続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
宮口町風景
( F 3号 )
抽象 / '05年1月14日号掲載
(山口長男と難波田龍起)
 「どんな知識をもとうと、根源は現実物がそのまま示している(下線は宇野)大きな節理を、自分との正対した接触から学んでゆかないものは概念の固定を来します。動脈硬化は老若に拘わらずことにあり、成長とは無関係になります。日本の全部の人々に共通した実状です。根拠を求め、常に未成をもち、確実さをきびしく求めることが、内実をつくり展開をさせてゆきます」
 今こうして山口長男のハガキを書き写してみると、山口長男という日本の抽象絵画のパイオニアの思想が痛いほどに身に沁みる。僕は本当に大切なことを師から学んでいたのだ。その時は気付かずに。
 根源は、現実物がそのまま示している。山口長男の抽象絵画を考える時、これ程的確にその絵の本質をいいあてる言葉はない。
 ここでもう1人の抽象画家、難波田龍起の言葉を拾ってみよう。 
 「抽象とは……スタイルではない。断じてない。抽象とは……科学でいう抽出ではない。物自体の創造。必然にして合理的な形態(フォルム)の創造、内部イメージの定着。抽象は人間の空想力や創造力を取り戻すものである。そして目に見える現実にのみ執着する人間の心をもっと広い世界、目に見えない世界へ解放するのである。(下線は宇野)」 
 明らかに対称的だ。現実から学ぶという抽象と、現実に執着しない抽象と。
 日本の抽象絵画を考える時、この2つの考え方の相違は大きい。僕が日本の抽象絵画への疑問を持つのは、ここのところに他ならない。この2人の抽象画家の考え方の違いは、いまだ未来への宿題として残っている。このことは日本のリアリズムという問題にも奥深い底で結がっている。日本の洋画史の根底の問題なのだ。      
 山口長男は東京美術学校(現在の東京芸大)を卒業してパリに留学し佐伯祐三、荻須高徳と共同生活をしながら絵を描いた。佐伯はブラマンク、ユトリロなどに影響を受け、荻須は佐伯の影響をまともに受けた。山口長男は佐伯の影響を受けなかったのだろうか。僕は影響はきっとあったのだろうと思う。それは目に見える形ではなく、日本や東洋を意識する、そんな形であったと思う。 
 56才の僕の目に、やっと山口長男の抽象画が見えはじめている。
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