町おこしの主役はキラリ光る女性
(平成19年8月3日号掲載)
 1970年代の後半、「こんばんわ、まめでいるかい」ではじまる足助町総合計画を策定した。一貫する思想と保全を開発と信ずるまちとし、都市近郊通勤山村の方向をさぐるものだった。
 朝日新聞の今日の問題や社説報道もあってか、村おこしの全盛期の波に乗り、全国から足助視察が相次いだ。自費で訪れる人々の、眼の輝く熱さに魅せられることも暫々だった。
 若狭路にこぶしの花咲くころ、わが同志と福井の上中町視察に訪れ、夜行列車の敦賀で合流した山形西川町の井上さん。彼女は日本ではじめて町営企業「月山水」を東京に売り出した。寒河江川の月山湖の出現で孤立した大井沢の、集落まるごと博物館も成功に導いた。
 徳島の阿波町の井原さんは、町ごと花いっぱい運動の立て役者として、バーベナテネラで街路を飾り、勢いあまって大阪花博では町村出展唯一のコーナーも設けた。河川環境にも熱心で、百年草での熟(じゅく)々のフォーラムの帰路、矢作川古鼡水辺公園(近自然工法)にも立ち寄った。いまは女性起業家として、行列の出来るアイスクリーム工房を地元で経営。
 世界遺産の石見銀山の大森の古い町並みでは、古布を使った古くて新しいデザインの衣装づくりの松葉さんの群言堂も一流だ。併せて彼女の裏芸の踊りは地方色丸だしの抱腹絶倒もの。
 最近の出逢いは、秋田仁賀保の渡辺さんだ。農協の営農指導を主軸に、身土不二の思想をとりいれ、野菜の30万円自給運動を提唱し、とりわけ納豆は有名だ。月に一回はチーズを求めて渡仏する佐渡の本間さん…。村おこしの第一人者は、底力ある粘りの強い女性のようだ。
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