続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
「新宿ゴールデン街」
( F 20号 )

珍客(新宿) / '04年10月29日号掲載
 大久保のマンションに住んだ5年半の間に珍客が来たことが2度あった。
 1度目は、NHKの冨沢満さんと滋賀県立大教授の小貫(おぬき)雅男さんが泊まった夜で、その前の日が冨沢さんのNHK退職の慰労会が新宿西口のホテルで行われた。NHKの職員300人程が集まり、これはNHKで前代未聞であり今後も行われることはないだろうと、同僚の樋口礼子さん(ディレクター)は言った。冨沢さんは沢山の名作ドキュメンタリーをものにした名制作人だった。僕は慰労会に出てはじめてそのことを知った。
 2次回になり、3次会が僕の部屋で、冨沢さんが作った「モンゴルの火祭り」のゲストとして小貫雅男博士(ばくし)と助手の伊藤恵子さんが呼ばれていた。3次会はだから冨沢さん、小貫博士、伊藤さん、延子と僕の5人だった。
 小貫さんと伊藤さんは次の日滋賀大学で授業があるから早く床につき、明け方まで飲んで冨沢さんは帰宅ということになった。僕は冨沢さんをエレベーターの前まで見送りにいった。途中、通路に女性が寝ていた。今まで13階の通路に人が寝ている風景など見たことがない。
 冨沢さんを見送って部屋に戻ろうとしたが、冬の明け方寒気の中に横たわる人を見過ごす、という訳にはいかなかった。身形(みなり)からすると明らかに女ホームレスだが、高層マンションの最上階に上って眠るというのは、まだ生活に慣れていないということだ。管理の目もうるさい建物の中に普通ホームレスの人は入らない。僕は起こして連れていった。驚いたのは延子と女ホームレスだった。
 「奥さんがいるの?」
 と言い、延子は、
 「この人どなた?」
 と呆然としている。
 「いや、 今そこの通路に寝ていたから寒いと思って部屋に来てもらったんだ」
 そう言っても女性2人納得のいかない様子だった。 
 延子は、普段ならともかく、小貫博士と伊藤恵子さん、その人たちとも初対面で、そして泊まっている。
 「今日だけは駄目です」
 と言う。
 女ホームレスも困惑しているが帰るとは言わない。それはそうだ、誘ったのは僕だから。結局、
 「タバコを1本だけ吸わせて下さい」
 と女ホームレスはいい、美事にネールアートをした指でタバコを吸うと部屋を出ていった。僕はやはり行き先が気になった。冬の寒気の新宿の街にさ迷い出る、1人の女性の運命が僕には気にかかった。
 せめて一朝、僕の部屋で暖をとって、あたたかい茶の1杯でも飲ませられなかったかと。 
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