続・僕の風景  人と絵と放浪と
文・絵 宇野マサシ
「宮口の観音」
( F 4号 )

書(しょ)について
/ '05年1月21日号掲載
 日本の抽象画ということともう1つ、書について考えてみたい。 
 その前に難波田龍起の言葉をもう1つ、 
 「われわれはフランス絵画の結果ばかりをあてにしていた。われわれはわれわれの眼で、そしてわれわれの手で探しあてなければならない。僕ら自身の造形の世界を」 
 書という芸術をフランス絵画、西欧絵画と並べてみると明らかに東洋が育んだ、東洋独自の芸術として規定される。山口長男の抽象を考える時、この書、東洋が生んだ芸術を抜きにしては考えられない。明らかに山口長男の絵には書の骨格が見てとれる、と僕は思う。 
 線と点と面、それを書という東洋の長い造形の歴史の中に置いて、山口長男が見つづけたものは西洋の油絵、それの日本への肉化(にくか)だったと僕は思う。それは、「どんな知識をもとうと、根源は現実物がそのまま示している大きな節理を、自分との正対した接触から学んでゆかないものは概念の固定を来します」という山口長男の言葉と結がる。根源は、現実物がそのまま示している。それがリアリズムという西洋の根本の考えだと、山口長男はきっと言うだろう。それを東洋的造形で包みこんだら、抽象画というものになった。山口長男の抽象とは、そういうものではなかったか。
 
 書というものが、中国、韓国、日本とその文化の源流を1つにして流れていることは、その生活圏に暮らす我々にとって自明のことだ。何の不思議もない。空気を吸うようにして我々は漢字を使い仮名文字を書く。けれどもそれが、何千年という歴史の中で、営々とした人間の知慧の営みによって作り上げられ、築かれてきた創造物だと考えると、自分の肉体が何かの運命に委ねられていることに気付かされる。我々は東洋の島国に生まれ落ちた。髪は黒く、目は黒く、肌は黄色だ。
 問題は近代になって起こった。西洋の文明と接触し衝突し西洋的合理性という価値観に晒(さら)されて、今までの自らの価値観に疑いを抱いた時、書も又今までのあり様を見直さざるをえなくなった。
 西洋との価値観の違いは、色々な場で起こったが、書の場合は西洋の絵画とつき当たることで造形の問題として提起された。文字として最低限の約束事をどうとり扱うか。元々抽象的芸術としての性格を持つ書が、その大本の言葉としての役割を離れ純粋に造形のみになれば、それだけで成り立ち得るか。
 答えは、まだ無い。絵画の造形の前に晒され、書の奥の言葉は身を潜めて、出番の時を窺うようにみえる。
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