ベトナムの稲作とあすけ春夢
(平成18年2月3日号掲載)
 少し前になるが、国連の招きでベトナムの首都ハノイ近郊の紅河デルタを訪ねた。工業開発援助に辟易した国連職員発案によるベトナム版足助屋敷構想の手伝いだった。
 ここも稲作は二期作で、手鎌による稲刈、脱穀の最中だった。湿田を引く舟中にたたきつけては脱穀していた。作人の頭上に稲田から追われた小昆虫や、脱穀粒をねらう小鳥や、トンボが群舞し、見事な光景だった。
 さらに足跡のくぼ地の水たまりに集まった小魚を電気ショックでとる少年、稲刈の終わりを待って落ち穂拾いをアヒル群にさせる人、全く無駄のないエコな稲作に感嘆した。この情景にその昔の足助の稲作を重ねみ
て、道を横切るアヒル群の通りすぎるのを車を停め待った。
 いま薪ストーブの吸入音の静かさの中で、ベトナム訪問の追憶にふけっている。ボイジャー1号から地球をみた飛行士は「地球は淡く、青い点」といった。その宇宙船地球号の未来に向けてのターゲットは、人だけでなく美しい花々や木々、鳥、獣、魚、小さな虫まで共存して住む星づくりにあると言う。
 ベトナムのあの風情はいまどう変わっているか。日本も変わるだろうが、日々の小さな行動の中に、愛知万博の「自然との共生」を心がけたいものだ。アメリカや欧州でも金こそ全ての価値観から脱し、平原の農村でない山村の農的ロハスな暮らしを求める若者像があるという。 ハイテク都会には心をときめかす驚きも楽しさもない。旅や絵画や音楽、スポーツ以上に、手と足、頭を使い、自分なりに体をうごかす生産即食の、農の芸術をセカンドライフとしたい立春の候である。
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