続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
朝焼け
( F 6号 )
遊牧
/ '04年11月19日号掲載
(ツェルゲルの人々)
 女ホームレスを招いたその夜、奥の部屋で眠っていたのは小貫博士と助手の伊藤恵子さんだった。2人は朝早く、授業のために彦根に帰っていった。 
 数日後、小貫さんから電話がかかってきた。
 「お忘れかと思いまして」
 という電話は、3次会の夜、小貫さんが撮ったたモンゴルの遊牧民のドキュメンタリーの題字「遊牧」の揮毫を僕に頼んだが、忘れてはいないか、という電話だった。僕は全く覚えてはいなかった。妻の延子は書道のキャリアもあり実績もある書道家といってもいいが、僕は絵が専門で人に頼まれて書(しょ)を書いたことはない。元々書道家を目指して高校を中退した位だから興味もあり、我流で楽しみに勉強はしているつもりでも自信がある訳ではない。延子との間違いではないか、と確かめると、
 「いや、宇野さんにお願いしたいのですが」
 と小貫博士は言う。
 「一生懸命書いてみます」 
 そう返事をして、僕は生まれてはじめて人に依頼されて
「書」を書いた。

 「遊牧」という題字の3部作、全6巻、上映時間7時間40分の長いドキュメンタリーは、正式な題名を「四季、遊牧 ー ツェルゲルの人々 ー 」といって、1992年、1993年と小貫博士を中心に日本、モンゴル共同のゴビ、プロジェクト調査隊が記録したゴビ、アルタイ山中のツェルゲル村の四季と人々の生活の映像で、最初の上映会は東京、曵船の墨田文化センターでひらかれた。 
 このドキュメンタリー映像は、1989年にはじまった日本、モンゴル共同のゴビ、プロジェクト調査隊の第3次調査を終え、基礎調査の最終段階を映したもので、僕にはショックなドキュメンタリーだった。
 何か、現代の日本とかけ離れた、原始的な素朴で虚飾を剥ぎとった哲学をまざまざと見せつけられる、頭の後から叱られる気がする映像だった。
 何んだろう?この不思議な感動と感覚は。
 
 映像のナレーションは、
 「ますます巨大化してゆく大都市、拡大してゆく消費と生産、人間の欲望はとどまることを知りません」
 とはじまる。その静かな声から僕は「遊牧」に入っていった。
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