続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
「新宿夜景」
( F 6号 )

映画「海ほおずき」
 
〜唐十郎と林海象〜
/ '04年7月23日号掲載
 映画監督の林海象さんと知り合ったのは、映画「海ほおずき」が縁だった。 
 「海ほおずき」は原作唐十郎、監督林海象で、主演は唐十郎と台湾の女優(歌手でもある)栄娜(タンナ)、出演者は原田芳雄、鰐淵晴子(ワニブチハルコ)馬淵晴子(マブチハルコ)、佐野史郎さんたちで、台湾が舞台だった。
 台湾での長い滞在と最後の場面を撮り終えて、撮影終了の打ち上げを僕の部屋ですることになった。唐さんの申し入れだった。日時は決まっていたが、丁度その3日前、神戸で大地震が起きた。淡路、神戸大震災、誰もが予想しなかった未曾有の天災は、妻延子の実家、神戸市長田区を直撃した。神戸市内はパニックにおちいり、電話連絡がとれない為に、東京の僕の部屋に問いあわせの電話が殺到した。 
 唐さんから、「取り止めにしましょうか」、と電話が入ったが、延子は「かまいません」と答え、打ち上げの会は予定通りはじまった。総勢40数名で、唐さんをはじめとして台湾のプロデューサーや通訳なども来た。宴は異様に盛り上がった。宴の途中にも神戸からの震災の問い合わせはしきりだった。 

 宴の最中に唐さんが監督の林海象さんに延子の書の作品を紹介した。延子を見た海象さんは、「映画のタイトル文字は延子さんにお願いできますか?」と言った。そうして、「海ほおずき」の映画の文字を延子が書くことになった。数日後、助監督が打ち合わせに来、映画の文字を延子が書いた。 
 
 林海象さんのことは、以前唐さんから聞いていた。「リン、カイショウ」と唐さんは言った。
 「林海象(リンカイショウ)という素晴らしい映画監督が居ましてね」
 と唐さんは話した。
 「今度、久しぶりに映画を撮るんですよ」
 唐さんは嬉しそうだった。その映画の打ち上げを、僕たち(僕と延子)の部屋でするということは、僕たちにとっても興味しんしんの出来事だった。
 こうして映画監督、林海象さんと僕達は出会った。そして、台湾テレビのプロデューサー、張光斗(チョウコウト)さんとも。唐さんからの縁だった。

 「海ほおずき」は唐さんの意向で、新宿の花園神社に赤テントを張って、その中で試写会が行われた。日本映画界の総々たる監督たちが集まり、俳優さんたちが集まって、久しぶりに映画を撮り終えた唐十郎さんは、そしてその劇団「唐組」のスタッフは、その試写会を忙しげにとりしきっていた。新宿の夜の街は、歴史を取り戻したようだった。
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