エプソンとへぼ追い人
(平成17年12月2日号掲載)
 万延生まれ曾爺の土葬の穴掘りの際、墓坂道でへぼ(クロスズメバチ)の巣穴を三つみつけた。小二(8歳)の記憶として今も生々しい。以来へぼさがしを筆頭に、めじろ、うそ、ひわ獲りに興じるも、もずやほおじろなどの食べる野鳥を獲る方が得意であった。
 青年期はそのゆとりがなかったが、秋分の日を(へぼの日)と決め、鈴木博之氏と日に十巣をみつけたこともあった。私の役柄は巣のある方角がおよそ定まると、山歩きで耳をすまして巣をみつけることであった。シニアになり木登りはできず、遠目も効かなくなりへぼ追いは十年来頓挫するも、近くの五反田や串原のへぼサミットを知るにおよんで焼けボックイに火がついた。
 わが村おこし施設(扶桑館)のオープンを機に、地域若衆で山の食文化の実践イベントを企画、へぼをその一策とした。五反田の登美ちゃんの箱飼い、越冬女王蜂の残存率向上案、足助へぼ会々長の啓治君の餌付けと山追い技法の実技講習で、山の秋を満喫した。
 今年11月はじめの足助へぼサミットでは、新野(長野県阿南町)のX氏6・2kgの大巣の大賞もでた。足助は昔も今も山の交通の要衝の地、この界トップの通称「極楽蜻蛉」松本の小林洋男氏も気がるに飛んできて戴ける。小林氏はいまをときめくエプソン社の社長が前職とか。氏のへぼの著書名も『極楽蜻蛉』であり、生態から独特な生けどり法まで克明な写真付で、読むほどに興味が増す。荒れた山村の再構に向けて明年は「全国へぼサミット」豊田開催が決まり、へぼ追い人は夢をふくらませている。
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