| あすけの木から草まで | ||||||||||||
| (平成17年11月4日号掲載) | ||||||||||||
| 人は大きな栗の木の下でラブを語り、鬱蒼の森や大木からマイナスイオンや霊気を授かり、生気をとりもどす。大木の下に藁席を敷き、友と一献を傾け果たせぬ夢を思うのも悪くはない。 界隈の景色の大木は足助八幡宮や五反田昌全寺の杉、有洞の椹(サワラ)だ。あきたらねば南信境の根羽村月瀬の千年杉がおすすめだ。 ついでに私の村の大木をそっと話せば、北小田の榧(カヤ)の木、細田の無患子(ムクロジ)だ。いまはなき女房のおふくろは、この榧の実をねんごろに煎り、五平もちの垂(たれ)にしてくれた。香ばしさは格別の舌味で、ふるさとの忘れ難き味と脳裏にこびりつiている。 時は晩秋、あすけの森で育まれる旬の味は、紫栗のおこわ、木通(アケビ)の味噌いため、椎茸の溜まり煮、ぬかご飯などなど。 森の下草で楚々とした秋草も心魅かれいとおしい。おごりなく私は私、孤高の山草入門への手ほどきは、老人福祉センター百年草の環境づくりの指導と植栽に労を惜しまず参画して戴いた水野修一郎師から受けた。ところ狭しと植わっている辛夷(コブシ)、万作、山桜などに加え足助川両岸の雪柳は素晴らしい。 そのころ師を会長とする足助山草研究会(会員百名余)も発足し、限りなき民の地域愛応援団が組織化された。以後この会は春夏秋の三季に山草展を開催し、今秋で37回を記録し、知る人ぞ知る展示会となった。 師は文化協会の親分であったり、地球緑化で内モンゴル、ケニアにとんだりした。神は植物の移動できぬ見返りに、長命と花の美を与えた。動物たる人の一生は短く儚いが、どんなときもIt's a beautiful dayでありたいと、そっとつぶやくダンディおじさんである。 |
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