アジア交流展の職人の故郷へ
(平成19年12月7日号掲載)
 ガット・ウルグアイラウンドの補助金3億円余で、99年に建設した三州足助屋敷のアジア交流館。
 ネパールの織り、金工、マレーシアの船大工、韓国の藁細工(わらざいく)、チヤンスン(道祖神)などの手仕事職人を招き、経営刷新の成果を上げた。いま足助屋敷職員の手づくりで、昭和村や愛知の職人衆などの特別展を開いている。
 さて、このアジア交流展の際の出展者のふるさとを訪ねんと、百年草支配人の鈴木、ボランティアの衛藤、小生の3人で、韓国釜山へ行った。
 空路釜山入りし、団長として足助に来てくれた文君の出迎えを受けた。穀物、食料品の卸業を手びろく営み、水田2ヘクタール、裏山開墾の栗園30ヘクタールを経営する農民芸術家である。
 この夜は足助屋敷の交流展に来た4人を囲み、文君宅の大きな木の下の庭園で大宴会、軽トラいっぱいの牡蠣(かき)を焼いた。夫妻の寝室を空けてのオンドル部屋で、心地良き眠りにつく。
 翌日、彼のグリーンツーリズム基地づくりの造成地を見学、薬草栽培の農業試験場も訪ねた。
 夕やみをついて、藁細工の林さん(国の伝統工芸師指定)の活躍する「楽安邑城民俗村」へ釜山から200km飛ぶ。石で囲まれた環壕集落内百戸近い民家のすべてが草葺きの伝統建築。手仕事の公開を中心に、くらしが復元されていた。藁細工の林さん宅に泊まるも風呂と便所に少々まいった。
 林さんは足助屋敷の須貝(職員)にも電話をくれる親日家だ。こうした邑を視察し、日本の歴史、伝統づくりの先輩に頭をたれた。ここちよい持て成しの友であった。チヤンスン3体がわが庭に佇む。
(足助観光協会会長)
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