続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
「新開地(神戸)の高架」
( F 15号 )

餅搗(もちつ)き大会
(原田芳雄、二)
/ '04年9月3日号掲載
 原田芳雄さんの家の床(とこ)の間に時々韓国の抵抗詩人、金芝河(きむじは)の軸が掛けてある。原田さんの為に書いた絵と書で、原田さんの為に書いたという為書(ためがき)がある。
 家中あちこちが原田さん好みの蒐集(しゅうしゅう)物で飾られている。少し古い日本家屋の室内は、黒と日本的な赤い色で統一されている印象がある。原田さんは赤い色が好きだ。そして服はいつも黒で、原田さんの好みははっきりしている。
 毎年の暮、12月28日は原田さん家(ち)の餅搗(もちつ)き大会だ。朝早くから庭に釜と臼(うす)が用意され、一斗樽も置かれる。隣近所の住人も招かれ、一日かけて多量の餅が搗かれる。餅を搗く人は誰彼を問わず、搗く人を囲んでまわりがその搗き手の名前を連呼する。搗かれた餅は次々にふるまわれ、一斗樽の酒が配られる。 
 宴は次の朝まで続き <というのは、この時期忙しい芸能界の人は、仕事を終えて夜遅く、あるいは明け方にかけつける人も多いので> 総勢数百人の人が集合する。 
 日本の芸能界の楽しい年一度のお祭りといった按配(あんばい)だ。来る人たちも気取った恰好はやめて、テレビや映画の画面では見られない普段着のスターたちの集合風景が見られる。中には出演衣裳のまま、といった風情の人もいる。
 家の居間の真中に延子の「遊」の一文字が掛けられている。横1m80cm縦74cmの大きな字で、居間の改装祝いの席で延子が原田さんから依頼されて書いたものだ。 
 それと、玄関には20号の僕の「朝焼けの荒川(あらかわ)」の油絵がかかっている。原田さんの家に僕の絵と延子の書があるのが、僕には少し誇らしい。 
 
 芸能界という世界は、僕にとって興味深々の場所だ。元々そこは、歌舞伎ものたちの活躍する場所で身分としては低く、卑俗な風俗で彩(いろど)られているが故に庶民の憩いの場、といった意味合いを持っている。権力者に対し反権力というおもむきもある。庶民、大衆が自由に息づく人間臭い場が芸能界の本質だと僕は思う。  
 中に入ってみるとその世界は、案外狭い人間関係で出来上がっていて、ヒエラルヒーの構造をもち、上下関係が厳しくそうしたことに敏感だ。だがそれがかえって、人間にとって居心地のよい世界となりえることについて僕には興味がある。
 原田さんの家の餅搗き大会は、一種芸能界の縮図のように見える。芸能界の人が寄り集(つど)い、和気藹々(わきあいあい)と一年の労働の疲れを落としにやってく
る。女性は子供を連れ、あるいは孫をつれて、その日は一日、原田さん章代さんを父親母親に見立てて寛(くつろ)ぐ。
目次
TOP