続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
旧中川の赤い橋
( F 40号 )
高橋君 (新宿)
/ '04年10月8日号掲載
 大久保のマンションに5年半住んでいる間、もう1人珍客が泊まったことがある。
 ある夜、例によって3人の客があって、夜の11時まで宴会はつづいた。画家の友人の戸田道徳(とだみちのり)さんはそのまま泊まるといい、後の2人は帰ることになった。5月の少しあたたかな夜だった。
 帰る人を送って玄関に出ると、何処(どこ)かで話し声が聞こえた。夜の11時に13階まできて、話をするとは面妖(めんよう)なことだ。話し声は外の回り階段(マンションの一番奥に階段がついている)でする。覗いてみると、若い男が携帯電話で話しをしていた「オイ!」と声をかけると、驚いたように振りむいた。驚くのは僕の方だ。
 「何してるんだ」
 若い男は、
 「野球の帰りです」
 と言った。野球の帰りとはどういうことか。聞くと、後楽園球場で野球を見て応援し、知らぬ間に帰りが遅くなって以前住んでいたこのマンションに来たのだ、という。
 「中に入りなさい」
 僕は若い男を部屋に連れて入った。その方が安全だ。
 夜も遅いから、帰れないならここで眠れ、そういうと若い男は素直に居間で眠った。次の朝、起きてみると、若い男は蒲団をはだけて下着だけで高いびきをかいていた。大胆な野郎だ。
 起こして聞くと、
 「職業はコックです」
 といい巨人軍の応援団だという。そう聞いても何か変だ。問い詰めると、
 「実は私、ヤクザです」
 この辺りが縄張りの極東一家の大久保周辺を仕切る組の若頭をしている「高橋」といいます。と彼は言った。
 彼は少し足が悪いようだった。そして今時の若者にない生真面目な人柄が僕の心に伝わってきた。僕はこういう人間には弱い。
 「一緒にコーヒーでも飲みにゆこうか」
 彼にそういって外に連れ出すと、近くの喫茶店にいった。
 彼の来歴は、武道家の父親と日本チャンピオンのボクサーの弟を持ち、幼い頃から武道を習って、そうした縁で今の組に入った。真面目につとめる内に若頭を任された、おそらく組織の中でも異例の抜擢だったろう。
 この、高橋君という若者の純度を計りながら、僕は人間について考えていた。人間の生き様は、外からは計れない。正しいか正しくないか、そんな事で人間は計れない、と。
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