六段掛けの稲架のある風景
(平成20年1月11日号掲載)
 「いこいの村愛知」誘致に意気ごんだ1973年、朽ちていた伊勢神宮遙拝所を再興した。以来11月17日に明川(あすがわ)、連谷(れんだに)、大多賀(おおたが)区民で新嘗(にいなめ)祭を挙行する。
 その帰路、山中の朋友浩公宅に寄り道する。バインダー一条刈りで稲刈りの最中、30分程高台で見学、全60アール、明日の雨をみこんで多忙だ。見渡せば稲架(はざ)の6段掛けが美しい。12月中に脱穀し、若干の屋内石油乾燥で2・5インチロールで籾摺(もみす)りだ。
 冬至まじかの或る夕刻、この新米を携え浩公は小生の長屋庵にひょっこり現れた。稲架掛けの藁(わら)を小屋に積んだが今年は引き取り希望がないとのこと。足助の稲作は大型コンバイン・ライスセンター行き、全域で150ヘクタールの作付けで自給すれすれのラインだ。伝来の水田を荒らしてはと耕作をするも、猪害に加え経営採算割れの農家が大勢だ。
 彼の寧比曽(ねびそ)岳直下の真水(まみず)の千代錦米は大型農機を使わない天日乾燥の本ものだ。屋号は百々(どうどう)、安城農林の演習林の入り口に位置し、なぜか「くそったれ」の地名。堂々たる木造住宅の裏は、緩やかな地に百年木が生い茂り、山村農家ここに有りの構えだ。親父は振草(ふりくさ)生まれで軍人、その血を引いてか新春恒例の消防団の中隊訓練の号令は誠に見事なものだった。言葉少なくモソっと落ちつきはらった彼にしてかくありなんである。
 昨秋、怒田沢県有林官舎で生を受けた同級の旧足助警察署長の樫内氏と浩公の家で昔ばなしに興じた。生涯雇われたことのない彼と元署長の対照は面白かった。人なりの苦楽はあったにせよ、足助の山村農家像の範たる浩公。憧れの朋友に幸あれ。 
(足助観光協会会長)
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