| 猪獲りの名人は年百頭 | |||||||||||
| (平成18年11月3日号掲載) | |||||||||||
| 90年全国の先鞭をきって足助の福祉観光施設”百年草”がオープン し、併せて足助山草会が発足した。山草会の月刊報の名称はクマガイソウだ。 当時岩神のスケートセンター隣接の林地で、近岡の大山鉦治氏によりクマガイソウ(数千株)、地エビネ等の足助固有の山草が見事に栽培管理されていて、それが契機で会報名がきまった。 ここ数年、あまりに旺盛な繁殖力の後遺症からか、忌地(いやじ)現象のせいからか、それに猪害も受けて、クマガイソウは元気がない。氏はこれを予期してか、怒田沢、綾度、上八木の会員にクマガイソウの株分けを提供し、自生地に近い環境の中で林地栽培も積極的に進めた。 さてこの大山さん、知る人ぞ知る猪獲りの名人で、若いときは三河山間の山をかけめぐるハンターだった。足腰の弱まった今は、檻、ワナ仕かけで年百頭近い猪の捕獲実績を挙げる。猪の侵入をを防ぐ電気牧柵がなければ三河山間の稲作生産は皆無の状況であり、大山さんは引く手あまたの多忙さだ。 私も百歳婆さんが作る里芋まで侵すのを憂え、大山さんにワナ仕かけを頼んだ。1時間余の猪道踏査で、ここなら絶対という場所を選定し、ワナを仕かけた。見事に2頭を仕留めて戴いたが、秋野菜をねらって次々と出没して来る。まいったの悲鳴なり。 それにしても、彼等は広大な”猪牧場”の最高の山の幸だ。猪の捕獲、解体処理、肉の加工の一貫対策を構じることが、緊急課題となってきた。里に出る猪が多すぎて共生は困難だ。豊田方式による早急な先駆け的事業化を期待する。 |
|||||||||||
| 過去の 随想録 | TOPへ | ||||||||||