| あすけ女性起業家の勢い | ||||||||||||
| (平成17年6月3日号掲載) | ||||||||||||
| 段戸ロクロ衆の第一人者、伊勢神トンネル直下の連谷集落の英郎后(こう)の長女千恵ちゃん。親父の血を受けてか見ようみまねで、若い頃から大型ロクロを操り、そばのこね鉢や豪快な花びん作りに精通した。中学のおてんば盛りは、村の男衆をしのぐ鮎のヒッカケ名人であったと聞く。 そんな男勝りの度量をもつ彼女は、白川の合掌集落では三州足助の木地屋娘とも呼ばれ、中部圏のそば道場には彼女の手になる鉢が多い。20年前、彼女は伊勢神トンネル稲武口で、地縁衆をまきこみ、青空市場も開設した。標高六百メートルの高原野菜は作り手の対話よろしく、南信州に向かう中京人の人気の市場だ。R153に数ある市場の中で、小屋掛けも素朴で、周囲の景観にとけこむこと抜群。売り手のばあさんの笑顔とおおらかさは山村人そのものだ。 あすけ女起業家の勢いはこれに止まらず、ここより数キロ足助寄りの明川町地内に、ケヤキ屋の屋号で、広葉樹の大物家具材を主力とする木材店を数年前にオープンした。店内をのぞいてみる。分厚く樹齢百年以上、畳1枚大の板、大きな机や家具がところ狭しと展示されている。 想うに足助はトヨタ傘下の総月給とりさんの、夜のねぐらまちだ。広大な農林地は荒れ放だい、農地離れは最近とみにはげしい。これを憂えてか、ところかまわず外来の一年花を植えたり、やまぼうしやかえでを植えたりする。そういう村おこし、景観づくりが流行だ。 かつての村は耕して天にいたるといわれる、旬の豊穣でいっぱいだった。数年後は団塊の世代の定年者であふれる時代、農ある暮らしで "身土不二" の山里づくりに挑んで欲しい。 |
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