| 春寒の宵に寒バヨを食う | |||||||||||
| (平成18年4月7日号掲載) | |||||||||||
| 大寒の早朝、旧足助町月原(わちばら)の藤村春夫さんより寒バヨの串ざしが届いた。10年来続くあすけ旬の味だ。手ぎわよく削られた竹ぐしに小から順に7匹が刺され、最後の頭のそりがプロの技として美しい。炭火でじっくり焼いた狐色の仕上げもよい。薪ストーブのおきをかき出し、しょうゆのつけ焼きで、頭ごと、小骨のかみ具合よろしく、口中に苦みが広がる至福のときだ。 阿摺(あすり)ダム下の藤沢のヒサねえもドウコウ、モロコ等の川魚の串ざし焼きが上手だった。連谷(れんだに)の大下に本家の嫁もらいに出掛けたとき、土蔵のトタン缶で素焼保存の落鮎のうどんのダシも絶妙な味だった。東栄町の花祭りについばんだムツバヨの一本刺しも忘れ得ぬ山の味であった。 終戦時小学2年、魚けに飢えていたのか、遊びは川魚とりに夢中であった。鍬で田の溝の泥をはね、冬眠中のどじょうをつかむ。スガリの幼虫やクモでムツバヨをつる。明朝の雨をみすえてのうなぎの捨針、胸トキめかせて蓑を着てのウロから引きだす醍醐味。これにあきたらず陸うなぎのしま、からすへびのたまりの付け焼き。雪の日、蔵の軒下にかけ置いたねずみ獲器でほおじろをつかむ。里山の食の追憶が頭をかすめる。 そんな想いをたぐるように厳寒の日、巴川が矢作川に合流する直前のトロ場の寒バヨ釣りを見に行った。抜きん出て入れ食いのヒゲモジャの釣人と話した。300匹余が手元のビク網に入っている。俺は食わんから欲しければ持っていけで、戴くことにした。腹を抜きしょうがを加え、得意気に寒バヨめしを炊き、むかしの悪餓鬼と酒を汲んだ春寒の宵であった。 |
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