのが目的だが、ミミズの生態を考えながら探すこと自体も面白いのだ。

 ドバミミズの仲間は何種類もいるらしい。その多くは1年生のようで、春先に探しても小さなものばかり。それが今の時期からずいぶん大きく成長してくるのだ。釣具店で売られている小さなシマミミズと違って養殖が難しいらしく、通信販売などで売られているドバミミズは天然物。1匹20円〜50円ほどもする。なかなかの高級品だ。

 数匹探すだけならドバミミズなんて何処にでもいる。でも、大量に集まっている場所を見つけるのは、そう簡単じゃない。種類、時期、気温、降雨量などによって生息場所が変わるから難しいのだ。アスファルトの上で干涸らびたミミズをみかけることがあるが、あれも夜中に住みかを移動していた痕跡だろう。

 私がこの時期よくねらう場所は、道端の落ち葉の吹きだまりだ。一定の条件が揃った場所には、山から落ちてきたドバミミズが密集していることが多い。100匹ほども潜んでいる吹きだまりを見つけると思わず小躍りしちゃうほど嬉しい。ライバルはイノシシくらいなものだ。

 そんな愉快なドバミミズ捕りも、真夏から急に難しくなる。乾燥と暑さを避けて深い層へ移動してしまうのだろうか。時間をかけ、蚊に悩まされながら探すしかなくなる。ご購読はコチラ.pdf

2015.05.22 青少年センターで大学教授「恋愛学」 貞島容子

 4月に移転リニューアルした豊田市青少年センターで17日、「恋愛学」の研究で有名な早稲田大学の森川友義教授の講演会が開かれた。会場には大学生ら約70人が参加していた。

 森川さんは学術的な知見を交えながら、恋愛は見かけだけでなく、五感のすべてが影響を及ぼすことを紹介。好感が持てる服装や話術を磨くことの大切さ、男女が手をつなぎたくなる理由などについて説明していた。

 初対面の男女の会話のなかで「週末、何してるの?」と聞かれたとき、女性は「お煮染めの練習中です」と答えと好感度が上がるそう。将来美味しい料理を作ってくれるお嫁さん像に繋がるという。男性の場合はスポーツマンであることをアピールすると好感度が増すそうだ。

 このほか、恋愛を成功させるには「恋愛経験値」を上げることが必要だとも指摘。男女ともに失恋しても平均2ヶ月間で立ち直れるというデータにも触れ、「片思いは時間の無駄です。失敗を恐れず告白を」と呼びかけていた。 

 豊田市青少年センターは青少年の社会参画や自立に向けた支援、青少年育成団体の活動支援を行うのが目的の施設。これまで東梅坪町にあったが4月に豊田産業文化センター内へ移転した。施設内の他の団体と新事業の展開に繋げていこうという狙いがある。市内に推計3千人のニートや引きこもりなどの青少年がいることから、自立に向けた相談・就労窓口として「若者サポートステーション」も設置し、力を入れていく。ご購読はコチラ.pdf

2015.05.15 4月の長雨で猿投の桃・梨に深刻な被害

 4月の長雨の影響で、豊田市猿投地区の特産品ある「桃」や「梨」に大きな被害が出そうだという。長雨で受粉がうまく進まず、着果不良のものが多いようだ。もう少し経たないと被害状況は分からないそうだが、桃は4割減、ジャンボ梨の愛宕は6割減になるかも知れないと言う。深刻だ。JAあいち豊田の柴田文志組合長は「祈るしかない…」と心配そうだった。果樹以外の農作物はまずまずの生育状況で、田植えも順調だという。

 これはJAあいち豊田が12日に開いたメディア懇談会で聞いた話だ。

 この懇談会は昨年から始まったもの。2部制で行われ、第1部は現地見学会も含めてJA側から情報提供してくれた。第2部は地産地食メニューでの懇親会だ。

 今回の現地見学は、上郷地区の田畑で35年ほど前から取り組んでいる米・麦・大豆の〝集団転作〟の様子だった。ブロックごとに集団転作することで担い手が育っている良い事例だという。

 連れて行かれたのは上郷営農センター内にそびえ立つカントリーエレベーター(乾燥調整貯蔵施設)の屋上。高い場所から見下ろすと、ブロックごとの作物の違いが色分けした地図のように分かるらしい。

 カントリーエレベーターは高さ約30m。7階建ビルほどだ。屋上のスペースは狭く、弱々しくみえる手すりがあるだけ。風も強い。高所恐怖症がひどい私は、座り込みたい気持ちを我慢するのが精一杯で、何の勉強にもならなかったぞ。ご購読はコチラ.pdf

2015.05.01 老人クラブの会員拡大作戦

 豊田市老人クラブ連合会の定期総会が24日にあり、「老人クラブ」から「高齢者クラブ」に名称変更することが決まった。

 「老人」=老いた人。たしかに良い印象の言葉ではないかも知れない。「高齢者」=年齢が高い者。こちらは尊敬の念を感じる言葉だ。時代にあった名称変更といえば、そうかも知れない。各地域の単位クラブの名称については自主判断だそうだが、徐々に「高齢者クラブ」に統一されていくのだろう。

 いま全国の老人クラブで、会員の減少や活動休止が大きな問題になっているという。高齢者は増えているのに老人クラブは衰退しているわけだ。その原因は、60歳を過ぎても現役で働く人が増えたこと、サークルや講座等が充実してきたこと、リーダー不足、人間関係の希薄化など、様々なようだ。

 豊田市内でも、市町村合併直後の304クラブから、240クラブ程まで大幅に減ったが、この2年ほどは活性化の取組によって活動再開したクラブもあるという。1年間は会費免除、1年間は役員免除などの制度をつくり、また活動内容をじっくり説明するようにしたことで、新入会員を大幅に増やした事例もあるそうだ。「高齢者クラブ」に名称変更したのもイメージアップ戦略の1つだろう。

 余談だが、総会で面白かったのが、携帯電話をマナーモードにしていない人の多さだ。あちこちで電話が鳴っていたが、それを会場全体が許しているような柔らかい空気があった。ご購読はコチラ.pdf

2015.04.24 長良川の天然アユがレッドリストに

 つい先日、「長良川のアユが準絶滅危惧に選定された」と報道された。驚いた人もいると思う。

 レッドリストとは、絶滅の恐れがある生きものを選定したリストのこと。今回の報道は、岐阜市が初めて作ったレッドリストに、アユが準絶滅危惧として記載されたという内容だった。ちなみに岐阜県のレッドリストにも、国(環境省)のレッドリストにも、アユは記載されていない。岐阜市の判断だ。

 「長良川の天然鮎」といえば高級ブランドで、都市の和食店では驚くほどの値段で提供されている。ただ、食材としての「天然鮎」という言葉には少々トリックがある。稚魚のころ川に放ち、成長してから漁獲した鮎も含まれているのだ。

 一方、生物学的に「天然アユ」と言うと、海と川を往来する天然資源のこと。レッドリストで言うのは、こちらだ。

 岐阜市が天然アユをレッドリストに選定した理由は「人為的な補助が必要なため、存続基盤が脆弱」だからだという。市民の意識を高める意味でも良い判断だと思う。

 さて、矢作川。河川環境の悪化は長良川に負けちゃいないが、辛うじて毎春、三河湾から数十万〜数百万尾の天然アユが遡上して来る。豊田市ももう少し、この矢作川の天然資源に注目してほしいものだ。ご購読はコチラ.pdf

2015.04.17 松平郷に植えられた由緒正しい「楓の木」

 徳川家康公400年祭記念大会オープニング・セレモニーの取材中に、先週号の予告記事の恥ずかしい大間違いに気づいた。

 短い予告記事だったので資料を見ただけで書いたのだが、それがいけなかった。記念植樹の「楓の木」を、てっきり「カエデ」だと思い込んでしまったのだ。正しくは、「フウの木」だった…。

 一般的には「楓=カエデ」と読むと思うが、本来は「槭=カエデ」「楓=フウ」と使い分けるようだ。もちろん別の木である。恥ずかしながら私は「楓=フウ」という樹種があることすら知らなかった。

 オープニング・セレモニーに招かれて挨拶した日光東照宮の稲葉久雄宮司が、松平郷へ今回贈った「フウの木」がどれほど由緒正しいものであるかを語っていた。

 フウは、原産地の中国では天子様の宮殿だけに植えられる高貴な木だという。日光東照宮の古文書によると、8代将軍の徳川吉宗公に3本が献上された際、1本を江戸城内に、もう1本を徳川家菩提寺の上野寛永寺に、残りの1本を日光東照宮に植えたのだという。

 ただ、日光東照宮のものは幕末に枯れてしまったそうで、今あるのは、皇居吹上御苑(旧江戸城)で生きながらえていたフウの木の兄弟木だ。昭和57年、昭和天皇から日光東照宮へ下賜された種子を、栃木県林業センターが育成し、平成元年に植えたものだという。今では大きな成木になっているそうだ。

 松平郷に記念植樹されたフウの木は、その兄弟木だ。ご購読はコチラ.pdf

2015.04.10 豊田土地改良区の若手職員の取組み

 来週16日の枝下川神社例大祭にあわせて『枝下用水史』が刊行される。飾りもの的な記念誌ではなく、流域環境史として編まれた読み物だ。発行は、枝下用水土地改良区を中心に豊田市内11土地改良区で合併誕生(平成18年)した豊田土地改良区だ。編集作業に7年をかけた=先週号で詳報=。

 この本の中にはもちろん、自然環境面での取り組みも書かれている。

 枝下用水土地改良区は平成13年、補助水源の溜池を改修してビオトープ公園「竹村新池公園」を完成させた。また、支流の汚れを回復する実験場として「初音川ビオトープ」も創った。前理事長の岩月寿さんが個人的に創ったハス池も有名だ。生き物だけでなく、多くの市民が楽しむ場所になっている。

 こうしたビオトープ創出のほかに、愛知県豊田加茂農林水産事務所と共同で「水田魚道」づくりに取り組んだこともある。生き物のためにコンクリート排水路と田んぼをつなぐ実験事業だ。平成22年に愛知県で開催されたCOP10(コップテン‥生物多様性条約第10回締約国会議)に関連した取り組みだった。

 水田魚道の取り組み自体は残念ながら尻つぼみだが、これをきっかけに豊田土地改良区の若手職員たちは、農業排水路が生き物にとっていかに重要な場所か知ってくれた。コンクリート化された直線的な排水路にちょっとした工夫を施し、生き物の棲める空間づくりを続けている。用水史には出ていない、現在進行中のステキな取り組みだ。ご購読はコチラ.pdf

2015.04.03 巨大なダム湖のウナギは太い

 矢作川の本流には7つのダムがある。このうち最も大きいのは最上流の矢作ダム。堤高100m、総貯水容量8000万トンという巨大な多目的ダムだ。他の6つの中型・小型ダムとは格が違う。

 ダムの貯水池を「ダム湖」と言うが、ウナギ釣りが大好きな私の感覚で言えば、7つのダム湖のなかで本当に「湖」と言えるのは矢作ダム湖だけだ。恐ろしさすら感じる巨大さも理由の一つだが、中型・小型ダムの貯水池に比べ、生き物の生息量が格段に多いのだ。生息密度が濃いと言うべきかも知れない。

 夜、矢作ダム湖の岸辺をヘッドライトで照らすと、小さなエビ類やハゼ類がうじゃうじゃいる。彼らの餌となる、さらに小さな生き物が多いということだろう。一方、中型ダムの貯水池で同じように岸辺を覗いても、小さなエビ類やハゼ類はほとんど見られない。

 この違いは、ウナギの肥え方にも現れている。

 上中流域の川の流れや、中型ダムの貯水池で釣れるウナギには痩せたものが多い。比較的大きな魚を捕食できる大型ウナギ(80センチ前後)だけが肥えている印象だ。明らかに小さな餌生物が不足している。

 一方、矢作ダム湖では中型ウナギでもまあまあ肥えたものが多い。これはエビ類やハゼ類など小さな餌生物が多いからに他ならない。ダム湖の巨大さが独特の生態系を創り出しているのだろう。

 その巨大ダムが、矢作川全体の生態系を蝕んでいるのだから、なんとも皮肉な話だ。ご購読はコチラ.pdf

2015.03.27 地元も小水力発電コンテストを応援 貞島容子

 豊田市旭地区で22日、7校の高等専門学校の生徒による「小水力発電アイデアコンテスト」が開かれた。

 当日は発電装置の現場見学会の後、旭総合体育館で各校のプレゼンも行われた。また審査結果を待つ間には各校代表生徒と会場との質疑応答タイムも設けられた。プレゼンが終わりほっとしたこともあってか、学生から装置製作から設置までの苦労話や地域住民との関わり方などについて素直な感想が語られると、参加者から笑いが起こることがしばしばあった。

  発電装置の使用用途には地元住民の声を反映して考えられたものが多いことにも気づいた。豊田高専は装置の一部に地元の竹を使用。ししおどしを作り、それを利用して凍結した路面を溶かすアイデアだった。金沢高専は若者の地元離れを聞き、野菜直売所を楽しめる場所にしようと小さな子ども向けの巨大ゲームもつくっていた。

 当日の旭地区からの参加住民は約50人。下切町の野菜直売所のメンバー5人は金沢高専の応援に駆けつけていた。メンバーは「直売所で学生が野菜の販売を手伝ってくれたんだよ」「どこの若い衆かと聞く客もいたよ」と笑顔で話してくれた。学生とガッツポーズで一緒に記念撮影を行っていた様子からもそのうれしさが伝わってきた。

 小水力発電アイデアコンテストは、自然資源を活用した学生のものづくりの達成感だけにとどまらず、企業・地域住民・学生同士などさまざまな結びつきを生む企画に感じられた。ご購読はコチラ.pdf

2015.03.20 農村舞台の全国発信地域住民の協力必要 貞島容子

 農村舞台アートプロジェクト・フォーラムが13〜15日、豊田市民文化会館で開催された。主催したのは公益財団法人豊田市文化振興財団・豊田市・市教育委員会だ。

 この企画は文化庁の助成を受け、廃絶の危機に瀕している市の「農村舞台」を活用し、芸術・文化の面から盛り上げ全国に発信していこうというもの。これまでにもいけばな作家で農村舞台アートプロジェクト総合ディレクターのかとうさとるさん(豊田市)らを中心に、農村舞台でアート作品を展示したりダンスを披露したりするなどして発信を試みてきた。

 今回のフォーラムはシンポジウム・ライブ・展示の3つのプログラムで開催。展示室では各地域に残る農村舞台が下山地区の画家中村広子さんの絵で紹介されていたほか、各地域の農村舞台を使ったアート作品の展示の様子が、大きな布にそれぞれプリントされ天井からつるされていた。

 15日に開かれたシンポジウムでは、瀬戸内国際芸術祭等を手がけたアートディレクターの北川フラムさん、国際舞台芸術祭「フェスティバル・トーキョー」初代プログラムディレクターの相馬千秋さん、かとうさとるさんらで農村舞台の可能性について話し合われていた。そのなかで「農村舞台は地元の集落にとってかけがいのないものだ。地元が誇りを持つべきだ」という意見が出ていた。全国への発信には新しい芸術を取り入れていくのも大事だが、地域住民の理解と協力があってこそ上手くいくように感じられた。ご購読はコチラ.pdf

2015.03.13 新豊田市10周年記念「満サイ展」 貞島容子

 新豊田市10周年を記念したイベント「満サイ展」が8日、スカイホール豊田で行われた。

 当日は豊田市駅からスカイホールまでのウォーキングイベントに参加。約2㎞のコースは快適に歩けたのだが、まちなかには新豊田市誕生10周年を感じられるものがないように思えた。

 しかし、会場に着くと大勢の人にびっくり。ステージでは市7地域の和太鼓協演や、ライブ、踊りなどで盛り上がり、ご当地アイドル「Star☆T」も登場し、新曲を披露。子ども向けのお店屋さんごっこやダンボール遊具などは親子連れであふれかえっていた。

 とよた五平餅学会と市がコラボした五平餅をみんなで一斉に食べる企画には、3000人以上が参加したという。足助・稲武・小原・上郷・下山・松平・JAあいち豊田産直プラザなど多くの五平餅店が並んでいたが、13時頃には完売だった。

 午後2時過ぎ、スカイホール豊田の駐車場に五平餅を手にした3000人以上の人たちが集合。五平餅を掲げ、よしもと芸人の合図で一斉に食べ始めた。老若男女が一斉に五平餅をほおばる姿は面白くもあり、五平餅ファンが大勢いることもよくわかった。私自身も五平餅大好き人間だ。

 豊田市の未来について語り合う「100人ミライカフェ」も覗いてみた。未来の子ども達に向けて残したいモノなどが話されており、熱い想いが伝わってきた。

 企画盛りだくさんの「満サイ展」では1日楽しんだ市民も多かったのではないか。ご購読はコチラ.pdf

2015.03.06 ラグビーW杯開催決定まずは魅力を知らねば

 ラグビーW杯(ワールドカップ)2019日本大会を開催する12競技場の一つに、豊田スタジアムが選ばれた。立候補した15競技場の中で4番目の収容人数を誇るので落選するとは思わなかったが、2002年サッカーW杯の時に落選しているだけに、ちょっぴり心配もしていた。

 開催都市に選ばれた瞬間、豊田スタジアムのレストランに設けられたセレモニー会場は大盛り上がりだった。とは言っても集まったのは関係者を中心に200人ほどだ。夜9時過ぎだったとは言え、歴史的瞬間にしては少ない。

 ラグビーW杯はオリンピックとサッカーW杯に次ぐ「世界3大スポーツ祭典」と言われている。世界でのべ40億人が視聴するそうだが、日本ではどちらかと言えばマイナーなスポーツだ。ラグビートップリーグの強豪チーム「トヨタ自動車ヴェルブリッツ」を抱える豊田でも、市民の関心は高くない

 私自身、スポーツ観戦は大好きなのだが、ラグビーを真面目に観たことがない。息子の同級生のお父さんがヴェルブリッツの有名選手なので、何となく親近感はあるのだが、ルールすら詳しくは知らないのだ。2019年までにラグビー熱を高めなくては。

 開催国の日本戦は4万人以上収容できる競技場で行われるそうだから、4万5千人の豊田スタジアムはクリアしている。日本戦も行われるかもしれない。楽しみだ。まずはラグビーの公式戦を観に行って魅力を知ろう。ご購読はコチラ.pdf

2015.02.27 2年間の自治区役員やって良かったぞ

 地元御船町の自治区役員を引き受けたのが2年前。この3月の自治区総会でようやく任期を終える。会計監査のお役目は残るものの、お役ご免だ。

 御船町自治区は広いうえ、田舎と都市部の中間地域なので昔ながらの行事もずいぶん残っており、土・日曜の半分ほどは何らかの仕事に出ていたと思う。役員は区長、副区長2人、そして私たち評議員8人の計11人。うち半数は現役で仕事をしている人たちだ。

 私の1年目の担当は、盆踊りの開催とおいでんまつりへの参加をとりしきる文化部。もう何年も盆踊りに参加していなかった私は、イメージすら湧かない状態で企画書づくりをすることになった。参考になるのは過去2〜3年分の資料だけだ。新しいことも始めてしまったので時間的にも精神的にも追い込まれたが、みんなが助けてくれ何とか乗り切ることができた。46年間の私の人生の中で、体重がマイナスに向かったのはこの時だけだ。

 2年目の今の担当は総務部。土・日曜の半分ほど出ることは変わらないが、自治区の仕事に慣れて先を読めるようになったし、直接担当する大きな行事がないのでプレッシャーも少ない。資料づくりは多いけれど、1年目に比べればずいぶん気楽にやっている。いま任期の最後にある自治区総会にむけて準備しているところだ。

 なんとも忙しい2年間だったが、おかげで地元御船町のことをよく知ることができた。やって良かったかな。ご購読はコチラ.pdf

2015.02.20 石野の里診療所開設のねらいは

 豊田市東広瀬町の「特別養護老人ホーム石野の里」に診療所が併設された。地域包括ケアシステム構想の先進モデルとなりそうだ。

 運営する東加茂福祉会の早川富博理事長=足助病院長=は開院式典でこんな内容の話をした。
 ──高度経済成長の時代に多くの病院や医院が開設されました。診療単価を手厚くすればできたわけです。昭和55年頃から少子高齢化を見据えて引き締めが始まりました。今後の超高齢社会ではもっと医療費が掛かります。3割負担での診療はあと数年で崩れると思う。診療報酬が減らされているので病院も経営が厳しい。これからは医療者、行政、国民の3者それぞれの自覚が大事です。この診療所はそういう医療課題に焦点をあて縮図として開設しました。医師不足の足助病院から派遣するという無理難題をクリアしたところがミソです。地域住民の皆さんがこの小さな診療所を利用しようと思うかどうかです。行政の協力も必要です。超高齢社会では地域の核となる所に医療がないといけない。僕らも努力するし、地域住民の皆さんにも現状理解の努力をしてほしい。

 医療現場は行政の出先機関です。行政の計画にのっとり医療の仕事があるわけです。先兵である医師が住民の声を一番よく聞けます。それを行政にあげ政治家に伝えて良い案を練っていく。それがこれからの地域医療だと思います。ここはその象徴的な施設です──

 この診療所への期待がよく分かる挨拶だった。ご購読はコチラ.pdf

2015.02.13 4年後に一区切りをむかえる松平天下祭

 豊田市松平地区で続けられている祈願成就の裸まつり「天下祭」に今年も行って来た。

 祭り当日は会場近くに一般駐車場が無いので、2〜3㎞手前の松平運動広場からシャトルバスに乗った。豊田市駅や岡崎奥殿陣屋からも無料送迎バスを運行しており、おかげで観客は気軽に会場まで行けるのだが、この運航経費が天下祭の開催予算を苦しくしているそうだ。場所が場所だけにバス運行をやめるわけにもいかない。実行委員会としても苦しいところだろう。

 メイン会場の玉競り場の設営やテント設営などにも多くの費用が掛かる。青年会議所や商工会議所青年部と連携する形が定着して少し楽になったそうだが、それでも予算はギリギリ。玉競り場を設営する高所作業も実行委員たち自らの手で行っている。

 天下祭は徳川家の先祖・松平親氏公の歴史話をもとに、地元の若手が始めた新しい祭りだ。新しいと言っても今年で28回目だから、当初の若手もいい歳になってきた。実行委員会の若返りが大きな課題だ。

 天下祭では親氏公が天下泰平を祈念したという32文字の願文をもとに、毎年1文字ずつテーマの漢字を掲げている。32文字すべてが出揃うのは、4年後だ。この区切りの年が実行委員会をガラリと若返らせるチャンスかも知れない。

 ただ32文字の2巡目に入るには、若返った実行委員会にも32年間続ける覚悟が要る。そう簡単には決断できないことだろう。

2015.02.06 やっぱりデカイ安永川トンネル

 豊田都心を水没から守るための「安永川トンネル」が間もなく完成する。この新聞が発行する6日に、最後のコンクリート打設を行う予定だ。秋葉町にある鹿島・藤本建設JVの現場事務所を久しぶりに訪ね、所長の越川俊幸さんに話を聞かせてもらった=6面に詳細、5面に関連記事=。

 越川さんは早速、私を車に乗せてトンネル上流端から下流端まで案内してくれた。4年半の工事期間中に約1万人の市民が見学に訪れたそうだから、読者の中にも見学した人は多いと思う。

 1年前に案内してもらった時に比べ、ずいぶん大型機械が減っていた。あのカッコイイ掘削マシンも無い。コンクリート打設用の移動式足場も、2基のうち1基は外に出されていた。

 もう10年ほども前になるだろうか…。地元の高木キヨ子元市議らが、旧(現行)安永川トンネルを上流端から下流端まで歩くというので同行したことがある。腰まである胴長靴を履いて水中をゆっくり歩き下った。途中で高木さんが転んだのも愉快な思い出だ。旧トンネルは直径3mほどしかなく、「確かにこれじゃ排水能力が足らんな…」と実感したことをよく憶えている。

 それに比べて新トンネルはなんと巨大か。幅は11m、高さも8mほどある。排水能力は9倍だ。このトンネルの完成で、豊田都心が水没の心配から解放されるのだから、都心の住民は大いに感謝しなくちゃいけない。工期最終日の2月28日に最後のトンネル見学会があるぞ。ご購読はコチラ.pdf

2015.01.30 ゲートボール見ると東海豪雨を思い出す

 東海豪雨の時の話だからもう14年も前だが、あのときの奇妙な光景を忘れることができない。

 豪雨翌々日の9月13日、矢作川源流域の状況を取材するため上流へ車を走らせた。最も酷かったのが岐阜県上矢作町(現恵那市)だ。あちらでは「恵南豪雨災害」と呼ばれた山河崩壊の大災害だった。

 あのとき上矢作町では6カ所の簡易水道が壊れて広範囲で断水した。約900戸が停電した。
500戸以上が電話不通になった。

 上矢作町長が岐阜県知事を通して自衛隊に出動を要請し、600人近い隊員が派遣された。流木処理、埋土処理、救援物資の空輸などの活動を行ったそうだ。もちろん地元消防団も活躍した。周辺町村の消防団も応援した。それほどの大災害だった。

 私が上矢作町に着いた時はちょうど、自衛隊員が国道沿いのガレキや流木を片づけているところだった。奇妙な光景が目に入ったのはその時だ。自衛隊員の活動現場から振り返ると、なんと、少し高い場所で爺さん婆さんたちがゲートボールをしていたのだ。外部の助けを借りるほど地域が大変なときに、遊ばなくてもよかろうに…。

 今でもゲートボールやマレットゴルフに夢中のお年寄りをみると、あのときの奇妙な光景を思い出す。そして心の中で、「元気なら地域のこともやってね…」と思うようになった。今週号4面にマレットゴルフ特集を書いたのだが、心のどこかに引っかかりがある。ご購読はコチラ.pdf

2015.01.23 息子を連れて出猟何かを感じたかな

 狩猟シーズンは3ヵ月間しかない。早くも3分の2が過ぎたが、なかなか時間がとれず出猟できない。私は空気銃をつかった鳥猟が専門だが、この冬は渡り鳥が多いかどうかすら知らないありさまだ。なまけ猟師である。

 先週、時間をつくり久々に出猟してきた。軽トラの助手席には小学2年生の息子。獲物の羽根むしりは何度もさせているが、猟場に連れていくのは初めてだ。

 この日の狙いは大好物のキジバト。林にもぐり込む待ち伏せ猟が好きなのだが、小2の息子は我慢できないだろう。軽トラで林や畑を見まわる流し猟にした。

 これまで息子に羽根むしりをさせた獲物は、獲ってから時間が経ち、体が冷えきったものばかりだった。今回は生きものを獲る一部始終を見せ、生から死への移り変わりも実感させてやるつもりだ。ニワトリの解体は手伝わせたことがあるが、野生の生きものはまた別だろう。息子がどう思うか分からないが、何かを感じてくれればそれでいい。

 樹上にみつけたキジバトを私が落とし、息子が回収してくる。まだ息があったら「長く苦しませちゃいかんのだぞ」と教えながらナイフで絞めるところも見せた。

 子どもに教えるということは、自分に言い聞かせることでもある。最近は悪い意味で狩猟に慣れてしまっていたが、やはり、生きものの命を絶つ瞬間は特別な気持ちでなけりゃいけない。そんな思いが息子に伝わっているといいな。ご購読はコチラ.pdf

2015.01.09 年末年始を使い編集室を大改造

 年末の仕事納めのあと、編集室でガサゴソと資料整理を始めた。日ごろ整理を怠けてきたツケだから仕方ない。 新聞社には毎日たくさんの資料が入ってくる。市役所から発表される報道資料もあれば、取材先で貰ってくる資料もある。保存すべきと判断したもの以外は、その都度どんどん処分しないとキリがない。それはよ〜く分かっているのだが、それでも記者という人種は資料を取っておきたがる。そして整理しないまま忘れてしまうのだ。実にタチが悪い…。

 いちいち資料を読んでいては片付かないので、一目で判断し処分していく。あっという間に軽トラック一杯分ほども不用資料がでてきた。

 大きな資料棚が二つスッキリすると配置変更もしたくなり、資料整理の途中だというのに、編集室の大改造を始めてしまっていた。こうなったら年末年始の休みはすべて返上だ。

 これまで二部屋に分かれていた編集室を一つににまとめ、空いた一部屋は喫煙室も兼ねた資料室にした。

 背の高い資料棚が二つ消えた編集室は視界が広がり、圧迫感が無くなった。せっかくなので机の配置も少々変更し、資料整理しやすいよう小さな棚も買い足した。

 そんなこんなで結局、肝心の資料整理は中途半端なまま時間切れとなってしまったが、見かけ上はスッキリだ。新年の仕事始めを新たな気持ちで迎えられた。 残った資料整理は毎日少しずつやっていくことにしよう。ご購読はコチラ.pdf

担当

新見克也編集長

katuya2.jpg1968年4月27日生まれ。豊田市井上町で育つ。豊田北高から愛知大学へ。卒業後2年間、岐阜大学教育学部で魚類調査の研究生をした後、高知市の(株)西日本科学技術研究所生物研究室に5年間勤務。主に魚類調査の仕事をした。1998年に矢作新報社へ入社し、新聞記者に。
 2〜4面の編集・レイアウトを担当しています。以前やっていた仕事柄、淡水魚類の調査が得意ですので、「矢作川天然アユ調査会」に所属し、本業のかたわら矢作川の調査をしています。矢作川漁協の組合員でもあります。豊田市自然愛護協会の理事もしています。趣味は魚釣り、スッポン漁、自然薯掘り等です。
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