続・僕の風景 
人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
「新宿三越横」
( F20号 )

小貫博士とその助手
/ '04年11月26日号掲載
(四季、遊牧)
 「鉄とコンクリートで固められたこの大都市は、あたかも悪性の癌細胞のように増殖と転移を繰り返しながら、この地球の表面を蝕み、人間自身をも脅かしています」
 「一方こうした方向とは全く無縁な生き方をしている人々もこの地球には居るのです」 
 モンゴルの遊牧民の紹介を小貫博士(ばくし)はこのようにはじめる。
 「四季、遊牧 ーツェルゲルの人々ー」の舞台ツェルゲル村は、内陸アジアの奥地、ゴビ砂漠に囲まれたアルタイ山中にあって、面積は滋賀県の3分の1ほど、その広さの中に60家族の遊牧民が生活を営む村だ。生活を支える家畜はほとんどが山羊で1万2000頭ほど。遊牧民にとっての財産は土地ではなく家畜の数だから山羊とラクダの頭数で家の貧富が決まる。
 子供たちはある年令になると自分の子山羊を与えられ、名前をつけて面倒をみる。
 
 「四季、遊牧 ーツェルゲルの人々ー」というドキュメンタリー映像の一番の特色は、これを小貫雅男という一人の学者が、ゴビ、プロジェクトというモンゴルの遊牧民の生活の調査、研究の過程で、その論文をはみだして、というより論文では書けないものを、自分で映像にして残したいと発想し、慣れないビデオ機材を使って百数十時間の撮影を1人で行ったことにある。だから、カメラの目は好奇心と研究心と学者の観察眼と思想、人間性がない混(ま)ぜになって風物を写しとってゆく。いうなら小貫雅男という学者の頭脳の中を見てゆく、という不思議な体験をすることが出来る。撮影の専門家(カメラマン)の目を仲介することなく観客は小貫さん自身と向きあう。映像の新鮮さはそこにある。
 
 このドキュメンタリーの主役はモンゴルの遊牧民の家族(ツェンゲルさん一家とその周辺)だが、もう1人、小貫博士の助手で研究員の1人、大阪外語大学生の伊藤恵子さんが重要な役割を果たしている。
 伊藤さんがツェルゲル村の人々に溶け込み、生活を共にしてゆく様が、研究調査とは一体どういうことかを如実に示してくれる。伊藤さんという人格(キャラクター)が映像の重要なファクター(要因・因子)であることも「四季、遊牧」にとって見逃せない。
 
 小貫雅男さんは滋賀大学の前、大阪外語大学のモンゴル語の教授をし、先輩に作家の司馬遼太郎がいて、司馬遼太郎はモンゴルのことなら小貫君と、信頼していた。
 ただ、このモンゴルの専門家は、学者の枠を外れる人間味に富んだ人でもある。
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