続・僕の風景 
人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
「アブレ」
( 変形6号 )

ホームレス (新宿) / '04年10月15日号掲載
 ホームレスといわれる人たちが多いのは、もう東京だけでなく全国的だ。どこの町にもいる。最近では若者のホームレスも増えているようだから年令でもくくれない。
 早稲田大学理工学部のまわりの公園、戸山公園にはブルーシートのテントが100以上は常にある。近くを通りかかると、炊事する場所と寝る場所、あるいは寛(くつろ)げる場所まで1つのテントの周囲にはつくられていて、掃除がゆきとどいていて驚かされる。少年の頃に読んだ漂流記の場面に立ち会う心地がして少々うらやましい気がする。自由人の気配が濃厚にする。 

 ある日、まだ朝早く、ブルーテントの近くを通りかかると、いつもと違う気配で興味を誘われた。覗くと、2つの体が重なっている。見てはいけないことを見た気がしたが目が離れない。それは2人の男性の性の営みの最中だと分かった。
 僕は、少し感動していた。世捨人のように思い、社会から遠のいて暮らしている、と思い込んでいたその人達の生活の中には、こうした生(なま)の人間らしい営みがあったのだということに。 
 一日中、僕はその小さな感動で胸をふくらませていた。

 絵を描く動機とは、感動から始まらねばならない。とつく(熟)づく(熟)思う。感動のないところに絵は無く、感動のない絵も又ありはしない。感動の積み重ねが、絵を描きつづけることの意味だといってもいい。
 僕が感動するのは、社会の底辺で生活をする、その人たちの偽らざる風景に出会う時、それは僕の母の風景に結がっている。父の風景にも結がっている。 
 自分のこういう嗜好は生まれて味わった環境によるのだ、と僕は考えている。それを大切にしてゆこう、とも考えている。 
 人間は自己を肯定しなければ生きてゆくのはむつかしい。苦しい環境に置かれた者こそそうだ。ならばー、その自己の環境をより深く味わう、それが、何かに到達する早道だと僕は思う。 
 
 大久保のマンションには、頻繁に人がやってきた。
 新宿で飲んだあと我が家が次の飲み場所として便利だからつい人が立ち寄る。こちらも嫌いではないから(酒も人も)つい宴会がはじまる。延子も嫌な顔をしない、が、今思えば大変な苦労だったろうと思う。僕は酔うと眠るのが癖なので後片付けが延子の大仕事だった。多い時は40人、30人と、そして予定もなく舞いこむ友人や時には僕が見知らぬ人を連れて帰ると、延子は驚いた。
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