浦鎮さんと若手の設計で
(平成17年3月4日号掲載)
 1987年足助町長選で三選を果たした小出甲子夫天皇は、産業振興企画畑の小生を一転して福祉部門に配転し、福祉センターづくりを命じた。併せて若年精鋭プロジェクトチームも編成し、建設は3年後とした。
 建物は地域に根ざしたポリシーが大切と、倉敷紡績工場の保存的再生を実現したアイビースケアーの浦鎮さんを設計者に随契指名した。チームは浦鎮さんの子分の若年建築家上杉氏を交え、プランづくりに没頭した。高齢弱者だけの暗い施設でなく、老若男女の健常者も集える施設をめざし、明るくナウな施設理念を固めた。
 ホームヘルパー、保健婦の活躍の場に併せ、老人クラブ等の福祉団体の基地づくりが構想された。足助屋敷で培った生涯現役の高齢者づくりが役立った。そしてシルバー人材センターの自主事業として「爺々(ジジ)工房」(ハムづくり)
と、「婆々(バーバラ)工房」(パンづくり)が併設された。
 また、足助屋敷が明治の木造の粋を集めた伝統建築なれば、こちらはうんと斬新で、足助シニアがウィーンの街を闊歩しているかのようなダンディーなデザインとし、デイサービスはフランス料理とした。
 十室十色のゲストホテルも本館に3年おくれて完成した。霊峰段戸を源とする足助川に面した風光を生かし、足助らしい高低木(樹齢80年の桑、シデコブシ、マンサク)の下草には、足助山草研究会の献身力で雪柳も植えられた。
 施設名は町政百年を祝い、百年の長寿をねがって、天皇の鶴の一声で「百年草」とされた。以来15年余、幾多の改築はあったが基本は不変。合併を機に原点の福祉観光再興を期し、温もりの05春をよろこぶ。
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