| 豊田版里山定住構想を語る | ||||||||||||
| (平成19年3月2日号掲載) | ||||||||||||
| 愛・地球博の総合プロデューサーだった故木村尚三郎さんは、ICに囲まれた仕事や暮らしの傍らで、せめて週末は裏山に遊び、五感で土にふれる農的生活に人々の強い希求がある、と説いておられた。 換言すれば、スローライフ、ロハス、身土不二だが、なんのことはない、それは自分の暮らしに必要なものは自分で創った40年前の人間味あふれる山里の暮らしに辿りつく。 トヨタの最先端産業で今風の物質文明を謳歌しつつ、ゴルフやジョギングをするようなレジャー楽農感覚で、トヨタ30分圏の中山間に住を求める若者夫婦も少なくないはずだ。 そんな導入考として三州足助屋敷の設立を目論み、あれから26年が経過した。設立間もない頃の猛烈な勉強会の足助人学校の中で、高蔵寺ニュータウンの設計者津端修一氏(日本型クライン・ガルテンの提唱者)を知る。 氏は自ら手がけたニュータウンの一角に1千平方メートルの土地を確保した。木造ワンルーム戸建と雑木に囲まれたキッチンガーデンがあり、無農薬、有機栽培の大家である。 この秋、駆除猪を丸で届けた。ご夫妻はいとも手際よく解体、手づくりのくん製釜でベーコンに! 安ワインを携え、ウィーン市民の合言葉「週末はクライン・ガルテンで」さながらに、津端庭のパーティにかけつけたのであった。 集合の効率でない、日本的里山の農的住宅論を、久々に拝聴した。いま策定中の豊田市総合計画に、それらの事々がどう位置づけされるのか、津端庭での話の展開に小生は興味しんしんであった。 |
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